第11話「癒やしといって侮るなかれ」
「やぁ、来たよ」
「お帰りください。悪霊退散!!」
毎度恒例、パソコンが光ったと思ったら出てきたのは妖しい笑みを浮かべる黒幕さんだった。帰って!
あのときの、き、き、キスして以降……彼が顔を見せなくなったので安心していたのに!
「あれ? 照れてるの? 気絶もしていたしまさか初めて」
「本当に帰れこの疫病イケメン」
ニヤニヤとわかっていていうこのイケメンを誰か黙らせて!
椅子に座り込んでお茶を待つ黒幕さんに粗茶を渡し、そのままベットに座り込む。
今日は主人公くんたちが来ないからゲームか読書でもしてようかと思ったのに、間の悪い人だ。
「君は本当に無防備だね……。男がいるのにベットに座り込むなんて」
「それ以上近づいてきたら蹴り飛ばしますよ。まじで」
いつでも体制は整えてあるんだからな。という意味合いを込めて間合いを測る。
武術経験なくとも金的ぐらいなら私でも。後はあの憎たらしいほどキラキラな顔面に拳をめり込ませるとか……!
「本当に何を考えているのかわかりやすいよねぇ。ねぇ、里奈って嘘が苦手だよね」
人間関係とか、苦労したんじゃない?
「……うるさい。君には関係ない」
ニヤつく男に私は敬語を抜かして吐き捨てる。なにも知らないのに、すべてを知るようなその目が苦手で、嫌いだ。
ドサッとベットに体を埋め、大きくため息を付いた。
「なんかどっと疲れたような気がする……癒やしがほしい」
間違っても人の嫌なところを突くような嫌なイケメンではなく、こうふわふわしていて小さくてかわいいの塊みたいな……。
「キャン!」
そうそうこんな目の前にいるようなかわいいポメラニアンみたいなワンちゃんが――、
「んえ?」
目の前に、ワンちゃんがいる。すごく可愛い、真っ白のな毛のワンちゃんが。
「ぬぉ!?」
「キュンッ」
「ああ、ごめんね大きい声出して」
リアルで「ぬぉ」なんて声が出てしまうぐらいには、驚いてしまった。いや、たしかに癒やしがほしいとはいったけど!
このふわふわと、手を近づけても人懐っこく手に頭を擦り付けるワンちゃんに、私は驚きながらもそっと抱き上げる。
なんて素晴らしいもふもふ。ふわふわとして魅惑的な軽さのある毛に、ほんの少しのすべすべしたものと温かい体温。そしてこの粒らな瞳。ちょっと出てしまっている赤い舌。
「ぎゃわぃぃ……っ」
思わず少しだけ強めに抱きしめる私。ほぼ毛で構成された尻尾が大きく揺れて顔をペチペチする。なんて幸せな感触。
しかし突然現れたこの子を見るに、二次元の子で間違いない。まさか黒幕さんがいるときに来れる子がいるなんて、なにか条件が?
「驚いた。まさか来れるなんて……あと君がそんな声を出すなんて。すごい甘い声だったね」
すごく驚いたような、珍しく感情がはっきりとしている黒幕さんがそうつぶやく。後半はなにを言っているのかさっぱりわからないけど。
けれどもこれでこの子がイレギュラーで来てしまったって言うことだ。かわいい。もふもふしてるぅ。
「……その顔、あまり他の人に見せないほうがいいよ。すごくだらけてる」
「勝手に来た貴方以外に見せるなんてことしません。それにしてもあなたすっごく可愛いね。どこの子かな?」
「クーン?」
くっ、可愛い! 質問の意味がわからないのか首を傾げているところがさらに可愛い! 癒やされる!
この癒やしよう。この子は癒やし系の物語で間違いない。こんな可愛い子で癒やされないのは犬嫌いの人だけだ!
「本当にかわいいね。ん? おやつ欲しいの?」
おやつという言葉に反応して尻尾をパタパタ、目をキラキラ。なんてあざとい!!
思わずヨダレが出るほどの可愛さと、魅惑的にな眉間に思わずキスをしてしまう。
可愛い生き物に人間はいつだって骨抜きなのだ。
「君は雪みたいに綺麗だね。ゆっきゆきー」
「うわぁ、見たことない顔してる。本当に危ないなぁ」
「あれまだいたんですか。帰っていいですよ」
「来るたびに態度がぞんざいになっていくね、里奈」
あのイケメンが視界にちらつくとこの子の可愛さがさらに際立つ。なんていう可愛さ。何という純粋な生き物。
きっと、黒幕さんの心の内と腹の中が真っ黒だからこそこうなっているに違いない。
「いま僕のことディスってるでしょ」
「かわいいねぇ、すっごく可愛い」
「無視するなんて、里奈のくせに生意気だね」
生意気もなにもこの部屋の主は私だし。そんなに嫌なら帰ればいいのに。
何故かじっとりと視線をこっちに向けている黒幕さんに、ワンちゃんがとても怯えている。やはり危険なのだと本能が見抜いているのだろう。
悪霊退散だ。
「それにしても本当にどうやって来たのか……。それに二次元キャラと言えば」
問題ごとを抱え、ワガママな子ばかりが多い。それにまいどまいど巻き込まれるのは便利屋扱いされている私。
こんな可愛い子と言えども、もしかしたらなにか問題を抱えて……。
「きゅーん?」
キュルルとするお目々に、くねくねと膝の上でお腹を見せるワンちゃん。
この子が、問題ごと。面倒事を……持って……。
「そんなわけないかぁ!」
だ〜ってこんなにも可愛いんだもの。そんなわけないジャーン。きっとなにか迷い込んでしまったか、悪魔な黒幕さんの力が及ばないほど純粋だったから来てしまったに違いない。
可愛いは、最強なのだ。
「……ん? あれ。ねぇ里奈。その子の額にそんな模様あったっけ?」
「え、模様?」
黒幕さんの声に私はワンちゃんを見る。確かにさっきまでは真っ白の雪のようなきれいな額の毛に、なにか桜色の模様ができていた。
よくよく見てみるけど、何かで着色されてというような色味でもなければ、しっかりと奥の方まで色はある。
……うん? あれ? こんなものあったっけ?
「クーン? キャン!」
可愛らしく首を傾げるワンちゃんが、今はなにかとんでもない爆弾のような気がしてならない。
最近いろんな事が起きているせいか、危機察知が上がっている。だからか、今私脳内は警報が鳴り響いていた。
この子、なんかやばい。と――
「ねぇ里奈。なんか紙落ちていたんだけど見る?」
「え、紙?」
少しだけ茶色く変色した紙を開き、私はそこにある文字に目を通す。
内容としては……、この子は神獣でありまだ生まれたばかりだということ。力は強いけど誰の契約も受けないという問題児だということ。
この子自身は物語には関係なく、完結した物語の神獣が番ってできたということ。
だから私にこの子を預ける。もしくは契約してほしいとのこと。
「契約方法は……額に口づけをして、名前をつける……だと?」
「契約紋は主の色によって決まるらしい。だからこの可愛らしい桜色は里奈の色なんだね」
「問題はそこではないよね。どう考えてもそこじゃないよね。え? まって」
『契約したらその子は半永久的に君のものになり、力になってくれるだろう。そしてその力の一端を扱うこともできる。
ただ力が強すぎるから使うときには注意しろ。契約自体は、双方がお互いを必要としたときに成立するから、好かれるように頑張れ』
『それと、力を制御していくうちに人間の言葉や人間の姿になれるので、ぜひとも勉強を見てほしい』
ここまで書いて、文はそこで終わっていた。
「じゃあ、なに? 私は力の強すぎる子を押し付けられて騙されるように契約させられたと?」
ぷるぷると震えが持っていた紙にまで伝わる。契約はお互いが必要とするときに成立ということは、この子には好かれていることに間違いない。
それはいいけど! いいけど!
「や、やられたぁああああああああ!!!!」
私はまた、面倒事をこの家の中に招いてしまったぁ!!
****
「ということは名前は雪になったんだろうね。たしかに模様も雪っぽい形だ」
「ぬぉぉ……この紙の主殴る」
可愛らしくちょこちょこと動くワンちゃん……もとい雪ちゃんを尻目に、私は唸った。
なにも言わずにこんなことに巻き込みやがってぇ……許さん!
「この契約は神じゃないと外れないんじゃない? もう諦めて一緒に暮らしたら? 癒やしにもなるじゃないか」
「他人事だと思って!」
まさかここまで関わるつもり無かったのに! しかも力ってなに!? 制御できたらってもしかして暴走とかありえーるなの!?
り、料理を失敗して作戦はまだ使えるのか……?
「キュン? キャンキャン! クーン」
頭を抱える私に、雪ちゃんが尻尾を垂らして切ない声を出す。本当は追い出さないといけないのに、認めちゃいけないのに……!
「……今日からよろしくね雪ちゃん」
「! キャン!」
「ちょろいよ、里奈」
尻尾がパタパタと千切れそうなぐらい振られて喜んでいる雪ちゃんに、私は目を瞑ってそのふわふわと魅力的なお腹に顔を埋めた。
黒幕さんがなにかといっているがもうなにも聞こえない。とりあえず邪魔なので帰ってください。
というわけで、今日から天使が家族になりました。
次の日に来た主人公くんと厨二病くんに呆れられたのは、言うまでまでもないだろう。
可愛いからと、油断は禁物ということを学んだ日だった。それと雪ちゃんオスだった。雪くんだった。
癒やしと言って侮るなかれ。【完】
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