第11話 ジェシーの大事と

 コリンヌが爆弾を投下してから、ジェシーは自室の中を行ったり来たりしていた。


「どうしたらいいの。これからロニと会うというのに。……キャンセル? いや、逆に心配をかけてしまうわ」


 何故心配をかけるか、その理由を想像しただけで、ジェシーの顔は再び真っ赤になった。


「あぁもう、なんてことをしてくれたのよ!」


 他人の恋愛にときめいている場合じゃない。そもそもロニを呼んだのは、早朝からコリンヌが来たためだった。


 報告を受けた後、すぐに相談したくて、コリンヌを応接室に案内したと伝えてきたメイドに、連絡するように頼んだのだ。それが今、仇となるなんて、誰が思うだろうか。


「ああぁぁぁぁぁぁ‼」


 バン!


 思わず叫んだ途端、ドアが勢いよく開かれ、


「お嬢様! 何があったんですか! 敵襲ですか?」


 メイドが五、六人、突然部屋に入ってきた。

 何も手にしていないが、ソマイア公爵家の使用人は皆、ある程度魔法が使える。それが雇用の最低条件だったからだ。


 しかし、敵襲なんて……。どこの誰が私を狙うというの? いや、今はまだ貴族なのだから、一人や二人くらいいても可笑しくはないのよね。


「何でもないわ。だから皆、下がってちょうだい」

「しかし、先日の件で旦那様や奥様、お坊ちゃままで心配なさっています」


 それに加えて、親交のなかった客人の存在に、二度の叫び声……。確かに、心配される材料は山ほどあった。


「分かっているわ。それでも一人にして欲しいの」

「お嬢様……。何かありましたらお呼び下さい。部屋の外で待機していますので」


 丁寧に一礼して、メイドたちは出ていった。その瞬間、ジェシーは扉に手を翳し、防音の魔法陣を展開し始める。

 念のため、同じものを窓と壁にも設置し終えると、ジェシーは両手を広げてベッドに倒れ込んだ。


「ロニが来る前に、頭の整理をしないと」


 会った途端、赤面しそう。


 そんな自分の姿を思い浮かべ、手で目を覆った。


 今思うと、一昨日のアレはそういうことを意味していたのよね。恐らく……。ヘザーのことを言えた立場じゃないわ。なにせ、ずっと同じことをしていたのだから。


 ということは、回帰前に言われた“大事な話”って、そのことなの? いや、ロニの大事な話は、ある意味口癖のようなものだから、大事じゃなくても、大事だと言うのよ。


 その証拠に、一昨日邸宅に来る承諾を、大事な話と前置きしてきたのだから。


 でも、違っていたら? 本当に大事な話だったら? それも今私が想像している内容だったら?


 そんな憶測が脳内を飛び交っていたが、ジェシーは肝心なことを見落としていた。ジェシー自身がロニをどう思っているか、という“大事”なことに。



 ***



 結局、考えが纏まらないまま、ロニの来訪時間がやってきた。


 ベッドで転げ回っていたせいで、せっかくセットしてくれた髪が見事に崩れ果てていた。

 メイドを呼ぼうと思ったが、要らぬ心配をかけそうな予感がしたため、横髪を後ろに一つ結ぶ簡単な髪型を選んだ。


 時刻は十一時。

 流した後ろ髪を櫛で梳かし、身支度を整えたジェシーは、ドアノブに手をかけて部屋を出る。まだ連絡はなかったが、応接室へ向かう間に、使用人の誰かがロニの訪問を知らせてくれるだろう。

 それが例えなくても、心配する必要はない。ロニは指定した時間に遅れたことは一度もなかったのだから。


「お嬢様。インディゴの間に、ロニ様をお通しいたしました」


 インディゴの間とは、応接室が使えない時に使用する客間の一つだった。青い色の名を冠する部屋に入れたということは、今回もロニは青い服を着てきたのだろう。


 何故か、ソマイア邸に来る時は、決まって青い服を着てくる。理由を聞いても教えてはくれなかったため、使用人たちにインディゴの間へ案内するよう指示した。


 ちょっとした嫌がらせだったのだが、本人は全く気にしていないどころか、「分かり易くていいだろう」と開き直られた。これも、何か意味があってやっているのだろう。


 インディゴの間に入ると、案の定、ロニが椅子に座って待っていた。今回はダークブルーの服に身を包み、ジェシーの姿を見るとすぐさま近寄ってきた。


 幼い頃から見慣れたロニの顔。今更格好いいとか、素敵だとか、そんな感情が沸くとは思えないのに。


 いつものように手を差し出される。それと同時に優しい眼差しを受け、心臓が煩く鳴った。


「ジェシー?」


 答えられず、俯いて一歩後ろへ下がった。


 意識した途端、これって可笑しいわ。あり得ない!


 ロニが一歩近づくと、ジェシーも下がる。


「どうかしたのか?」


 ほんの数歩下がっただけで、もう背に扉が当たり、下がることが出来ない。けれど、ロニは尚も距離を詰めてくる。


「何かあった。いや、俺が何かした、とか」

「そうじゃなくて――……」


 落ち込んだような声が聞こえ、思わずジェシーは顔を上げた。すると、にんまりしたロニの顔が目に入り、今度は横に顔を背けた。

 思いっきり動かしたせいか、垂らした後ろ髪が一房、前に流れた。


「なら、教えてくれないと分からないよ。ジェシーのことなら、何でも知っているつもりだけど、やっぱり口に出して貰わないと」


 そう言って、伸ばした手が流れた一房を掴む。途端、顔が赤くなるのを感じて目を閉じた。


「ジェシー?」


 見なくても分かる。不思議そうにまじまじと見ているのだろう。


 あぁ、横髪を結ぶんじゃなかった。


 髪がそっと元の位置に戻されたのを感じた途端、足が地面から離れ、体が宙に浮く。


「え? ちょっと、何?」


 反射的に、状況を判断しようとロニを探す。すると、視界の横にその姿を捉え、安堵した。が、次の瞬間、横抱きされていることに気づき、驚いて体を後ろに引いた。

 けれど、しっかりと背中を支えられていたため、落ちることも、バランスが崩れることもなかった。


「お、下ろして」


 ジェシーは小さな声で、抵抗の言葉を絞り出す。


「ダメ。ジェシーに聞きたいことができたから」


 そう言って、ロニはそのまま長椅子に腰かけた。すると当然、ジェシーの座る位置は、ロニの膝の上ということになる。

 さらに、靴を脱がされ、がっしりと腰を掴まれてしまっては、逃げることができなかった。


「それで? 一体、誰に言われたのかな」


 ロニの笑顔が怖いと思ったのは、いつ以来だろうか。

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