巻き込まれた公爵令嬢は回帰前の生活に戻りたい!~犯人を捜していたら、恋のキューピットをしていた~
有木珠乃
第1話 突然の回帰
「大事な話がある」
目の前に座る黒髪の男、ロニ・マーシェルからの、もう何十、何百回と聞いた言葉に、ジェシー・ソマイアはテーブルに肘を突き、顎を手のひらに乗せた。
またか。
一体、この男の“大事”とは何を基準にしているのだろうか。一度その頭の中を覗いてみたいものである。
「それで?」
次の発言を許可するように促すと、ロニの口が開いて言葉を発しようとしたその瞬間、突然視界が真っ暗になった。
そして、次に目にしたのは、懐かしい舞踏会の会場だった。
***
どういうこと? 私はさっきまで、こじんまりした家のリビングにいたはずなのに。
何故、舞踏会に?
いや、その前に、今の私には舞踏会に着ていくドレスなんて持っていないわ。服装だって、ブラウス一枚に簡素なスカートのみ。
だから、門前払いされるはず。なのに、建物の中にいるのは、どうしてなのかしら。
ジェシーは辺りを見渡した。
煌びやかな装飾が散りばめられた会場。テーブルに置かれた豪勢な食事。壁際に置かれている長椅子は、どれも高そうな品々だった。聴こえてくる音楽の演者たちの姿まである。
どれもこれも、五年前に行われたバカ王子の誕生日パーティーの会場にそっくりじゃない。
これは夢? うん、夢だ、夢。
あり得ないもの。死んでもいないのに、過去に戻るなんて。
でも、妙に生々しいわね。
「ジェシー様、お持ちしました。どうぞ」
「え?」
突然声を掛けられて振り返ると、懐かしい顔がそこにいた。ミゼル・ケニーズ伯爵令嬢だ。
もう会うことが出来ないと思っていた旧友との再会に、なんて声を掛けたら良いのか分からず、ジェシーはミゼルを見詰めることしか出来なかった。
「申し訳ありません。別のお飲み物でしたか?」
「いいえ。これで合っているわ」
ミゼルの手に握られたグラスを受け取り微笑むと、安心した表情を返した。
どうやら私は、ミゼルに飲み物を持ってくるよう頼んでいたらしい。
改めてミゼルを眺めると、やはりあの時着ていたドレスを纏っていた。彼女のミルキーブロンドによく似合う、青いドレスである。
ジェシーは飲み物を飲む振りをして、視線を下げた。それは今の身なりを確認する必要があったからだ。
確かこの日は、パートナーに合わせて、深緑色のドレスを着ていたと記憶している。赤毛の私に似合う色だからと、向こうが指定してきた色だったから。
「それにしても、ジェシー様のパートナーであるロニ様は、一体何処へ行かれてしまったのでしょうか」
「恐らく、サイラスのところに行ったのではないかしら」
ドレスはやはり、あの時着ていたものだった。そこから、今ロニが私の傍を離れる理由は、ただ一つ。サイラスと共に、バカ王子を脅しに行ったのだろう。
あのバカ王子が、この誕生日パーティーでセレナとの婚約破棄をする、という情報を掴んだため、ロニとサイラスの四大公爵家の令息二人を巻き込んだのだ。
四大公爵家とは、ジェシーのソマイア家をはじめ、ロニのマーシェル家。サイラスのメザーロック家。そして、セレナのゾド家のことを言う。
その一角の危機となれば、助けるのが当たり前だ、と当時のジェシーは息巻いていた。
何せ、幼なじみであり、妹のように可愛がっているセレナに、恥をかかせるなんて! 逆に恥をかかせてやる!
元からバカ王子との婚約に怒りを覚えていたため、二人はあっさりと承諾をしてくれた。脅せば逆に、やる気を起こして情緒不安定になり、可笑しな言動をする。そこを突いてやると、操作し易いからバカ王子と呼んでいるのだ。
「ご存知だったのですか。それならば、仕方がありませんね。って、あちらにいらっしゃるのはロニ様のように見えるのですが……」
ミゼルの視線の先を追うようにして黒髪の男性、ロニの姿を捉えた瞬間、ジェシーは驚いてしまった。
ジェシーと同じ深緑色の服ではない。パーティー用にセットされた髪型にでもない。顔だ! 顔が若い!
「ジェシー。大事な話がある」
近づいてすぐに発したロニの言葉を聞いて、ジェシーは驚きが呆れに変わった。
場所が変わっても、言うことは同じなのね。
思わず溜め息をつきそうになったが、恐らくここでの“大事”な話とは、先ほどのことではないだろう。
ジェシーはミゼルに合図をして、ロニとその場を離れた。
「それで?」
テラスに着くと、ジェシーは先ほどと同じ返答をした。
「ランベールがいないんだ」
「何ですって!?」
バカ王子こと、ランベール・ギムド・ゴンドベザーがいない。そうロニは言ったのだ。
パーティーの主役がいないなんてことがあるというの!
「じゃ、セレナは? セレナはどうしているの?」
「今、サイラスが確認しに行っているよ。それよりも、グウェイン嬢がランベールを探していた」
えっ、とジェシーは顔を
グウェイン嬢というと、このパーティーでバカ王子に寄り添っていたコリンヌ・グウェイン子爵令嬢のことじゃない。
婚約破棄をするのなら、バカ王子の傍にいないと話が始まらない。
「一体、どういうことなの?」
「分からない。ただ、当初の予定は達成できたんじゃないかな。これでセレナが恥をかくことはなくなったんだから」
「それは、そうだけど……」
何だか、腑に落ちなかった。
ロニの若く見える顔に、婚約破棄の計画まで。総合すると、やはり五年前に回帰したことを意味する。けれど、起きた出来事は、五年前と同じではなかった。
「セレナが婚約者のままなのよ。当初の予定は、向こうが婚約破棄をしてきたら、二人を貶して逆にこちらが破棄する手筈じゃない」
そして、王族不敬罪という名目で、一緒に国外追放されたのだ。あの時は。
これでようやく公爵令嬢という肩書きと、貴族というわずわらしい生活からおさらばできて、悠々自適な平民ライフを送っていたというのに。このままでは、その生活に戻れないじゃないか。
五年前同様、平民となり国外へ行くにはどうしたら……。
「セレナにもその旨は伝えていたからね。しばらくは我慢して貰うしかないよ」
「そうね」
私も平民ライフの他に、回帰の原因を探る必要もあるから……。
「とりあえず、サイラスと合流しましょう」
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