第14話 第二の刺客確定

 回帰してから、ソマイア邸に誰かを呼び出したのは、今日で三人目。自ら来た人数を入れると、五人目だった。


 相手は、ミゼル・ケニーズ伯爵令嬢。ジェシーの側近の一人である。


 今日も今日とて応接室が使えなかったらしい。別邸に建てられた図書館で、王城に関する資料を探している最中に、メイドが知らせてくれた。


「お嬢様。ミゼル様がいらっしゃいました。サルファーの間にてお待ちです」


 サルファーの間もインディゴの間同様、応接室が使えない時の客間の名前だった。


 何故、サルファーの間に通したのかは、扉を開けて判明した。ミゼルが黄色い服を着ていたからだ。


 確かに、ロニが青い服を着て来たら、インディゴの間に通せとは言ったけど、ミゼルにもそうしろとは言っていない。が、済んでしまったのだから、もう仕方がない。


 気を取り直して、ジェシーはミゼルの向かいに座った。


「来てくれてありがとう。急だったから心配だったのよ。明日は用事があるし、それ以降だと貴女から苦情を受けそうだから」

「どのような内容かは分かりませんが、苦情など言ったりしません」


 立ち上がったミゼルに、ジェシーは座るように促した。


「でも、コリンヌ・グウェインを側近の一人にした、と言ったら驚くのではなくて」


 すると、椅子にお尻が触れる前に、テーブルに手をつき、飛び出すかのように迫ってきた。ジェシーの予想通り、驚いた顔をして。


「な、何故そのようなことを! ジェシー様の評判も悪くなります!」

「そんなことはないわ。私の評判は元々悪いのだから、今更だと周りは思うでしょう」


 ミゼルは私が創作活動をしていることを知っているから、他の者たちと評価が異なるのだ。


 指輪などのアクセサリー、または小物入れなどは、同世代の令嬢向けが多いため、意見を聞きたくて、ミゼルが気に入った試作品をいくつかあげていた。


 しかし、それを知らない者たちからすれば、私は我儘な公爵令嬢。高飛車な女だと思われている。実際、回帰後もシモンたち相手に、そうしたのだから否定できない。


「ミゼルは反対?」

「勿論です!」

「それじゃ、他の者に頼もうかしら」

「……何を、ですか?」


 ジェシーの一言に怯み、ミゼルは椅子に座り直した。


「お茶会を開いて貰いたかったのよ、貴女に。でも、コリンヌを私の側近に加えた理由も聞かないで、反対する貴女には頼めそうにないわね」

「あの者はそもそも、ジェシー様の側近としては、礼儀がなっていません。秩序が乱れるだけです」

「その無礼な振る舞いは、王子と上手くいくためにしていたことだって、貴女なら見ていて分かるでしょう」

「ですから、それが問題なのではないですか」


 ミゼルの声が段々小さくなっていく。ジェシーを説得するはずが、逆に説得されてしまったからだ。


「大丈夫よ。そこはもう解決済みだから」

「どういうことですか?」


 ジェシーはミゼルに、王子の誕生日パーティーで起こったことから、コリンヌとレイニスが恋人同士になったことまで話した。


 昨日、ロニと話し合った、王城でレイニスが何処に行っていたのか、についてまでは言わなかった。勿論、回帰したことも内緒である。


「済んでしまったことなので、仕方がありませんが、私に言って下されば、お手伝いしましたのに」

「だからお茶会を、ね」


 ちゃんと貴女にも役割はあるのよ、という意味で言ったつもりだったのだが、ミゼルの表情は不満げなままだった。


「そんなの他の側近だって出来ます! 最側近の私が、グウェイン嬢よりも劣ることなんて!」


 酷いです! と幻聴が聞こえたような気がした。そして、泣かれていないのに、泣きつかれたような気分にもなった。


「なら、コリンヌと同じことを頼んだら、してくれるというの?」

「ハニートラップはちょっと……」

「そこまでやれとは言っていないわ」


 向き不向きというものがあるし。コリンヌは王子に媚びを売るような者だけど、ミゼルはそれを下品だと感じる者だから。


「確か、シモン・カルウェルと幼なじみだったわよね、貴女は。怪しまれないくらいでいいから、探ってもらえる?」

「シモンも一枚噛んでいると言うのですか?」

「分からない。でも、王子の行方も動向も探るには、側近から攻めるべきではなくて」


 実際、そうやってコリンヌはレイニスを攻めたわけなのだから。


「分かりました。グウェイン嬢よりも、いい情報を引き出してみせます!」

「待って、さっきも言ったけど、怪しまれないようにするのよ」

「縛り上げてはいけない、と仰るんですか?」

「全貌が分からない以上、下手に動くのは得策ではないわ。それに、ミゼルに危険が及ぶのは困るもの」


 それが一番怖かった。だから、巻き込みたくなかったのだ。側近ではあるが、何でも言える友人のような存在だったから。


「コリンヌは一応、レイニスが守ってくれるでしょう。でも、ミゼルに何かあったら……」

「分かりました。シモンの件は、細心の注意を払います。ちょうどお茶会の準備が、いいカモフラージュになるでしょうから大丈夫です」


 ミゼルは席を立ち、ジェシーの横に跪き、その両手に触れた。いつの間にか、膝の上で硬く組んでいた両手に。


「ですから、他の者に話す前に相談して下さい。あっ、ロニ様は別ですが」

「ふふふっ、分かったわ。ロニというと、貴女も知っていたのよね」

「何がですか?」

「……ロニが、私を好きだって」


 俯いて、小さな声で言ったが、ミゼルは聞き逃さなかった。自然と触れる手に力が入る。


「告白されたんですか?」

「正式にはまだ……」

「では、ジェシー様が気づかれたんですね」

「実は、コリンヌに言われて、知ったの」


 すると、ミゼルが突然立ち上がり、「あの女~」と言いながら、扉の方へと向かって行く。慌ててジェシーが、ミゼルの手を掴んだ。


「ま、待って! ミゼル」

「ジェシー様の頼みでも聞けません! あの女、じゃなくて、グウェイン嬢を締め上げてきます!」

「大丈夫。ロニも怒っていたから、そっちに任せましょう、ね」


 何が任せましょうなのか詳細を言わずとも、ミゼルはその言葉に落ち着きを取り戻した。そればかりか、さっきの態度とは裏腹に、いい笑顔を見せる。


「そうですね。私が手を下すなんて、おこがましい限りです」

「と、とりあえず、コリンヌに手を出すことはしないでちょうだい」

「分かりました」


 分かっていないような気がしたが、追及しないでおいた。



 ***



 サルファーの間を出たミゼルは、気持ちが高揚していた。嬉しいことが二つあったからだ。


 一つ目は、ロニの気持ちに、ようやくジェシーが気づいたこと。

 ロニの話題が出る度に、滑らせてしまいそうで怖かったのだ。口止めされていたから。しかし、これからは公然と口にできる。それだけでも嬉しかった。


 だが、二つ目はもっとである。ジェシーが自分の名前を呼んでくれたのだ。


 ジェシーは、無意識なのか仲が良くなっても、なかなか名前で呼んでくれることはなかった。


 ロニ様やサイラス様、そしてセレナ様も名前呼びなのに。私はいつまでも『貴女』だったから。


「それがようやく」


 小躍りしてしまいそうだわ。すぐに戻ってしまったのは、残念だったけど。


「頑張らなくちゃ!」


 シモンへの探りとお茶会を成功させれば、きっと定着してもらえるわ。


 あれこれ計画を練りながら、ミゼルは帰路についた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る