第2話 公爵家の傘下たち
パーティー会場内は、穏やかさそのものだった。
本来なら今頃、ランベールことバカ王子がコリンヌを伴って、セレナへ婚約破棄を言い渡している場面が繰り広げられていたことだろう。
それがないだけで、ここはいつもの見慣れたパーティー会場と、何ら変わりはなかった。
テラスから出たジェシーが、改めて会場を一望していると、ミゼルと目が合った。
神妙な顔をしていたせいだろうか。ミゼルが不安そうに、こちらを見ている。だから少し思案した後、ジェシーはミゼルの方へと足を向けた。
「ちょっとトラブルが発生してしまったの。手伝って貰えないかしら」
「勿論です。私に協力できることならなんでもします!」
胸の前で両手を握り締めながら、ミゼルがジェシーに詰め寄る。
何でこの子は、こんなにも忠誠心が強いのかしら。
ケニーズ伯爵家は、ソマイア公爵家の傘下の家門の一つである。つまり、ミゼルはジェシーの側近、または取り巻き的な立場の人間だった。
けれど、ジェシーはミゼルのことを友人の一人として考えているのだが、こういう非常事態の時は遠慮なく行使してしまうためか、なかなか距離が埋まらなかった。
「ありがとう。でも、そんなに身構えなくても大丈夫よ。この会場内で、サイラスかセレナのどちらかを見たか、もしくは噂を知りたいだけだから」
「サイラス様とセレナ様ですか……」
さすがにすぐに出て来るとは思っていない。
そうですね、と前置きをしてからミゼルは口を開いた。
「サイラス様はヘザー嬢に挨拶している姿を見ました。その後、会場を出て行かれましたが、あれはロニ様と何かお話があったのですね」
ヘザー・バーギン侯爵令嬢。バーギン侯爵家もまた、ソマイア公爵家の傘下で、サイラスが思いを寄せている令嬢でもある。
今回も忘れずにアプローチしていたようだ。結果はまぁ見えていたが、一応聞いてみる。
「ヘザーの様子は?」
「相変わらず、です」
ということは、今回も気づいて貰えなかったということか。
「サイラス様にアドバイスなどされないのですか?」
「したわよ。釣書でも送ったらって」
「確かに、バーギン家が断るとは思えませんが……」
「皆まで言わなくても分かっているわ。アドバイスじゃないって、サイラスにも言われたから」
サイラスの父であるメザーロック公爵は、この国、ゴンドベザーの宰相である。
その息子の釣書を誰が破り捨てられるだろうか。同じ四大公爵家ならば可能だが、その他の家は難しく、逆に名誉だと言い、とんとん拍子で話はまとまるだろう。
だからこそ、サイラス自身もこの手は使いたくはないと言っていた。しかし、それくらいやらなければ、気づかれないのでは? とも思ったが、それ以上は大きなお世話だろう。
「セレナの方は?」
「実は、この会場にいらしていないという噂が、至るところで耳にしました」
バカ王子だけじゃなく、セレナまで!? さっき不安そうにしていたのは、このことがあったから?
「それはこっちでも報告を受けた。時期にサイラスにも伝わる。そうしたら嫌でも、こっちに合流してくるはずだ」
振り返ると、ロニも同じように側近らしい人物と共にいたようだった。騎士の家系であるマーシェル家の側近に相応しい、たくましい体格の持ち主であることが窺える。
けれど、ジェシーはただ、ロニの言葉に頷くだけだった。今はサイラスのことよりも、セレナの方が重要だからだ。
五年前は、確かに二人とも会場にいた。だからこそ、婚約破棄があり国外追放されたのだ。
そうだ、と思いジェシーは、再びミゼルに質問をする。
「聖女様は? アリシア様は来ていらっしゃっているの?」
「あっ、はい。あちらの方に」
示す方へすぐさま視線を向ける。そこには、銀髪の女性、アリシア・ヴィオラ・カラリッドが、他の来賓客と談笑している姿が目に入った。
ゾド公爵が娘のセレナのために、聖女を連れて行かせたのだ。
カラリッド侯爵家は、ゾド公爵家の傘下ではなく縁戚であるため、聖女が身内の婚約者に祝福を与えに来ることは、何も不思議なことではない。
その聖女がいながらも、当のセレナがいないのは可笑しい。それはロニも感じたようだ。
「ここに到着して早々、何かあったのかもしれない」
「となると、グウェイン嬢を探した方が早そうね。ここに居るのは間違いないのでしょう」
「あぁ。休憩室で騒いでいるのを聞いたから」
ジェシーとロニは頷き合い、共に会場の扉へと向かう。細やかな意匠が彫られた扉に。
しかし、ジェシーはすぐさまあることを思い出し、足を止めた。振り返って、ミゼルに詰め寄り言伝を頼む。
「ミゼル。ユルーゲルに伝えてちょうだい。明日の十時きっかりに、屋敷に来るように、と。来なかったら、この先は言わなくても分かっているわね」
「え? あっ、はい! 勿論です」
ミゼルの返答に満足して、ジェシーは再び歩き出した。
***
「大事な話がある」
「……何?」
廊下に出た途端、お馴染みの台詞が来るとは思わず、ジェシーは呆気にとられた。回帰してからすでに二度目。こんな最短で言われたのは初めてのことだった。
だから、本当は返答すらしたくなかったのだが、そういうわけにもいかないため、さきほどよりも短い言葉に留めた。
「明日、俺もソマイア邸に行ってもいいか」
「何で?」
今度は間髪入れずに返す。するとロニは何も言わず、ただ寂しそうな目を向けて訴えかける。
うっ。……もしかして、ロニも私同様回帰したのかしら。そしたら、同席したいと思うわよね。当然。
何故なら、ユルーゲル・レニンという男は魔法に関しては天才だったからである。
回帰という現象から、すぐさま魔法を連想したジェシーは、ミゼルに頼む前から、相談という建前で呼び出そうと考えていた。本音は犯人ではないかと疑っている。
それは偏にレニン伯爵家がソマイア公爵家の傘下ということ。
魔法の方面に関しては頼りになる男だが、問題行動が多いということ。
これらを総合した結果。私に何かしらやっていたとしても可笑しくはない、と思えたのだ。
どいつもこいつも、私の周りには困った男しかいないのかしら。
ジェシーは溜め息をつきつつも、すでに心の内では答えが決まっていた。
「分かったわよ。好きになさい」
その途端、口元を緩ますロニを見て、ジェシーは苦笑いした。
いつだって私は、身内同然のロニには弱いのだ。
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