第14話「最強って案外疲れるらしい in魔王との飲み会」

「聞いてください。最強であり続けるの、本気で疲れるんです」


 なんて本気で疲労をにじましたかっこいい魔王みたい男が、そう悲しげにビールジョッキを片手に言う。

 そしてビールをごくごくと飲み干すその姿には、きっとあったであろう威厳なんてものはどこにもない。あるのは苦労人のような萎えた姿だ。


「もうね、俺が最強じゃなくてよくない? とか、なんでそんなにみんな最強目指すんだよ普通でいいだろ普通で、とか色々思ってても言えないんですよ、最強って。特に弱音とかなんとかは吐くなって、よくわからない風習ですよね、愚痴ぐらいはいたっていいだろうがっ」


 ガンとビールジョッキを乱暴にテーブルに置く魔王さん。あまりの苛立ちか酔っ払ってきたのか、そのグラスを持ち手には力がこもっている。


「いやー、大変ですねぇ」


 さて、只今の時刻は夜中の二時。良い子はすでに眠り、悪い大人がお酒を飲む時間である。

 というわけで、普段はお酒は少し嗜む程度の私が主人公くんアンド厨二病くんを帰らせたてレッツ大人の時間を楽しんでいました。


 さっきまでは。


 久しぶりの酒に雪くんを肴にして飲んでいたら、なんとびっくりお高いワインとグラスを片手に登場した魔王さんの愚痴を聞かされています。

 こうして私はワインを、魔王さんはビールを飲んで大人の愚痴飲み会がスタートした。


 一体何がどうしてこうなった?


「いや本当に大変なんだよ! なんか部下も人の話聞いてくれないし!」


「それ報連相生きてます?」


「一応は……でも俺さ、世界を征服したいとか言ってないんだよ? でもなんか部下が盛り上がっちゃってさぁ」


「あー、あるあるですよねぇ。なんか自分が言っていないのに勝手に盛り上がる弱い部下」


 しかし魔王さんの持ってきたこのおつまみ美味しいな。このワインも多分だけどすごいお高いやつに間違いない。私の給料何年分なのか。

 さすが魔王、いいものを食べてる。けどビールはないみたいだね。


「弱い……というわけではないんだけどね。強いし、すごく優秀だ。けど何故か暴走する癖があるんだよね。それで国が2つぐらい滅んだ」


「それ弱いよりももっと最悪じゃないですか」


 むしろ弱いほうが絶対マシだった。ちょっとした暴走で国が2つ滅ぶってぇ……。


「ウッ……それを言われると……あ”〜最強も魔王もやめたい……」


「でも、貴方が最強であることのおかげで守れていることも多いじゃないですか? それを知っているから、貴方はそのままでいようとする」


 本当に最強だったら、きっと逃げようと思ったらいつだって最強をやめて逃げれたはず。でもそうしないのは本人の責任感もあるのだろうけど、守れているものの価値を知っているからだろう。

 彼は自分の存在の大事さを知っている。それはとても、人として大切な認識だと私は思っている。


「……いきなりぶっこんでくるなぁ……、なんか知られるのって恥ずい」


 なんて言って鼻頭をかいて魔王さんはビールを飲み干す。空になったグラスに私はもう一度ビールを注いだ。


「まぁ、お酒でも飲んで忘れたらどうです? あ、このおつまみも美味しい」


「それは俺も気に入ってるやつなんだよ。……作者ってさ、本当に色んな人が来ても普通なんだな」


 酔った顔で言う魔王さんは、とても不思議そうな顔をしている。まぁ確かに、夜いきなり現れた魔王さんにはかなり驚いたけど、しっかりとお土産持っていたしなぁ。

 私自身に危機感がないことは自分でもよくわかっている。けどどうしても二次元キャラの子、目の前にいる魔王さん含めて真の意味で警戒することができないのだ。


 そういう意味では黒幕さんも警戒しきれていない。あんなことをされていても。


「呆れますか?」


「まぁ少し。でもそういう感じだからこそきっと、いろんな人達が相談とか愚痴を言いに来るんだろうね」


「普通に面倒なんですけどね」


 すでにお眠な雪くんの頭を撫でて私もビールを開ける。そろそろワインに飽きた。


「面倒なのに、追い出さないのか?」


「んー、なんというか二次元キャラの子に冷たくできないんですよ。本当によくわからないけど。私が小説家だからかなぁ?」


 よくよく考えれば、二次元キャラの子を本気で冷たくするなんてことしたことない。現実世界だと、そうでもないのに。

 これは大人になったからとか、そういうわけではなさそうな気がする。


「もっと根本的に、なにかが私に危機感をなくさせているような気がする……」


「……」


 なんか妙な空気になってしまった。いやでも時々考えていたことでもある。

 どうして二次元キャラの子が突然現実世界に来れるようになったのか。本当に神様という存在がそうさせたのか。

 物語のキャラたちにも神様がいるように、私達の世界に神がいたとして、この状況はなにか意味があるものなのか、それとも神の気まぐれなのか。


「なーんて、そんな事考えたって意味はないんですけどね。だってその神とやらには興味ないですし、面倒事だって基本私暇なのでいい暇つぶしにはなりますよ? ただとんでもないやつはとんでもないけど」


 私は良くも悪くも深くは考えない。二次元キャラの子は見たけど神を見ていないのならそのことを深く考える必要はない。

 考えるなら雪くんの可愛さを考えることと、主人公くんのハーレム推しをどうにかすることの方を考えたい。


「ふっ、だからこそ道が開いたのだろうな。興味ないからこそ、普通でいられるのだろう」


「冷たいかもですけどね」


「冷たくともいいんじゃないか? 変な情を向けられるよりかはマシだ。それに、作者はそこまで冷たくはないぞ。変なところでお人好しだ」


 ニヤリと魔王らしい笑みを浮かべる彼を見て、今度は私が恥ずかしさを流すようにビールを飲む。正直、あまり味がしない。

 私がお人好し? そんなわけない。至って普通のはずだ。


「自覚なしかぁ……恐ろしいほど無防備だしな。本当に恐ろしい」


「そんなことよりも!! 主人公くんのハーレムをなんとか阻止する方法はないのですか!!」


 さっさとさっきの話を流すべく私は語気を強めに言う。この問題は深刻なのだ。


「そう言えばさっきも同じようなことを言っていたな。なぜ作者はハーレムが嫌いなんだ? 俺が最強を疲れるのと同じ感じか?」


「それは……」


 酔っ払う魔王さんに私はいつの日か主人公くんにも言ったようなことを言う。

 説明していくうちに呆れていく魔王さんだが、最後には諦めたような顔をして酒を飲んでいる。


「うん、そっかぁ……ほぼ私怨だなそれ」


「わかってる! でも私はどうしてもハーレムは書きたくないんだー!!」


「ん? あ、酔っ払ってる。ワイン三本空けて、ビール十缶……飲み過ぎだな」


 あれ? なんか目の前 がくらくらする……。魔王さんの顔も見えない……。

 あれれ? なんか……眠い……な。


 けどなぜか呆れているような魔王さんが見えて、私は机に突っ伏しながら首を傾げる。


 そうして私の意識はブラックアウトしたのだった。


 ****


『チュンチュン……』


 はい、みなさんおはようございます。今日はいい天気ですね。爽やかな朝です。

 こういう日は外に行って散歩するのもいいかもしれません。洗濯物もよく乾きそうな良い日ですね。


「う、うぇええええ……」


 私が二日酔いになってなかったらの話ですが。うぷっ、飲みすぎた……。


「里奈がお酒飲めるって僕知らなかったんだけど? 昨日は誰と飲んだの、ねぇ?」


 扉の外でうるさい黒幕さんと話している暇など私にはない。というかこういう時ばっか来るのなんで? どこか盗聴器とか仕込んでる?


「あっ、里奈。なんか置き紙が置いてあったよ。魔王からだって」


「う、う、う、うぇ……んぁ? 魔王さんから?」


 扉から差し込まれた紙を見る。そこには、


『俺の愚痴を聞いてくれてありがとう。それに噂になっていた作者と話せてもう少し頑張ってみることにしたよ』


 それは良かった。これで私も魔王さんのところの作者に怒られずに済んだというもの。


『後君が主人公くんとやらにハーレムを認めない理由もわかったけど、無理矢理にでも主人公くんの性格をハーレム嫌いにしないのは、同じように君が優しいからなんだろ? 主人公くんの幸せを願っているから』


「ブッーー!!!」


 な、なんてことをかいてくれるんだあの魔王! 別にそんな事考えてないわ!

 そして最後の行にはまた飲みに来るとだけ書いて手紙は終わっている。とりあえずトイレに流しとこ。


「その魔王って人と飲んだの? 僕とは一度だってそういうことしてないのに?」


「いや、絶対に黒幕さんとだけは飲みません」


 なにをされるのかわかったもんじゃない。というかもう帰って。

 後ろでワーワーとうるさい黒幕さんの声を右から左にながし、私は二日酔いうと戦うことにしたのだった。




 最強って案外つかれるらしい in魔王との飲み会。【完】

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