第19話 価値観の違い

 数分後。

 ジェシーの様子を見計らって、サイラスは執務室に戻ってきた。ティーセットを乗せたワゴンを引いて。


「それで、説得は出来たのか。そのために、ジェシーをここに連れてきたんだろう」

「はい、そうですかって、この私が言うと思って?」

「まぁ、セレナの行方が分からない以上、手を引くとは思わないから、俺は説得なんてしねぇよ」


 そう言いながら、テーブルの上にある、食べ終えた食器をワゴンへと乗せていく。そして、全て乗せ終えると、扉の外に置いた。いつものことなのか、手慣れた様子だった。


「気が済むまでやればいい。俺よりも、お前らの方がそういった場数は多いんだ。対処できるだろう」


 一応、鍛錬はしているサイラスだったが、デスクワークが多いため、戦闘に関しては、ジェシーやロニよりも劣ってしまう。だから敢えて、口出しはしない、と言いたいのだろう。


「サイラスにジェシーを説得してもらうどころか、俺が説得されるなんてね」

「言って聞くなら言うが、聞かないんだから、それ用に対応するしかないだろう」

「二人とも、頼りにしているからね」


 ロニとサイラスから同時に顔を向けられた後、溜め息をつけられた。


「それじゃ、話を戻すがいいか」

「何? まだあるというの?」


 あぁ、と返事をしながら、サイラスはロニを見る。まるで構わないな、と許可を求めるような目線に、ロニは頷いて話を促した。


 すると、サイラスは立ち上がり、机の引き出しから紙の束を取り出して、テーブルに広げた。


「書庫に籠っていたら、王城の敷地内の地図が出てきたんだ。それも、かなり古いやつがな」

「仕事が早いな。伝えたのは昨日のことなのに」

「気になったんだよ。将来の仕事場の近くに、得体の知れない物があるなんて、考えたくはないだろう」


 確かに、と思いながら、地図を広げるのを手伝う。


 紙の中央に描かれている、一番大きな建物は王城だろう。そこを中心に、右側に厩舎きゅうしゃと侍従や侍女といった城勤めの者たちの宿舎があり、その近くには、騎士団の訓練場が描かれていた。


 北側に見えるのは王子宮の建物である。そして、左側へ移動すると、模様のように描かれた庭園の全体図が目に入った。


 注目するのは、さらに北側。そう、数日前レイニスが現れた場所であり、今日ロニが近づけなかった場所でもあった。


「王女宮?」


 ジェシーは、地図に書かれた文字を読んだ。


「そんなものがあったのか」

「考えてもみろ、王子宮があれば王女宮があっても不思議じゃねぇだろう」


 言われてみればそうだった。しかし、ゴンドベザーの王室は、王子であろうが王女であろうが、例外なく王子宮で育てられる。


 王妃は、ゾド家出身でなくとも、縁戚もしくは傘下の者から選ばれるからだ。

 そのため、王妃に子供ができなくとも、同様の家門から側室を迎えるため、いさかいなく生まれた子供は、皆等しく同じ宮殿に入るのだ。


 そしてそこから、傀儡となる後継者が選ばれる。


 このようなシステムを作ったのが、我が四大公爵家であるため、ジェシーが国外追放されたいもう一つの理由でもあった。


 傀儡になるしかないランベールと、王妃になるしかないセレナ。


 やりたいことをやれず、レールの上に乗るよう強いられるのを見るのが、胸糞悪かった。好きなことをやっている私としてみれば。


「でも、私たちが知らないほど、長いこと使われていなかった宮殿でしょう。使えるものなの? そんな建物」

「実際使おうとするなら、それなりに修繕すれば使えんじゃねぇの。壊されていなければ、の話だが」

「もしあったとして、そこに近寄らせたくない理由は何かしら」

「さぁな。秘密基地、とか?」


 何をバカなことを言うの、とばかりにジェシーはサイラスを睨んだ。


二十歳はたちも過ぎた男が、そんなことするわけがないでしょう!」

「そうか。アリだと思うけど。なぁ、ロニ」

「え? あ、否定はできないかな」


 この裏切り者め! と今度は隣に怒った顔を向ける。


「もう! 真面目に考えなさいよ!」


 結局、答えが出せない問題、ということでお開きとなった。正確には、忙しいサイラスに追い出された形ではあったが。



 ***



 そして、本日最後の訪問先となるマーシェル邸に、ジェシーは辿り着いた。


 まだ遅くない時間帯だったからか、玄関に立っていても、訓練場から声が聞こえてきた。さすがは多くの騎士団を抱えている、マーシェル公爵家である。


「相変わらず、凄いわね」

「参加したい、って言わないでくれよ」

「言わないわよ」


 何でそんな変なことを言うの、と首を傾げたが、ロニからの疑いの目で、自信を無くした。


 前に言ったことがあったのかしら。


 そんな疑問も、ロニの部屋に通されたことで消し去った。何故ならテーブルの上に、宝石の付いたブローチやネックレス、髪飾りが数点、並べられてしまったからだ。


「好きなのを選んでもいいし、全部持って行ってもいいよ」


 五年も平民暮らしをしていたせいか、気後れした。


 そういえば、回帰してから、私の部屋にある宝石箱を開けていなかったわね。


「気に入らなかった? 似合いそうな物を選んだつもりだったんだけど」


 戸惑っていると、ロニから逆に心配そうな声がかけられた。


「ううん。どれも素敵よ。ただ驚いてしまって。数日前までは、平民だったから」

「あっ。そうだね。……つい、あれもこれもになっちゃったんだ」

「ロニは感覚が戻るのが早いのね」


 私も早く戻らなくては、とジェシーは髪飾りを手に取った。ちょうど雑貨屋で見た、ヘアピンと同じ紫色をした髪飾りを。


「付けようか」

「……お願いするわ」


 返事を聞くと、すぐさまジェシーの後ろに回り、セットしていた髪を解かれた。一瞬、体がビクッとなった。そのまま髪に付けると思ったからだ。


 まさか、それ用にセットし直すなんて。数日前までは平気だったのに、何だか緊張する。


「ジェシー、出来たよ」


 そう言って手鏡を渡される。アップにしていた髪を後ろに垂らし、横髪だけが後ろにまとめられていた。よくロニがしてくれていた髪型である。


「この髪型が好きなの?」

「何で?」

「よく結ってくれていたから」

「……全部まとめちゃうと、触れないからね」


 ジェシーは手鏡を握り締めた。


 聞くんじゃなかった!


「他のも付ける?」

「ううん。ドレスじゃないんだから、付けたら可笑しくなってしまうわ」


 手鏡をロニに返しながら、ジェシーは平静を装った。これ以上は耐えられそうになかったからだ。


「じゃ、他の物はソマイア邸に送っておくよ」


 えっ、と一瞬戸惑ったが、コリンヌとレイニスのやり取りを思い出した。


 別に可笑しいことではないのよね。コリンヌだって、多くレイニスから貰っていたわけだから。


「ありがとう、ロニ」

「どういたしまして」


 ロニはジェシーの髪を一房掴み、キスをした。


 貴族としての価値観に慣れることよりも、ロニのこの態度に早く慣れなくちゃ、心臓に悪い!


 その姿にロニが満足気な顔をしていることに、ジェシーは気がつかなかった。

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