第12話「「もう遅い」系の人の裏話」
婚約破棄というジャンルが最近とても人気である。
特にその中でも「もう遅い」というワードは有名で、最近の広告でもよく見ることが多くなった。
この「もう遅い」は、主人公を逃し、後悔する元婚約者とか恋人に向かって言うセリフであり、タイトルだ。
この場合、主人公を振った婚約者や恋人は必ず地獄のような目に合う。それも自業自得で。
それを主人公が正論で潰し、スッキリとさせてくれるのがこの「もう遅い」系の強みでもあるのだ。なお、主人公ではなくお相手さんがする場合もある。
まぁ、つまり。私はこういう系は嫌いじゃないってこと。むしろ全然好きだよ? 見ている分にはスッキリするしね。
ただ実際、そのザマァされた相手が来ると話は別になってくるものなのだ。
「うっ、うっ……うあぁぁ〜……」
この目の前で渡したハンカチをぐしょぐしょにするぐらい号泣している、憎らしいぐらいに美形な男。
しかしその美形もここまで崩れると怒りも湧いてこない。
「あの、もう泣き止んでくれないかな?」
「そうだぞ貴様。いつまでそんな無様な姿を晒しているのだ」
なんていうのは、今日遊びに来た厨二病くんだ。けど君だって泣いたことあるんだからね? 人のこと言えないんだからね?
「ぼ、僕は……本当は別れたくっ、うぐぅっ!!」
なんてずっとうわ言のように泣いているのは、先程語っていた「もう遅い」系の人のザマァされる男。噛ませくんである。
「そのあだ名はどうなんだ」
「じゃあ厨二病くんはどうつけるの? いい名前だよねぇ、雪くん〜」
「キャン!」
さて紹介しよう。この天使以上の見た目をした天上の最高傑作。私の契約神獣こと雪くんである。
このもふもふの天使は、こんな見た目であるがどうやら最強の神獣らしい。この間もくしゃみをしただけで母からもらったぬいぐるみが爆発した。
ある意味天国と地獄が同棲したような雪くんは、私に危害を与えることはないし命の危機に瀕するようなこともないので放置している。というより私にはなにもできない。
ただの超天才小説家である私だったが、なんだか遠い所まで来てしまった感がある。
「我だったらそうだな……。負け犬とか?」
「ひどいのはどっちだ」
厨二病くんのほうがひどすぎる。ただの悪口だよそれ。
しかもそこまで悪いとも思っていないところが質が悪い。そう言えばさっきから噛ませくんの事睨んでいたが、イケメンが嫌いなのだろう。
自分も美形のくせに、とは言わないのがお約束。私はいい女なのだよ。
「さっきから僕を無視するなぁ! お前たちも僕を捨てるつもりかぁ!」
なんてワチャワチャ話していたら突然噛ませくんが顔を上げてこっちを睨みつけてきた。
「えっ、捨てるもなにも今日が初対面……」
「この男、情緒が不安定すぎるな……怖い」
グズグズの顔は美形なだけに哀愁がすごい。けれども彼がどういう立場なのかを知ると同情が薄まっていく。
話を知っているわけではないが、立場を知っているこっちからしたらさっきまでのセリフを聞いて「今更なにを言っているの?」になるだけだ。
しかし立場を知っているからと言って、物語裏ではどういったものかはしらないので私は詳しい話を聞くことにした。
ほぼ強制だったけれど……。
「物語外では本当に好き合っていたのに! 物語が進んでからなんだか仲がこじれて……! 本当は私のことが好きなんじゃないって言われて!!」
「ふむ」
「そんな事ないって! ちゃんと君を愛してるって言っているのに! そう伝えたのにぃ……っ!」
「ほお」
「彼女に捨てられた僕はこれからどうすればいいんだぁ!」
「ソレは困った」
「話聞いてないだろ女ぁ!!」
ギャンと、噛み付いてくる噛ませくん。どうしよう怖いよ雪くん作者を助けて。
もふもふのお腹に顔を埋めて私はスーッと犬吸いをする。なんて幸せなんだ。ここが天国。
正直契約させられたときは面倒だと思ったけどそんなことがどうでも良くなる。ストレスが消えていく思いだ。
「なぁ作者。そろそろ本気で聞かないとまたあの男なくぞ?」
「ん? そんな大の男が……マジだぁ」
本当に目尻に涙をためてこっちを睨んでくる。しかし姿格好がソレなので威圧感がない。黒幕さんと比べると子犬のようだ。ちなみに黒幕さんは獰猛な鷹とかそこら辺。
「わかった。わかりました! それで噛ませくんは泣いているだけだけどどうしたいの? その子と」
ずっと恨み言のように愛を述べて、その彼女とやらのほうが悪いように言っているけど、結局彼が一体何をしたいのか。
ただ泣いて聞いてほしいだけなら今までの面倒事よりも幾分のマシ。けど彼からはそういう「気弱さ」を感じない。もっと執着心の強い男にも感じる。
この男には、まだまだ大きな面倒事があるに違いない。
「……僕は、彼女ともう一度やり直したいっ」
「まぁ、そうでしょうね」
「むしろソレが本題に違いないだろう。では、我はこのあとの禊祓いの儀式を……」
しれっとした顔でパソコンに戻ろうとする厨二病くんの肩を掴む。なにが禊だそんなものないでしょうがっ。
「逃さないよ厨二病くん」
「ヒェ」
その時厨二病くんから「悪魔」って言っていたのを、私は聞き逃さなかった。
****
「さて噛ませくん! 君に足りないのはズバリ、話し合うことだ!!」
「な、なんだってー!? ソレは一体どういうことなんだ!」
いい反応をありがとう、噛ませくん。これを主人公くんに言っても冷たい目で見られるだけだったんだ。今君のことが好きになったよ。
「今までのことを聞いて断片的にわかったことだけど、噛ませくん。君はちゃんと彼女と話をした事はある?」
「もちろんだ! ちゃんと彼女と話している! それに愛の言葉だって……っ」
「けど私が思うにね。君のソレはすべて一方通行なんだよ。つまり君は彼女の気持ちを知らないのだ!」
「な、なにぃー!?」
そう、彼らの問題はそこにある。恋愛経験なんて塵ほどにもない私がはっきりと分かるのだから、ソレは確固たるものだろう。
きっとだが、彼はただ愛をいうだけで彼女自身を見ていないような気がする。本当にどこまでも一方通行にちがいない。
「つ、つまり話し合えば僕達の中はも……っ!」
「いや、それはどうだろう。多分だけどただ話し合うのじゃだめだよ? 相手の話に激高せず、否定せずに聞くべきだ」
この男のタイプは自分に不利なことを言われると怒るタイプに違いない。正直者であり私にとっては可愛らしいけど、ソレが全員に通じるわけはない。
そんなことを思いながら雪くんを余った手でもふもふする。雪くんはお腹を撫でられるのが大好きである私も大好き。
それに、相手の話をしっかりと聞くというのは案外難しい。だからこそ、ソレができる人は自然と人に好かれるし信用される。
私にとって、柊矢がそうであるように。
「……わかった」
噛ませくんは神妙にうなずき、そのまま私の話に耳を傾ける。こう見れば彼はとても思慮深い人であり、冷静な人みたいだ。
その愛しの彼女さえ関わらなければ。
****
「作者よ! 連れてきたぞ!」
まるでわんこが物を取ってきたかのように尻尾を振る厨二病くん。つい頭を撫でそうになるが、毎度出てくるたびに黒い羽をまく癖を直してほしい。
そして連れてきたのは、青みがかった銀色の髪に、冷たく輝く硬質的なエメラルドの瞳。
とんでもない美女だった。
「おお……」
思わず感嘆の声が出るぐらいには可愛い。いや、美しい。たしかに噛ませくんが惚れ惚れしてこんな腑抜けになるのもわからなくはない。
しかしそんな彼女も、噛ませくんを見る目は極寒の吹雪のような怒りをにじませている。
美人って、怒ると怖いよね。
「はじめまして、作者様。この度は殿下がとんだご迷惑をおかけしましたわ」
「いやいや、いつものことだし気にしてないよ。それよりも厨二病くんがこの部屋に散らした黒羽のほうが迷惑だから」
「ふふ」
なんとか怒りを溶かせようと羽を見せて私は肩をすくめる。後ろで厨二病くんが「ダシに使うな」なんて言っていたけど、後で掃除してね?
けれどもそんなユーモアあふれる冗談も、噛ませくんを見た瞬間に無駄になった。
「それで、ワタクシに話とは殿下? 今更なにを言おうともワタクシはもう貴方様のところに戻るつもりはありませんわ」
「ま、待ってくれ! もう一度私と話を!」
「いい加減にしておくださいまし。そんなこと言って一度だってワタクシの話を聞いたことがないくせに、今更どの面下げて?」
アカン、思った以上に重症だ、この二人。とんでもない怒りをたたえている彼女は段々と言葉が悪くなっている。
対して噛ませくんは小さくなっていくばかり。このワンちゃんめ!
「まぁ待ってよ。確かにその子は君の話を聞かなかったかもしれない。けど愛していたのも事実なんだ」
何ならそこにグチョグチョになったバスタオルがあるからね。それも三枚。
それを見て、彼女は鋭い目つきをなんとか和らげる。しかしその目に怒りが消えることはない。
「……愛しているからって、何も聞かず、すっとワタクシを人形扱いしたのを許せと……?」
「違う! 私はそんな事!」
「噛ませくんシャラップ。おすわり」
立ち上がって否定しようとする噛ませくんを押さえつける。だからそれがだめだって言ったのに!
「ここで否定しようとすれば、君は確実に彼女に嫌われるよ。それでいいの?」
怒っている。それは彼にとって辛いだろうけど、けど怒っているということはそれなりに好感度があるはずなんだ。
……だって、本当に嫌われていたら怒るなんてことあるはずがないから。
「確かに、この子がしたことは君の想いを踏みにじることだね。それに関しては、彼は君に恨まれてもおかしくない。いや、もう二度と顔を見たくない! って言ってもいいね」
「っ……」
ピクリと動いたのは、彼女の方。私をその動きを見逃さず、優しい仮面を被る。
ほほ笑みを浮かべる、悪魔の仮面を。
「でも、君は本当にそれを望んでる?」
「あ、当たり前ですわ。だって、この方は」
「じゃあ、しょうがないね。噛ませくんはこれから今後一切、彼女と関わることはできないけど、彼女の幸せのためなら身を引くよね?」
目が言う。そんな事できないと。でも幸せという言葉を聞いた瞬間、噛ませくんの目に諦めが浮かんだ。
そのわかりやすい変化を、彼女が見逃すはずもなく。
「い、嫌!」
ギュッと手に取ったのは、噛ませくんではなく彼女の方だった。
「わ、ワタクシはっ、離れたくない!」
「!!」
極限まで見開く噛ませくんは、涙を浮かべる彼女を見てこれ以上ないほど頬をゆるました。
「私、いや僕も、君と離れたくない! ……愛してる」
そうして熱いキスを交わす二人に、私は厨二病くんと雪くんの目を塞いだ。
はい、ハッピーエンド。
****
そうしていつか見たようなイチャイチャし始める二人を帰らせ、雪くんと遊ぶ私に厨二病くんはうーんと唸った。
「どうしたの?」
「あの二人はどうして結ばれたのだ? わからん。あの女は男が嫌いじゃなかったのか?」
「あー、それねぇ」
私は雪くんを撫でながら、にやりと笑う。悪魔の仮面はまだついたままなのだ。
「嫌い嫌いも好きの内。……駆け引きがうまいのはどっちなんだろうねぇ?」
わざと嫌いだといって気持ちを確かめるために離れた彼女か、馬鹿なフリをして私を利用していた噛ませくんか。
駆け引きがうまい彼は王子なのだと私は思い返して、未だにわからない厨二病くんの頭を撫でたのだった。
「もう遅い」系の人の裏話。 【完】
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