第12話 ロニの気持ち

 誰に、って何で分かったの?


「何をしても気づかれなかったのに、突然反応示せば、嫌でも分かるよ」

「私、口に出していた?」

「ううん。でも、言ったよね。ジェシーのことなら、何でも知っているつもりだって」


 優しい口調で言うロニ。


 確かに、家族以外で一番長い時間を共に過ごしているから、可笑しい発言ではない。けれど、怖いと心が感じただけで、体が素直に反応した。


「ごめん。怖がらせるつもりで言ったわけじゃないんだ。ただ、その……」

「……でも、怒っているんでしょう」

「一応、俺にも段取りがあったからね。邪魔されたら、ジェシーだって怒るじゃないか」


 そう言われてしまうと、何も言えなくなる。実際、邪魔をしないで、とロニを黙らせたのが、先日のことだったから、尚のこと。


「それに、誰かから言われるよりも、俺の行動で気づいて欲しかったから」


 あっ、と声を出したジェシーは、ロニが怒った理由に納得した。自分の気持ちが先走りして、ロニがどう反応するか、どんな気持ちになるかなど、考えが及ばなかった。


「ごめんなさい。ずっと、気づけなくて。……私、こういうの初めてで、どうしていいのか分からなかったものだから」

「知ってる。というか、初めてじゃなかったら、もっと怒っていたよ」

「え?」

「ずっと、ジェシーの横は誰にも譲らなかったし、近づけさせなかったんだから」


 よくよく考えてみると、ロニの言ったことは正しかった。他の誰かよりも、ロニの方が慣れているからと、これに対しても気に留めることはなかった。


 あれが全部、牽制と独占欲だったなんて。嬉しいようで、恥ずかしくて、少しだけ目を逸らした。


「アプローチさせる機会は、全部潰していたんだ。それでも、ジェシーが俺を選ばないのなら、仕方がないと思っていた」

「私がロニを拒絶したことなんてあった?」

「さっき、思いっきり拒絶されたんだけど」

「あれはそうじゃなくて! ……恥ずかしかったから」


 拒絶ではない、と言おうとしたが、ロニの嬉しそうな顔を見ていられず、ジェシーは俯いた。


「ちゃんと準備したいから、今は言わないけど、期待していいんだよね」


 何も言わず、赤くなった顔を縦に振る。

 するとロニは、空いた方の手でジェシーの顔を、自分の方に向かせ、目線を合わせる。ロニの顔が近づき、思わず目を瞑った。そして、頬に温かいものが触れる。


「安心して。いきなり無体なことはしないから。でも、マーキングはさせて」

「マ、マーキングって」

「別の場所が良かった?」

「そんなこと言っていないでしょう!」


 ロニが口付けした頬に触れながら、ジェシーは抗議した。


 本当に犬みたいなんだから。


「もう気は済んだのではなくて。いい加減下ろしてちょうだい」

「ダメ。最初の質問の答えを聞いていない」

「質問?」

「誰に言われたのか。大事なことだから」


 あぁ、と思いつつ、ジェシーも言いたいことができた。


「その“大事なこと”って言うのを、控えてくれれば答えるわ」

「指摘されるほど言っていないと思うけど」

「言っているし、紛らわしいのよ!」


 さすがに、大事じゃないことまで大事と言っている、とまでは言えない。


「分かった。気をつける」

「嘘っぽいけど、まぁいいわ。コリンヌに言われたのよ」

「コリンヌ?」


 突然、呼び名を変えたから、驚いたのだろう。しかし、側近になることは決定事項なのだから、その旨をロニに伝えた。


「別に誰を側近にしようが、口を出すつもりはないけど。まさか、グウェイン嬢をね」

「そんなわけだから、コリンヌに何かしたら、ロニでも許さないから」

「例えば?」

「内容にもよるけど、軽くて一月、邸宅の出入り禁止かしら。あとは、接近禁止。これも一月よ」


 例え話だというのに、本気で嫌な顔をされた。本当に、何で気がつかなかったのかしら、とジェシーは可笑しく思えた。


 こんなにも露骨に表現され、腰に回された腕の力も一切緩まない。


 あぁ、これが原因なんだわ。この腕の中にいると、安心してしまうから、ロニの感情が見えなかったのよ。うん。私だけのせいではないわね。


「分かった。何もしないと誓うよ。だけど、何でそう言うことになったのか、聞かせてもらえるんだよね」

「勿論、それを相談したくて呼んだんだから」


 当初の目的を告げたジェシーは、自身のお腹に置かれたロニの手を叩いて、本日三度目の言葉を口にした。


「だから早く下ろして!」

「ダメ?」

「ダメに決まっているでしょう!」


 ジッと、ジェシーを見詰めた後、ロニはゆっくりと下ろして、隣に座らせた。ジェシーの調子が元に戻ったために、ロニも通常に戻ろうと思ったのだ。

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