第10話「少女漫画の地味は当てにならない」
キラキラと輝く麗しい美少女たち。そして美青年たち。
現実ではありえないその美しさと甘酸っぱい恋の物語に、人は一度は夢中になったことだろう。
少女漫画。夢と甘い砂糖でできた女の子たちの夢の本。
この私、超天才小説家である島地里奈も夢中になったあの青春の物語。
それを今、私は十年ぶりに見ることになった。
「ヒック! グッス! 私もこんな恋がしたいぃ”ぃ”〜」
ボロボロと涙を流して私はそう言ってはティッシュで鼻を噛む。
私が見ている少女漫画「今日から恋をする!」は、小学生の時に見ていた少女漫画だった。まさかたまたま整理していたダンボールからまた再会するなんて。
少女漫画と言えば絵柄で目がでかすぎ〜とか、ありえないポージングとかでネタにされがちだけど、中にはこんな感動しかしないような物語もある。
そんな物語を読んでしまったせいか、今の私は乙女モードを限界突破していた。
「作者ぁ……なんだよその顔」
「こら主人公! そんな事言うなんてひどいよ!」
「うぅ……吐き気がっ。これが作者の呪いか……っ!」
もう! 二人ったらひどい! 私のことなんだと思っているのよプンプン!
なんだがあの少女漫画を読んだ後から世界が輝いて見える……! 世界ってこんなにも希望で溢れていたのね!
「うふふふ……」
「……おい、厨二病。あれどうにかしろよ。見ているだけで心が辛い。あれでも俺の作者なんだぜ?」
「あれをどうしろと……? しかし小説家という職業柄、共感性が高いのだろうな。年を考えるとあれは見ているだけで辛いが」
「あの過保護でも呼んで頭の病院に連れて行ってもらうか? アイツならいつでも連絡つくだろ」
「主人公。多分無理ではないか? 今は平日の昼間。まともな社会人なら働いている」
「それじゃあまるで作者がまともな社会人って言っているようなもんじゃねぇか。一応は小説家だぞ?」
「貴様だって一応はとつけているではないか。やはり貴様もまともじゃないと薄々わかっているということだな!」
フンと鼻を鳴らしてドヤ顔をする厨二病くん。その言葉はあまりにも私を傷つける。
ひどい! 私だって色々頑張っているっていうのに! でも私はそんなのに屈しない!
「おいどうするんだよ。作者が無駄なやる気を出したぞ。どうやったらあのドリームモンスターを倒せるんだ」
「もういっそ諦めるという選択肢もあるぞ」
「却下。どうにかして作者に現実を見せつけないと……あっ、いいこと思いついた」
コソコソと話している二人。そのうち主人公くんが何かを思いついたような声を出してパソコンの中に消えた。
と思ったらすぐに帰ってきては、誰かの手を引っ張って私の前にその子を置いた。
キラキラと輝くエフェクト。バサバサと音がなりそうなほどのたっぷりなまつげ。黒く濡れる黒目。
うるうると朝露に濡れる赤いバラのような赤く小さな唇に、新雪のような肌。鳥羽色の長い髪に、鮮やかに色づく頬。
瓶底眼鏡をかけているせいで少し野暮ったい感じだが、誰が見てもその子をこう形容するだろう。
美少女と……っ!!
****
「すみませんでした。現実見ます」
「おかえり作者。戻ってきてよかった」
本物の美少女目の前にして乙女モードを維持するなんて無理。本物の威力ぇ……。
主人公くんは本気で私を戻そうとしていたんだろう。私も美少女を見て正気に戻りましたよハハハハ。
「えげつない。えげつないぞ主人公よ」
「だがこうして作者は正気に戻り、いつものブルーになった。良かった良かった」
「それっていいことなんです?」
いいことだよきっと。私も現実を見て……寺で尼にでもなろうかと……。
クスン、どうせ誰も私のことを女としてみてくれないんだぁ……。
「(気づかれてない過保護男哀れ……)そんな事ないだろ、多分」
「そうですよ! 作者さんは可愛いですよ!」
どうしよう。こんなくだらないことで呼ばれたのになんていい子! 多分この子少女漫画の子で間違いない!
でもなんだろう。美少女に言われても悲しくなってくるだけなんだけど。私の心は汚れきった……!
「美少女ちゃんのほうが可愛いよ。だってどう見ても隠れた原石って感じだもの。今だって一部の男子には絶対人気あるよ。告白とかあるでしょ?」
「い、いえ! そんな事ありません! だって私地味ですし、男の子から好きなんてそんな事……。私なんかが美少女だなんて」
カチャカチャと瓶底眼鏡を触り、おどおどとする美少女ちゃん。うーん、どう見ても美少女なんだが、思い返してみれば彼女は少女漫画の住人。
きっと主人公枠なんだろうが、たしかに今みたいな格好だと誰にも気づかれない鈍感系になるのかもしれない。
そしてヒーローと青春物語を紡いでいくうちに、彼女は自分の魅力と強さに気づきそして……ヒーローと結ばれる。
素晴らしい王道だ。少し古いがそれもいいだろう。なにせ少女漫画だからね!
「けどその考えは危険だよ、美少女ちゃん」
「え? 危険」
「いいかい。男というものは時にとんでもない本性を出す生き物だ。そして男とは、純粋無垢なもの。まだ汚れてないものを徹底的の汚したい生き物なんだ」
「作者? いきなり何いってんだ?」
シャラップ主人公くん! 今とても大事な話をしてるから!
彼女はまだ知らない。男という生き物は、女を自分色に染めたいという欲望を持っていることに!
「そうポヤポヤしていると男は顔など二の次! でも君はとっても可愛いからむしろ地味でなにも知らないほうが男を煽りに煽りやすい! いいかい? 男はおおかっアダ!!」
「何いってんだアホ作者! 男云々以前にお前が危険だわ!! 勢い余って近づきすぎなんだよ!」
ハッ! しまったあまりにも純粋すぎて心配で言い過ぎた。
ちらっと美少女ちゃんを見てみれば涙目でひどく怯えていらっしゃる。やばい、完全に怖がられた。
「ご、ごめん……心配で……」
「い、いえ。そんな……」
目が全然合わない。こんなに繊細な子は来たことないからついいつもどおりにしてしまった。
「シクシク……ごめんねぇ」
「えっと、私そのそんなに怖がってないですよ? 確かにびっくりしましたけど、私を心配してのことですよね? その、私嬉しかったです!」
キラキラと後光が彼女を美しく彩る。なんてこった。美少女っていうのは心までも美しいんだな。自分の汚れが気にならないほどには。
思わず拝んでしまうほどの美しさに美少女ちゃんは慌てていたが、厨二病くんと主人公くんは呆れたような、残念なものでも見るような目をしていた。
「……あの、作者さん。私、変わりたいんです。今の自分から、自信が持てるように」
ぽつりぽつりと語るのは、寂しい彼女の中学校時代の話。地味で、おどおどしていて、自信なんてどこにもない。そんな彼女は、高校で変わろうとしていた。
けれども自信のない彼女はいつだって前に出ることができなくって、今も尚このまま進めずにいる。
そんなときに彼女は、ヒーローにあった。自信に満ち溢れて、かっこいい。そんなヒーローくんに。
元気がなくて、落ち込んでいた自分に優しい言葉をくれたヒーローに美少女ちゃんはずっとお礼が言いたい。でも声をかけれる勇気なんてどこにもない。
「私、こんな自分が嫌なんです! 私じゃ相手にされないってわかっているけど、せめてお礼を言う勇気がほしい! 自分に自信を持ちたい!」
つい大きな声を出して言う彼女は、周りの視線に気づいてハッとする。そして赤く色づいた顔を下に向けた。
「……ふむ」
なるほど、美少女ちゃんの意思はわかった。けどそれって多分だけで親友とかライバル役とかが自信を芽生えさせるっていう名シーンになるはずだったよね。
やばい、こんなところで済ませてしまった。この子の作者に怒られる。
だが彼女の言いたいこともわかる。自分に自信を持ちたい。自分を変えたいっていうその気持が。
「私も、変えてもらったしなぁ」
「え? なにか言いましたか?」
「いやぁ? 変えてもらったけどそこまで変わってないなぁって思っただけ。関係ないことだから気にしなくていいよ」
「……」
納得はしてなさそうな顔をする美少女ちゃんの肩を叩き、私は大口を開けて笑う。
私も誰かに変えてもらったなら、次は私が変えるときだろう。
「よし! 自信とは外側からくるものだ! 可愛くなろう! 主人公くん、化粧道具」
「ほらよ。じゃあ俺らは部屋出てるから」
「えっ、えぇ〜〜!?」
化粧道具を手に持ち、私は構える。自分でも可愛いと認めれば、それは大きな自信につながる。
だってそれは自分を認めたってことだからね!
****
「「おお〜」」
「ふ、ふふふふどうだね男子諸君。私の化粧技術は」
重く流れていた鳥羽色の髪はゆるふわとシュシュで一つまとめにし、ナチュラルメイクで厚くない化粧をする。しかしそこにアクセントとして赤いラメを散らして乙女チックに。
完成。垢抜け美少女! 赤い情熱を乗せて!
「作者って器用だよな。イイじゃん、かわいいよ。でもそのサブタイトルはいらんな」
「ふ、ふむ……な、なかなかいいではないかっ」
「厨二病くん。声裏返ってるよ。まぁね! これぐらいならできるさ!」
それにしてもそこまで厚くしていないのになんていう変わり具合だ。メッチャクチャかわいい。
美少女ちゃんも鏡を見て頬をさらに赤くさせている。自分でも可愛いと思っているようだ。うんうん。
美少女のポテンシャルたっか。
「あの、作者さん」
「かわいいよ美少女ちゃん。これなら上目遣いで裾をきゅっと握るだけでもヒーローくんは惚れるだろう」
「だから作者は何を言っているんだ。小悪魔系に育ててどうする」
イイじゃん小悪魔。私イケメンが女の子に振り回されているのを見ると胸がすっとするよ?
「さいてーだ。根性がねじれまくっている」
「なんとでも言うが良い。私の心はとうの昔に汚れきった」
「鬼。悪魔」
「男心クラッシャーめ」
「ふふ、あははは!」
主人公くんたちの抗議の声を真正面から受ける。一人だったときのことを思い出せないほどの騒がしさが戻ってきて、私はすっと微笑む。
彼女には化粧を施し、可愛くさせた。きっと誰から見ても彼女は可愛いし美しい。
けど。
心の底から笑う美少女ちゃんの笑顔が、多分一番のかわいいよね。
その後彼女がヒーローくんにお礼を言えたのか、心を鷲掴んだのかは、また別のお話だ。
少女漫画の地味は当てにならない。【完】
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