第9話「最近俺の友人の様子がおかしい」

 最近、俺の友人の様子がおかしい。

 俺の名前は道金みちがね柊矢しゅうや。ある小説家の担当編集者であり、その小説家の高校生来の友人だ。

 俺の友人は、まぁなんというか変人の類にはいる。こう、どう見ても変人というわけではないのだが、言葉の節々で変人っぷりが出る。そんなやつ。

 見た目は可愛らしい女の子という感じで高校の時、そしていまも密かに人気がある子なのだが、本人は重度の人間不信だ。

 俺とも仲良くなるのに一年も掛ったぐらいの人間不信。周りの人間全員が敵と思い込んでいたし、仕方ないが。


 その友人が、最近様子がおかしい。割と変なやつではあるが、最近はそれを輪にかけておかしいのだ。

 ネタよ降ってこーいなんて俺との通話でよく言っていたし、最近もネタがなくてスランプ状態の友人だが、週3で通話していたのがポッキリ最近なくなった。

 それを心配して、生存確認のために電話をしたことがあるが、なにかを慌てた様子で切られた。


 これはどう考えてもおかしい。里奈め、なにを隠している。


「ハッ……! まさか男じゃないだろうな!?」


 ケーキを手土産に歩いていた俺は考えたくもない可能性に足を止める。

 いやいや、落ち着けよ俺。まさかまさか……だってあの里奈だぞ? 人間不信で男を虫けらのような目で見て、ソルトサービスの代名詞のあの里奈だぞ?

 俺はそういう趣味なかったからどれだけ心傷ついたか。……一部で目覚めてしまった哀れなモンスターもいるけど。


 あまりにも嫌な可能性に俺は早足で里奈の家までを行く。途中であった近所のおばさんに、最近里奈がまた料理を爆発させたことも聞いた。

 あ、あいつ! 料理をするときは必ず俺を呼べと! ま、まさか男にて料理を食べさせるために練習とかを……!?


「おーい里奈ぁ! 俺だ! 来たぞー!」


 チャイムを連続で鳴らし、ドアを叩くが出てこない。もう昼近くだし起きているはずなのに……。

 その瞬間、俺の脳裏にあんな事こんな場面がよぎる。り、里奈ぁ……!


 ポケットから合鍵を取り出し、扉を開ける。こんなこともあろうかと、オバサンに鍵をもらっていてよかった。普段は抜き打ちでしか使わない鍵だが、まさかこんな形で使うとは。


「――っで!」


「――。――」


 部屋に入ればかすかに里奈の声が聞こえる。誰かと話している? 玄関には靴なんてなかったが?

 しかもよくよく聞いてみればその声は低く、女では出せないような声域。


 まさか、まさか本当に男だと!?


 俺は逸る気持ちのまま、里奈の部屋の扉を開けた。勢い余って大き音が出てしまったが、そんな些事を気にしてはいられない。


 これだけは、これだけは言っておかないと……っ!


「里奈! 俺は彼氏なんて認めませんからね!! ……え」


「ハーレムを認めろハーレムを認めろハーレムを認めろ……ん?」


「絶対に断る! というか最近言ってこないから油断していたら人の枕元でなに催眠をかけようとしているんだぁ! ……え」


 たしかに聞こえる男の声。しかしそこには、疲れ気味でまさに寝起きと言った風貌の里奈だけしかいなかった。

 固まる空気。焦ったように顔を強張らせる里奈が、そのまま目をそらした。


 ****


 ま、まさか柊矢が来るなんて。聞いてないよ……っ!

 もう完全に見られた! いや、見えないけど見られた! ごまかしようができない!


「あ、あの柊矢……さん?」


「……とりあえず里奈。お前着替えろ」


「あ、ハイ」


 死んだような目をした柊矢に言われるとなにも言い返せない。とりあえず寝間着から着替え髪を整えてからまた部屋に戻る。

 うん。どうやら柊矢には主人公くんは見えていないようだ。見えていないけど確実に声は聞かれた。なんで聞いた言葉がハーレムなんだよ……!


「――それで? 一体どういうことだ里奈」


 まぁ、そうなるよね。

 私は早々に言い訳を諦めた。端から行けるとは思えないし、相手はあの柊矢なので騙されるなんて不可能だ。


「えっと、ですね……少し長い話になるのですが」


 そうして私は今までのことを完結に説明した。

 白紙の物語の主人公くんとの出会い。そして面倒ごとの数々。最近あったことにき、キスは言わなかったけど、それ以外はとりあえず言っておいた。

 顔が段々とこわばり、厳つい顔になる友人を目に、冷や汗が流れて止まらん。


「……」


 すべてを言い終えたのに、柊矢は眉間にシワを寄せたまま黙っている。な、なにか言ってください! なにか、お願いだから! 三百円あげるから!!


「里奈」


「ひゃい!!」


「正直、そこにいる? 主人公くんとやらがいなかったら信じなかったと思う。真っ先に精神を疑った」


 でしょうね。自分も精神病院行こうかと思ったし。


「けど実際そういう存在がいるっていうのなら、俺は信じるよ。ただ、なんで俺になにも言ってくれなかった? 俺はお前の友人だろ?」


「い、いやぁ……それは……言うのを忘れ、ヒェ」


 言い切る前に顔が恐ろしく変化する。般若が裸足で逃げ出すような顔だ。


「わーすーれーてーたー? このアホ娘ぇ!!」


「ひゃー! ごめんなさいーー!!」


 頬を引っ張られてその後梅干しをされる。グリグリと遠慮無しでされた頭がズキズキと傷んだ。

 その様子をじっと見ていた主人公くんが、ほぉとなにか感心したような声を出して笑った。


「作者まじで友人いたんだな。いやぁ、孤独死するようなタイプだったから良かった良かった」


「うわっ! まだいるのかよ」


「あんた、名前なんて言うの? 俺は名無しの主人公だから、主人公って名前だ」


 すごい。主人公くんのスルースキルとコミュ力がほしい。というか本当に私の子なのかな? あんがいハイスペックでは?


「……道金柊矢だ。こいつとは高校からの付き合いで、今はビジネスとしてでも付き合いがある」


「へぇー、そうか……」


 なんだろうこの空気。なんというか、ふたりともいつもの空気じゃない。なんか、怖いんですけど。

 固いような、警戒するようなシリアスの空気に、この空気を壊してくれる。そんな存在を本気で祈る私。

 その願いでも通じたのか、パソコンが白く光そこから黒い羽が舞った。


「フーハッハッハッハ! 我、見参!! ……ん? 男、だと……っ!?」


「なっ! パソコンから人が!!」


 さっきまでの空気は黒い羽とともに散り、柊矢が目を見開いて驚く。まさか本当だったとは信じていなかったんだろう。いや、信じていたけど少しは疑っていたの違いない。柊矢は警戒心が強いからなぁ。

 しかしナイスだ厨二病くん! と、私は心のなかでサムズアップを向ける。厨二病くんは驚いたように柊矢を見て、そして絶叫した。


「まさか! 作者に彼氏がいたなんて!!!」


「チゲぇよこのお馬鹿!!!」


 思わず叩いた音は、とてもいい音がなった。きっと彼の脳みそは空だったに違いない。そう思わせる音だった。


 ****


「まさか全部本当だったなんて……。というかセキュリティどうなってんだ。寝所に男が入ってくるなんて危ないでしょうが!」


「はい、すみませんでした」


 なぜだろう。私が悪いわけでもないのになんで私は正座させられているのか。それと突然部屋に入ってきた厨二病くんも同じように正座させられている。柊矢は私のオカンだった……?


「里奈? なに考えている。真剣に聞いているのか」


「モチロンデスッ!」


「おーこっわ。同じように突然入ってきた男とは思えない発言だな?」


「主人公くん?!」


 なに言ってるのこの子は! たしかにいきなり部屋に入ってきたしお父さんみたいなこと言っていたけどそれは触れちゃいけないお約束でしょう!?

 主人公くんの言葉に柊矢がピクリと反応する。そして「ゴゴゴゴ……」なんて聞こえてきそうな圧が柊矢から漏れる。


 ヒィィ、なんでそう地雷原をタップダンスで通り抜けるようなことするのかなぁ!!


「作者〜。俺ポテチが食べたくなってきたから買ってきて」


「え? 突然のパシリ? 君に一体何の権限があって?」


「里奈。ついでにお茶も買ってこい。家になかったぞ」


「え? 柊矢くん?」


 なんでか二人に買い物を頼まれる私。ついでに厨二病くんも一緒にいけと我々はお金だけ渡されて家を出された。

 ――え? そこ私の家……。


「……とりあえず、行こっか」


「う、うむ」


 私達二人は首を傾げながら買い物までの道のりをゆっくり歩き始める。


 ところで厨二病くん。その服装目立つからやめない? きょう暑いよ?


 ****


「さて、これで二人はいなくなったな」


「……そうだな」


 里奈と、厨二病? とやらを買い物に行かせ、俺は主人公と向き合う。

 そこには誰もいないのに声だけが響く。気持ち悪い。まだあの厨二病のほうが姿が見えるからマシだ。


 こんな得体も知れない奴らと、半月一緒にいたのか。


「俺はお前らを信用できない。もしアイツになにかあったら、俺は後悔してもしきれない。お前ら、里奈の前から消えてくれ」


 取り繕うこともなく、俺は本音を吐露する。主人公はそれに対しなんのアクションも起こさなかった。


「お前らは知らないだろうが、アイツは人に利用され続けて、信用できる人間がいなくなった。最近は回復していったが、またアイツが同じような目に合うのだけは俺は看過できない。そうなる前に消えろ」


「……ふん。そうやって作者を真綿の中にでも閉じ込めようと? そんな事しているから作者はいつまで経っても人に慣れないんだ」


 主人公の、あまりに冷たい声に俺は驚く。里奈の前でしていたなかった声だ。


「俺は作者から生まれた。作者の過去もなにも知っている。アンタ以上に、俺は作者の気持ちがわかる。だからその上で言ってやるよ。――友人として助言するのは結構だが、アンタのやっていることはそれの度を越している。好きなら好きって、言ってみたらどうだチキン野郎」


「な……っ!?」


 ぐいっと胸ぐらを掴まれ、見えない顔で凄まれる。きっと顔が見えたら睨んでいた。いや、顔がなくとも睨んでいるというのがよくわかった。


「なんでっ」


「俺と作者を一緒にするな。後厨二病も。あんなわかりやすい好意。気づかないのはあの鈍感二人だけだ。アンタはアンタが思っている以上にわかりやすいってこと自覚したほうがいいぜ?」


「あ”あ”ーーっ!」


 ニヤニヤと愉快そうに笑っていそうな主人公に、俺は膝を付ける。マジかぁ。ばれていないと思っていたのにぃ……!


「俺からしたらアンタみたいな過保護がいたほうがいいとは思うけどね。ただ友人としてならアンタは必要以上に関わりすぎだ。……恋人なら、普通じゃねぇのか?」


「お前はそれでいいのか? 自分の作者だろ」


「俺はこれから数多なる女の子たちと冒険なり何なりするのでなんとも思わん。それに作者のことは好きだけど、女としてみるのはちょっと。顔はいいけれど」


 こいつ、俺ですら言わないことを。というか数多なる女の子って、まさかハーレムってそういうことか? でもハーレムって里奈嫌いだったような。

 ……ああ、だからあんなに里奈が必死になって断っていたのか。アイツにしては珍しく本気で怒鳴っていたしな。


「ま、頑張れよ。鈍感落とすのは大変だろうけど応援はしてやるからよ」


「余計なお世話だ」


 トンと肩に置かれた手であろうものを叩き、俺はため息をつく。

 ほんと、俺の友人は見ていて飽きない。


 ****


 それからなにがあったのかはしらないけど、買い物から帰ったら二人が何故か、本当に何故か私のアルバムを開いて盛り上がっていた。


「オィィイイイ! なにしてるんだぁ!」


「あ。おかえり作者。俺のポテチは?」


「ああ、おかえり里奈。お茶を入れようか」


 二人して、顔見えないものが一名いるけどニコニコと笑ってスルーするので、私はアルバムをひったくって叫んだ。


「じゃねーんだよ、さっさとそれ閉じろ!! 見るなって言ったでしょうが!」


「「それを承諾した覚えはない」」


 こいうときばっか息があって! このアルバムは早急に処分しなければ!

 ギャーギャーと騒がしくなった我が家に、お隣さんが突撃するまでこの騒動は続いたのだった。


 最近俺の友人の様子がおかしい。 【完】

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