私はお嬢様じゃ。嘘じゃ。
フターバックスカフェ(略称、フタバ)は混雑していたが、タイミング良く客が退店したので、待たずに入店できた。窓際の二人用テーブル席に通された。テーブル、チェア、ソファ等の材質こそ古めかしかったが、店内全体の印象は現代日本と大差なく小洒落ており、照明はLEDとまではいかなかったが、白熱灯が使用されていた。私はブラック珈琲、ドウテは紅茶を注文した。運ばれてきた珈琲は、色が濃く、泥みたいだったが、飲んでみると、味も現代日本の珈琲とは雲泥の差で、やはり泥みたいだった。ドウテは紅茶を旨そうに飲んでおり、恨めしかった。
女慣れしているのか否か不明なドウテは、着席してすぐ、私のセーラー服を褒め称えた。「綺麗な服だね、それ。この町ではあまり見ないような形だけれど」
この世界にはセーラー服がないのかも知れない。適当に誤魔化す。「ありがとうございます。服も靴も、特注なんです。拘りがあって……」
「服も靴も特注だし、フタバをご存知でなかったし、もしかして、リツホさんは深窓の令嬢だったりするのかな?」
私は貧しい父子家庭で育ったのであり、ドウテの推察は的外れだったのだが、会話の展開を予測し、敢えて私は肯定した。「大金持ちとは言いませんけれど、お金に困ることがないのは事実です」
「羨ましいなぁ。僕なんて万年金欠だよ」
「でも、お金はあっても、自由は全然ないんです。両親がとても厳しくて。だから、世間知らずのまま、こんなに育っちゃいました。所謂箱入り娘ってやつなんでしょうね」ここまでの台詞は、悲しげに、やや自虐的に、ドウテの同情を買うような雰囲気を演出しながら、話す。それから、ドウテの方に身を乗り出し顔を近づけ、眼を輝かせながら、「そうだ! もし良かったら、私に世間の常識を色々教えてくださいませんか?」
「喜んで。僕がお役に立てるかは分からないけれど」
計画通り、この世界の常識を単刀直入に尋ねても不自然ではない状況が完成した。
「じゃあ、質問! 世間の人たちは、どうやってお金を稼いでるんですか?」可愛らしく、小さく挙手して発言してみた。
「物凄くお嬢様らしい質問だね」ドウテは苦笑する。「勿論、大半の人々は労働して稼いでるよ。僕たちの珈琲と紅茶を淹れてくれたのも、労働者だ」
「労働者は毎日お給料を貰うのですか?」
「いや、大抵は月に一度、まとめて貰うよ」
「毎日お給料を貰う仕事はありますか?」
「どこかにはあるだろうけれど、少数派だよ。この町には殆どないんじゃないかな」
日雇い労働をしつつ七日間を生き抜くという方針は、難しいのかも知れない。
「ご飯と寝床を与えてもらいながら働く、住み込み労働というものが世間にはあると聞いたことがあるのですけれど、この町にもあると思いますか?」
「あるかも知れないけど、少ないかも知れない」
「そうですか……では、使用者は、如何にして労働者を選定するのですか?」
「労働者を選定、って奇妙な言い回しだな」ドウテは笑った。「面接をして、あとは履歴書を読んで決めるかな。履歴書というのは、その人の氏名、住所、年齢、職歴などを記載した書面のことだよ。素性の知れない人間を雇うのを、使用者は恐れるんだ」
異世界から転生した私が仕事を得るのは、難しそうだ。
「仕事がなくて、お金もなくて、家もなくて、頼れる知人もいない人は、どうやって生活するのですか?」
半分ほど減った紅茶に目を落として、ドウテは回答した。「無論、そういう人は飢えて死ぬだけだよ」居心地悪そうに、無意味に紅茶をスプーンで掻き回しながら、喋っていた。きっといい人なのだろうと思う。
「そうですか……」
「まぁ、ホームレスは飢えるより前に盗賊やら異常犯罪者やらに殺される方が多いかな。この辺りでは、警察はあまり機能していないし」
気の滅入る話ばかりだが、治安の悪さについては女神から聞かされていたので、ここまではある程度予測していた。本当に聞きたい話は、ここからだ。
「ところで、〈能力〉についても教えてほしいのですが……」
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