第3話 公爵令嬢の罠

 誕生日パーティーは、王城内にあるランベールの住まい、王子宮で行われていた。たった一人しかいない王子の誕生日ならば、それ用にもっと豪華な宮殿が使われても可笑しくはない。

 そうしない、いや出来なかった理由は、偏に王からの信頼度が低く、実母である王妃にも見放されていた証拠だった。


 それであっても、王子宮の豪華さには人目を引く。

 先ほどくぐった扉を筆頭に、廊下に並ぶ一つ一つの柱の装飾、カーテンの質とあでやかな刺繍の数々。歩く人々の目を癒す絢爛けんらんな花と、それに負けない色合いで描かれた花瓶。そして下の台に至っても、扉同様彫られた意匠がとても素晴らしかった。


 ジェシーは廊下を早足で通り過ぎながら、それらを盗み見た。今はそれどころではない、とは思っていても、五年振りに見る王子宮の芸術作品たちに、目を奪われないようにするのは大変なことだった。


「ジェシー」


 それがロニにも分かったのだろう。窘められた。


「分かっているわ」

「それ級の代物が見たいなら、改めて身に来ればいればいいよ。ソマイア公爵に頼めば、国庫も見せてくれるんじゃないかな」


 ロニもなかなか、いいことを言うわね。今日は国外追放されるわけではないのだから、帰ってお父様に頼むことが出来る。王子宮よりも、国庫の方が凄そうだわ。


「そうね。思いつきもしなかったわ。ありがとう、ロニ」

「いや、創作意欲に協力出来て良かったよ」


 そういえば、と回帰前の五年間、共に暮らしている中でも、同じことを言われたことを思い出した。


 平民となっても普通に暮らせていけたのは、偏に私の作品が売れていたからだ。


 追放前、つまり公爵令嬢の時から、指輪やネックレスといったアクセサリー、宝石箱などの小物入れを、秘かに作っては売っていたのだ。勿論、偽名を使って。


 平民となってからは、創作時間が増えたのと、場所が確保できたこともあり、家具に意匠を施したり、刺繍やレースを作って、さらに豪華に見える小物入れなど、様々なものを作っていたりしていた。


 偽名を使っていたお陰で、追放されても売れ行きに影響はなく、生活に困ることもなかった。


 この現状で、その生活に戻るには、どうしたらいいかしら。


 バン‼


 突然近くの扉が勢いよく開かれた。


 思考し始めたせいだろうか。脳から体への伝達が遅かったのか、うまく対応できずによろけると、すぐさまロニに引き寄せられ、そのまま後ろに下げられた。

 ロニの背中に視界を遮られ、扉を開けた人物がよく見えない。けれど、聞こえくる声で、誰だか判明することができた。


「やめて! もういい加減にしてよ!」


 コリンヌの声だ。


「それはこっちの台詞だ!」

「王子宮でこれ以上騒ぎを起こすんじゃねぇ!」


 扉の中からは、男の声が聞こえてきた。もし何も知らなかったら、コリンヌがバカ王子以外の男と密会している、と勘違いするだろう。しかし、この声には聞き覚えがあった。


 シモン・カルウェル伯爵令息とフロディー・エストア侯爵令息だ。二人は共にバカ王子の側近であると同時に、それぞれソマイア公爵家とメザーロック公爵家の傘下の家門でもあった。


 どちらかが逃げるコリンヌに近づいたようだった。短かったが、悲鳴をあげるコリンヌ。


「ロニ!」


 ジェシーの呼び掛けに、渋い顔を向けてくる。気持ちは分からないでもないが、助けて損はない人物である。

 ロニの背中を叩いて催促すると、溜め息を吐いてコリンヌに近づいていった。


「何があったんだ」


 そう言いながらロニは、よろけるコリンヌの肩を掴んで、廊下に出ているシモンを見据える。


「ロニ様には関係のないことです」

「私たちには話せないということ?」


 ジェシーがコリンヌを背にして立つと、後ろからロニの非難の声が聞こえてきた。先に行かせて後から前に出れば、怒るのは当然だった。


 しかし、相手がシモンならば、私が前に出なければ。関係ないとは言わせない。


 シモンはソマイア家の傘下。間違っても、自分に危害を加えてくることはない。案の定シモンの顔色はすでに青ざめていた。


 一歩前へ出て、問い詰めようとした時、休憩室からフロディーが出てきた。

 いくら相手が侯爵令息とはいえ、傘下ではない者を御する力は、一公爵令嬢のジェシーには持ち合わせていない。が、やりようはある。


「一応、我々は王子の側近ですので。従うことは出来ません」

「グウェイン嬢を監禁しろ、とでも王子に言われたのかしら」


 ロニの前にいるコリンヌの腕には、微かに縄の痕が付いている。休憩室から出ようと、いや逃げようとしていたことから、安易に想像が付いた。しかし、フロディーの顔色に変化は見られない。


 さすがはメザーロック家傘下の家門だけはあるわね。


「王子は所用で席を外すため、グウェイン嬢を安全な場所で保護するようにと、命を受けたに過ぎません」

「所用……ねぇ。実はセレナもここにいないようなの。何か知っていたら教えて欲しいわ」

「そんなのあり得ない!」


 ジェシーは口角を上げた。振り返り、コリンヌと向き合う。


「何があり得ないのかしら。教えて貰える?」

「えっと、その……」


 ジェシーの表情を見て、初めて失態を犯したことにコリンヌは気づいた。この場から逃げようとするが、後ろからロニに肩を掴まれて動けない。ジェシーもまた、手を緩めることはしなかった。


「王子と何か約束でもしていたの? グウェイン嬢」

「私はただ――……」

「ただ? 何?」


 微笑みながら、一歩踏み出して、コリンヌに近づく。


 もう一押しかしら。


 そう思った直後、


「ジェシー様。それ以上はお止めください」「止めろ、フロディー」


 背後から二つの声が同時に聞こえ、ジェシーは残念そうに溜め息をついた。その原因たる、新たな登場人物に向かって恨めしそうな目で訴えた。


「あともう少しだったのに。まさかサイラスに邪魔されるとは思わなかったわ」


 やはりな、と金色の前髪をかき上げながら、サイラスはジェシーを横目で見下ろした。そして、すぐさまフロディーへと視線を向ける。


「フロディー、感謝するんだな。俺が止めていなかったら、暴行扱いされていたぞ」

「なっ!」


 フロディーは予想していなかったのだろう。その反応に、サイラスは舌打ちをした。


「側近だからといって、王子と同じように愚かになるんじゃねぇ。とりあえず何があったのかは、今は聞かないでおいてやるが、妹分に手を出そうとしたことは覚えておくんだな」

「はい。申し訳ありません」


 サイラスは顔を横に振って、シモンとフロディーを下がらせた。

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