脅迫じゃ。
飛び道具は警戒していたから、鋭く伸びて私の顔面を突き刺さんとした短刀も、予想外ではあったが、間一髪、屈んで回避することができた。眼前すれすれまで迫った切っ先をぎりぎりで避けるのは、中々にスリリングだった。痩せた方の〈能力〉は、どうやら武器を自在に伸縮させることらしかった。瞬時に伸びた短刀は瞬時に縮み、又瞬時に伸びて、今度は私の腹を突き刺さんとしたが、難なく左に身を捻って躱した。短刀は幾度となく伸縮を繰り返したが、私はその攻撃を全て躱した。顔に来れば屈んで躱し、腹に来れば左右へのステップで躱し、足元に来れば跳んで躱した。滑稽な遊びでもしているようだった。躱すのは簡単すぎて、退屈で、欠伸が出そうだった。一所懸命頑張っているのに攻撃の奏功する気配が一向になく、痩せた男は苛立ちと焦りを顕にしていた。哀れだった。躱し続けるのにも飽いたし、時間の無駄なので、私は踏み込み敵に接近した。距離を詰める速度に驚愕したのだろう、痩せた男は目を剥き、口を歪めた。元いた世界で生温い格闘家と闘う際に彼らが例外なく見せた、間抜けな、見飽きた顔だった。脚だけでなく全身のばねを使って、痩せた男の股間を蹴り上げた。陰茎が折れ、金玉が潰れる感触を、爪先で捉えた。それらが二度と使用不能にならないように加減してあげたつもりだったが、もしかしたら失敗したかも知れなかった。男は短刀を落とし、股間を両手で押さえて転倒し、砂と埃で薄汚れた地面を、窒息した芋虫みたいにのたうち回った。短刀は石畳に落ちて跳ねて、からからと涼しげな音を発した。男は濁った涙を流し、声にならない、動物的な、洗練されていない声で呻いた。短刀が出す清涼な音と男が出す淀んだ声とが不協和音を奏で、夜の空には三日月が浮いており、ある種の趣があった。男の尿道からは尿と血が大量に漏れて溢れて、パンツとズボンから染み出て、地面にじわじわ拡がり、砂と埃にまみれた石畳を一層汚ならしくした。その海の中で、打ち上げられた魚のように、男は悶えていた。目障りだったので、掌底で顎を殴って脳を揺らしてやると、男は気絶した。
不意打ちの一撃目を当てられなかった時点で、勝負は決していた。
残りのもう一人(肥った坊主頭の方)を、真正面から見据えた。短刀を構えてこそいるものの、腰が引けて膝と手先は震えていて、戦意を喪失しているのは明白だった。眼が既に死んでいた。彼自身の説明によれば彼の〈能力〉は戦闘向きではなく、そして私は単純な肉弾戦に絶対の自信があるので、もはや私に負け筋は無かったが、説明が虚偽である可能性も一応考慮し、油断することなく、告げた。
「おっちゃん、金目の品を全部頂戴。さもなくばボコす」
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