第15話 ショッピング

 いよいよ回帰後、初めての外出である。勿論、王子の誕生日パーティーは、始めから外にいたため、カウントには入れていない。


 首都の街並みなんて、それこそ五年振りだわ。


 国外追放された五年間、一切ゴンドベザーに戻ったことはなかった。父親であるソマイア公爵に頼めば、秘密裏に入り込むことは可能だったろう。しかし、未練はない。


 首都の景観は、美しく見せるために、屋根の色や高さを統一させていたからだ。

 それは外観だけでなく、王城や教会といった、高さを統一できない建物を、より際立たせて見せるための技法でもある。


 計算された景観、というものは誰もが美しいと感じるだろう。

 しかし、そこからはもう、創作のインスピレーションが浮かび上がらなくなっていたため、可能であったとしても、戻るという選択はしなかった。


 しかし、年月が経てば、感覚は変わるもの。洗練された景観に、ジェシーはワクワク感を抑え切れなかった。


 統一されたオレンジ色の屋根。その隙間から見える街路樹が、良いアクセントになって、建物の白い外壁さえも、美しい景観の一部にさせていた。


 回帰前に住んでいた村は、首都から比べれば、色もバラバラ、建物の高さも違う街並みだった。けれど、それはそれで面白味があっていいものである。


 しかし、建物一つ、窓一つをとっても、壁に描かれた装飾は段違いだった。お上りさんに見えないよう、ジェシーは慎重に辺りを探る。


 傍目には、素朴ながら上品な服を着た、お忍び風のお嬢さんが、入る店を選んでいるように見えるだろう。


 しかしこの外出は、コリンヌとレイニスにとって、大きな意味を持つものである。それ故、浮かれてはいけない。そう思っていたのだが、そんな配慮は必要ないらしい。


 道を歩く時は、ジェシーとコリンヌが並んで歩き、レイニスは後ろに控えていた。名目とはいえ、護衛なのだから、当然の配置だった。が、それでは二人のためにならない。


 けれど、ジェシーとの親密さも見せる必要があるため、コリンヌをレイニスと並ばせることも出来なかった。


 どうしたものか、と思っていたが、コリンヌが時折後ろを振り向いて、レイニスに声を掛ける。


「レイニス様はどう思いますか? ジェシー様とあの店に寄りたいと話していたのですが」


 さり気ない気遣い。その都度レイニスは頷くか、もしくは「構いませんよ」とか「よろしいですよ」などの短い返事しかしなかった。


 けれど一緒に振り向くと、レイニスの優しい眼差しを見ることが出来る。そのどれもが、コリンヌに向けられたものだった。


 最初に入った店では、洋服やドレスのカタログを共に見て、ジェシーが選んだ洋服をコリンヌにプレゼントという形で購入する。


「ドレスは、レイニスに買ってもらいなさい」


 側近に、服やアクセサリーをあげることはよくあること。それを目当てになりたい者がいるのだから、側近の立場をアピールするには、これが効果的だった。


「でしたら、次のお店でおねだりしてみます」

「あら、大丈夫なの?」


 ただでさえ、グウェイン子爵家の借金を肩代わりしてもらうのに、そんなことまで。


「ジェシー様が言ったんですよ。本当にレイニス様が私を愛して下さっているのか、と」

「貴女も悪い子ね。私の前で試そうとするなんて」


 つまり、踏み絵と同じだった。主の前で、恥をかかせないでと言っているのである。


「それは、ジェシー様もご存じのことではないですか」

「……私の側近は、悪い子だらけね」


 ミゼルはシモンを締め上げる、と昨日言っていたのだから。


「ジェシー様の影響を受けたんですよ」

「貴女は違うでしょう」


 全く、と思いながら次の店へ行く。そして宣言通り、レイニスにアクセサリーをおねだりしていた。


「どっちが似合うと思います?」


 そう言って、色違いの髪飾りをレイニスに見せる。すでにリボンの形になっていて、青とピンク色の髪飾りを、コリンヌの水色の髪に、交互に当てながら聞いていた。


「……どっちも似合うそうだな」


 おねだりは初めてだったのか、レイニスは困惑していた。どっちでもいいのではなく、どっちを選択するのが正解なのか、それに困っている様子だったからだ。


 後ろで見ていて、思わず笑ってしまった。


「選んでくれないんですか?」

「俺が!?」

「さっきから、そう聞いているんですよ!」


 さて、どうするレイニス。


「こっちはどうだ。今着ているのにも合うし」

「ピンクですか。でも、先ほどジェシー様に買っていただいた服には、こっちが合うと思うんですよ」


 本当に悪い子ね。どっちと聞きつつ、両方買って貰おうという算段なのかしら。それとも、似合う理由なり、それ以外の言葉を引き出そうとしているのか。


「それなら、俺はこっちを薦めたいんだが」

「灰色のリボン。いいのですか?」


 コリンヌが戸惑うのも無理はない。灰色は、レイニスの髪の色だったからだ。


「付けて貰えるのなら、そっちの二つも一緒に購入しよう」

「勿論です。ありがとうございます。とても大事にします」


 本当に嬉しそうなコリンヌは、会計をするレイニスを何故か放って、一部始終を見ていたジェシーの元に駆け寄ってきた。


「ジェシー様! どうしましょう。こんなに頂いていいんでしょうか」

「いいも何も、貴女がおねだりしたのでしょう」

「ですが、まさかレイニス様の色までお許しいただけるなんて」


 こういう姿を見ると、ただの女の子でしかない。


「あとでいくらでも聞いてあげるから、今はレイニスの元に戻りなさい。貴女の居場所でしょう」


 そう言って、コリンヌの背中を押した。


「絶対ですよ!」


 その背中を見ながら、ジェシーは少し羨ましく感じた。


 ロニの髪の色は、あまり付けるような色じゃないし。瞳の色なら? 紫のアクセサリーはあったわよね。


 ジェシーは紫色のヘアピンを掴んだ。そして、コリンヌとレイニスを見て、それを元のところに戻す。


「早く来なさいよね」


 目線を店の窓に向けると、黒い髪の男性の姿が見え、一瞬ハッとなった。しかし、すぐに待っていた人物ではないと分かると、


「ロニのバカ」


 小さく悪態をついた。

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