第13話「モンスターに転生したときのイロハ」

「うーん、なるほどなぁ……」


「なにがなるほど何だ?」


 私の独り言を拾って顔を覗き込んできたのは、じゃがりこを食す主人公くんだ。

 うん、君にソレ食べていいって言ったっけ? 私のおやつじゃない? いやもう、いつものことだから諦めるか……。


「いやねぇ、この小説に出てくる主人公がさぁモンスターに転生しちゃったって話。なんだろう、無双系かな?」


「あー、それ向こうの世界にもいるわ。毎度言ってるぞ「まじしんどい」って」


「やっぱり? 可哀想だよねぇ」


 私だったら嫌だ。特に虫系とか。雪くんみたいな可愛い可愛い存在になれるならぜひとも! になるけどね。

 それにもしそんなのに転生したら人との関わり合いがなくなるじゃん。よく見るよ。迫害とか色々されている場面を。

 そんな恐ろしいものに、私は絶対になりたくない。


「ねぇ雪くーん?」


「クゥン?」


 いつものように膝の上にいる雪くん。なにを言っているのかわからないけどとりあえず返事しましたって顔がキュート。天使。


「それにしてもそいつもこっちの暮らしに慣れてきているみたいだな。もふもふだもふもふ」


「そう言えば、この間厨二病くんが寝ているときに頭の上に乗っててさぁ……フフ、その時の寝言でね「雲が、雲がとうとう……」って」


 今思い出しても笑いが出てくる光景だった。正直とても癒やされる。ちゃんとその時の動画を取っておいていた。ので後で見せよう。

 でも雪くん。ここに来て少しだけ大きくなったような気がする。そう言えば神獣だと言っていたけれど、どれぐらいまで大きくなるのか……。


 考えないようにしよう。もし最悪の方向に大きくなったらそのときはその時で。


「しかしなんだか久しぶりに平和な気がするぅ……なんやかんやで私面倒事に巻き込まれてるし」


「厨二病も今日はとある有名作品の必殺技の練習するって言ってたからな。こう、両手を突き出して……」


「それ以上は言わなくていいから」


 となると今日は本当に平和な回になるのかもしれない。済まないね、今日は平和に雪くんの素晴らしさについて語るとするよ。


「あー、それにしても今日はいい天気だね。微妙に暑いけど湿気がなくなった分過ごしやすいよ」


 秋晴れも続いているし、今年は秋があるのかもしれない。となれば雪くんとの散歩も楽しいかも。落ち葉拾い〜。


「そうだなぁ……ん? あっ」


「でもこの時間帯って日影ができてたっけ? ここ三年ぐらい住んでるけど日影はなかったなぁ」


「おい作者、うしろうしろ」


「ん? 後ろ? 後ろがどうかした……のぅ?」


 見えたのは、数多くの足。長い胴体に、見えた虫の顔。どう見ても見たことのあるソレは、人間大サイズだった。


 間違いない。こいつは、ムカデだ。


「アッアッアッ……きゅ〜」


「うわ! さ、作者〜〜〜!!!」


 気絶する直前、主人公くんの焦ったような声とムカデのドアップが見えた。


 ……フラグ回収とかいらないんだよ〜。


 ****


『す、すみません! 怖がらせるつもりはなくって!』


「えーとそれで、なんのようだ?」


『いえ、ちょっとした相談というより……愚痴を聞いてほしくって。それでその……襲わないんで部屋の中に入ってきても大丈夫ですよ』


「本当に失礼だと思いますが無理です!!」


 起きた瞬間見えたムカデに驚き、私は部屋を飛び出し今は部屋の前で座り込んでいる。いやわかっているよ? 向こうが襲わないことぐらいはね?

 でもだめなの。虫は本当に無理なの! 失礼だけどこのまま愚痴を聞かせてもらう!!


「ということなので、作者はこのままで」


『あ、はい』


「それで愚痴というのは、やっぱりその姿か?」


『まぁ、そうですね。私、前世は女子高校生だったんです。そしたら起きたらこんな事になってて、人にも殺されかけるし、理解者もいないし……』


 なんてことだ。この子はとても壮絶なモンスター転生ライフを送っているのに、それでも優しいなんて……っ!

 しかも華の女子高校生! それがこんな姿になるなんてどれだけの絶望か!


『わかっているんです! それが私の物語だって! でもいろんな子の、すごく可愛いお洋服とかそういうのを見ていると……羨ましくって』


「そうだな。俺もハーレム系主人公を見ていると羨ましくなるな」


 ソレは関係ないだろ。後私は絶対に書かないからな。諦めて。


「じゃあ、ムカデの愚痴、もとい相談っていうのは……女の子らしくなりたいってことか?」


『ああ、違いますよ! 多分ですが後もう少しで人形になれるような気がするのでそこまで気にしていません!』


 それメタいよムカデちゃん。たしかにそういうのもあるけど。

 それにしてもなんとも健気に言うムカデちゃんに思わず涙が。雪くん! 彼女にそのもふもふを触れさせるのだ!


 もふもふ天使雪くんを扉の中に入れ、健気な子の話に耳を傾ける。


『私が気にしているのは……人をどうやって美味しく食べれるかってところなんです!』


 はいちょっとまって。ストップストップ。

 え、今あの子なんて言いました? 「人をどうやって美味しく食べれるか」と?

 ……まって、怖い。


「え、あー。人を……食べる? って言ったか今」


『ああすみません! 変なこといちゃって! 大丈夫ですよ、作者さんは美味しそうでしたけど食べませんから! 私のところ基本ダンジョンなので、食べるものと言えば同じ魔物か冒険者ぐらいで……へへ、照れちゃいますね』


 作者の心が今、固い固い扉によって閉じられた瞬間である。

 いまわたし、おいしそうっていわれた……? あのこ、こわい。


「え、えーと。それで人を食べるのか……そうか」


『私も最初の頃は少し抵抗ありましたが、この姿の場合食べれるものって限られるんですよ。……モンスター転生をしたときに大事なことは、人でもなんでも食べて生きるというところです』


 やばい、格言きた。確かにそれぐらいの覚悟をしておかないと生き残るなんてできないよね。

 食べるものは限られ、自分は脆弱。そんな状況で食べ物を選んでいる暇はない。

 彼女はそんな厳しい環境で生き残っている。そりゃ最強とか、無双とかでいるわけだ。


 覚悟を持つ。それが強さの第一歩なのだと、私は改めて彼女から学んだ。


『ふふ、なんか言ったらスッキリしました! こういう事絶対に言えなかったの! そうだ、また来てもいいですか?』


 えっ、また来るの? ちょっとまって。


「いいんじゃないか? そっちストレス凄そうだし。少しは吐き出さないと。後塩漬けにしたらいいんじゃないか? なんか臭みとかありそうだし」


 えっっっ、主人公くん?? なに普通にアドバイスしてるの? サイコパスなの?


『わかりました! やってみます! 主人公さんも、自分の好きな舞台での物語で仕事できたらいいですね! ではまた!』


 といって、ムカデちゃんはパソコンの中で消えていったのだった。

 まって、まだ許可出してないよ……。


 ****


 次に生まれ変わったらなにになりたい? という質問を、みんなも一度はされたことがあると思う。

 私はその時、猫になりたいと答えた。あののんびりとした、楽な生活を一度でも体験したいと。


「でもやっぱ生まれ変わるなら人間がいいかな」


 下手しても虫だけは嫌だ。だってもう、なんか想像しただけでも辛いよ。

 彼女たち、モンスター転生をしたものはみんな強い。人を食べる覚悟を持ち、生きたいと思う彼女たちは間違いなく最強だ。


 私はそういう無双系が嫌いだったけれど、今は好きになった。というより涙なしでは見れなくなった。

 だから私は感謝しよう。今のこの状況に。生きていることが精一杯だったならきっと、私の仕事なんて存在しなかったんだから。


「……作者に妙なトラウマができてしまった……」


 あの後珍しく優しくなった主人公くんが、そんなことを呟いたように聞こえた。




 モンスターに転生したときのイロハ。 【完】

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