いきなり詰んだんじゃけど。
視界の闇が晴れると、私は雑踏の中に佇立していた。老若男女大勢の人々が、ぼんやり突っ立っている私を邪魔臭そうに避けて往来していた。白人に似た人もいれば、黒人に似た人もおり、アジア人に似た人も、混血らしき人もいた。人々の服装も様々で、道路は石畳、建造物は煉瓦造り……いっそ端的に言ってしまおう、微妙に現代的なドラ○ンクエストみたいな町だった。とはいえ、テレビゲーム的な薄っぺらさは全然なく、少なくとも私にとって一種の「現実」であることは、半袖セーラー服から剥き出しの腕と脚にぶつかる乾いた風の肌触り、道行く人々の日常性を帯びたざわめき、遠くから響く教会の牧歌的な鐘の音、どこかから漂う肉を焼く匂いと香辛料の香り、スニーカーで踏み締める石畳の明瞭な固さなどから容易に察せられ、私はその紛れもない事実を抵抗なく受容した。
金銭も食料も人脈も武器も大した情報もなく、丸腰で異世界に放り出された私は、これから七日間、なんとしても生き延びねばならなかった。
記念すべき(?)異世界生活一日目は快晴、太陽の位置と気温及び湿度から、日本でいえば秋の午後三時頃、といった具合だった。この世界にも太陽(に似た星)はあるらしい。
七日間を生き抜くのに必要なもの、それは先ず食料、水、安全な寝床だったが、無一文でこれらを入手するのは、事前に女神から得た情報(治安の悪さ、文明の発展度合い、セーフティーネットの乏しさ)によると困難に思われ、取っ掛かりもなかったので、一先ず情報収集に徹することにした。通路のど真ん中に突っ立っていては迷惑なので、端に寄り、初めて目にする種類の街路樹(葉脈が網目状でも平行でもなく、出鱈目に走っていた)の木陰に入り、町民たちの雑多な会話に耳を澄ませた。幸い、この世界では日本語が使用されていたが(或いは女神の力で「翻訳」されていたのかも知れない)、そうでなければ即詰んでいただろう。
「てか、親方の口、臭くね?」
「分かるぅ~、どぶを発酵させたみたいな匂いするよね」
「うわーんママー! 飴買って飴買って飴買って飴買って」
「買いません! もう置いていくよ!」
「フターバックスの珈琲、不味くね?」
「日によって当たり外れがあるよな」
「一発ギャグやりまーす! それは無関係です、それは無関係です! ハイ、オッパイー!」
「つまんね~」
以上の会話から得たこの世界についての知見は、親方の口臭が酷いこと、飴と珈琲、そして一発ギャグという文化が、この世界にも存在することだった。つまり、大した情報は得られなかった。
言語が理解できたところで、詰んでいるかも知れない。
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