第8話「「俺、なにかやっちゃいましたか?」系は殴りたい」

 ドッカーン! と、部屋の中で爆発音が響く。部屋の外まで行かない爆発音はパソコンを通じて机にあったものを吹き飛ばした。

 小さい爆発。しかし爆発したのは確か。でもこんな爆発の仕方はおかしい。

 吹き飛ばされながら考える私は、パソコン前に立つ一人の少年に目を向けた。


 真っ黒い髪に、緋色の瞳。なんだか困ったような顔で私を見てそして言った。


「あれ? 俺、なにかやっちゃいましたか?」


「やったに決まってるでしょうがぁ!!!」


 エヘヘと笑う少年の頭を力いっぱい拳骨でぶん殴る。げんこつでもなければゲンコツでもない。漢字の拳骨だ。

 痛みに耐える少年の顔を掴み、私は大きく息を吸う。

 この状況見て言ってんのかクソガキ〜〜〜!! という私の心からの怒りに少年は顔を引きつらせたのだった。


 ****


「はい、復唱。『人の家を爆発させない』」


「ひ、人の家を爆発させない。……すみませんでした」


 爆破させた机周りの本や電気スタンドを直させ、私は少年を正座させた。

 あの後大変だった。爆発を聞いて隣のおばさんが心配して突撃し、危うく消防や警察が来るところになったのだから。

 ただ納得できないのは、「料理を爆発させた」なんていう無理ある言い訳だったのにそれを信じられたことだろうか。

 そりゃ料理には何回か失敗させたことあるけど、爆発なんて一回ぐらいしかないよ!


「あるんだ……爆発」


「ん? なにか言った?」


「イエッ、ナニモ!」


 それにしても彼、どう考えても二次元の子だ。そしてさっきのセリフを考えるに、はやりは過ぎたが確かに小説で人気となっていたあれに間違いない。

 無自覚最強系だ!


「だからっていきなり爆破ってなに考えているの。ねぇ、なに考えてんだワレェ」


「違うんです違うんです! ただ向こうの世界でこうしろって!」


「んあ?」


 向こうの世界でという無自覚くんの頬から手を離し、聞く体制に戻す。


「『しろ』って誰に?」


「あの、なんか目付きの鋭いイケメンさんに?」


「……それって、なんか腹に一物どころか何百物抱えてそうな、いちいち言葉に含みのあるようなイケメンかな?」


「そ、そうだね」


 あんの腹黒黒幕野郎!! なに考えてんだコラ〜〜!!

 彼が話したイケメン。黒幕さんとは、先日この部屋に愚痴をしに来た怖い人だ。

 あれが一体何を考えてかはしらないけど、また主人公くんが来ないのは確実にやつの仕業!


 なんでバトル風になってるのかはしらないけど今度来たら殴る!!


「わかった。君がただ利用されていただけってなら、真犯人である黒幕は今度殴るとして、どうして無自覚くんはここにきたんだい?」


「む、無自覚くん?」


「ここのニックネームみたいなものだから気にしないで」


 ここはなぜかそっちの世界では相談屋みたいな認識をされている。ここに来る子は大抵、面倒ごともとい問題ごとを抱えている。

 解決なんて一切してないし、むしろただ巻き込まれて勝手に解決していくだけなのにどうしてこうなっているのか。


「その……問題事というか、なんと言いますか。俺、こう見えても37……今世を含めるともう50を越しそうなんですよ。なのに俺、物語の世界の常識を知らなくって」


「まぁ、転生者だもん。基本は成人だよね。そこから学ぶのはなぁ」


 それにしても50越すってことは、いまは12か13の少年。向こうの世界でもそれ程度あれば常識を知るには充分のはず。

 それがまともな場所なら。


「無自覚くんが暮らしている所は一体どういうところ?」


「あ、山の中ですね。師匠と二人暮らしで……」


 はい、なんで無自覚くんが常識知らずなのかもう特定できました。その師匠とやらが問題であることは間違いない。

 大方賢者とかそこら辺の有名人で、なおかつ変人であることは容易に想像できる。なにせセオリーだからね!

 となれば元凶を叱るか。けど常識というより、家を爆破させないのはモラル以前の問題だ。これは本人に問題があるだろう。


「常識を知るには、その師匠とやらから離れたほうがいいよ。無自覚くん。君は物語じゃないところでも同じようなことをしていないかな?」


「っ!」


 ビクリと彼の肩が揺れる。そう見れば相当厄介者として扱われたんだろう。作者のキャラといての設定で苦労する。いつものパターンだね。


「君は自分の力が、人を傷つけるということを知ったほうがいい。さっきの爆発も、私が離れて、なおかつ誰もいなかったから良かったものの。下手したら私は死んでいた」


 無自覚くんの本当の問題は、自分で考えるってことをしないところだ。中身は成人しているっていうのに、彼には彼というものがない。

 きっと、その理由は前世にある。でも私にはそれを知ることはできない。いや、しないといったほうが正しい。


 知ることはできる。彼の物語を見ればすぐだ。けどきっと彼の物語は彼の成長を描いているはず。だから今はこんなにも不安定なんだろう。

 つまり私が今ここで捻じ曲げれば、どうなるのか。正直私は向こう側の世界がわからない。無自覚くんの作者にもどう影響するのか、私は教えてもらっていない。


 そしてそれはきっと、主人公くんも知らないことなんだろう。知ってるとしたら、そいつは……。


「君は強い。強いからこそ、力の使い方を誤っちゃいけない。わかったら師匠と一旦離れて他のやつから常識を学ぶんだね。言っておくけど私だってそっちの常識は知らないんだから」


 だからもしまたなにか困ったら、相談には乗るよ。


 ということを言えば、無自覚くんは少しだけ笑ったような顔で頷いた。きっと少しは彼の気持ちが軽くなるだろう。


 けどのこの件、根本的な解決はしていないのだと知っていてなにもしない。そのことに私は少しだけもやもやしたままだった。


 ****


 パソコンの中に帰っていった無自覚くんと入れ違うように入ってきたのは、全ての元凶黒幕さんだった。

 というわけで出会い頭正当防衛キーック!!


「はは、やっぱり来たね」


 やつは来ることを予想していたのか簡単に防いで私をベットに座らせる。くそう! 後ちょっとだったのに!!


「人の家爆破されて蹴りの一つも喰らわない覚悟できたんですか貴方は? いいから殴らせろ」


「あははは! 君って本当に面白いねぇ」


 なにも面白くない。もし無自覚くんが物を元通りにできる能力がなかったらあのまま爆発あと残したまんまだったんだからな!

 そんな事になったらいいわけは使えなかったし、なによりも主人公くんたちに心配されちゃうでしょうが!


「そんなことで怒っているの? 優しいんだね」


 ぱちくりと驚いたような顔をした後、優しいと言った黒幕さんの目が少しだけ膿んだ。

 突然の変化が怖いんですけど。なんのトラウマ抱えてんだこの人は。


「……余計な心配なんて誰もされたくないでしょ。当たり前ですから」


「お人好し……じゃないね。君はさ……事なかれ主義なんだ。偽善者よりも、よっぽどたちが悪い」


 低い声に、私を見下ろす目は冷たい。まるで私じゃないやつでも見ているかのような目だ。こいつは、私を通して誰かを見ている。


 パンッ!!


 その目を見つめて、私は手を大きく叩いて音を出した。トリップした目の前の男をこっちに戻すように。


「!」


「誰を通してみているのは知りませんけど、私は事なかれ主義でも別に構いませんよ。貴方に軽蔑されようが、憎まれようが、貴方は私を殺せない」


「……」


 この世界の住人を、向こうの住人が殺すのは不可能だ。なにせ存在が違うから。

 彼らはこちらの想像から生まれた。所謂神に等しい存在を、彼らが殺すのは無理だろう。


 とまぁ息巻いてみたものの、できちゃったらどうしよう。ここで死んじゃうのかな私。

 いやだ! 死にたくない! まだ見てないアニメとかがいっぱいあるんだ!


「なにを考えて爆発を起こさせたのかはしりませんけど、殺せるかどうか試すのなら私は不適任ですよ。シリアスはここには似合わない」


 キリッとした顔でそんな事言うけれども、私の心の中は冷や汗でいっぱいだ。

 どうしよう。カッコつけるんじゃなかった。でも事なかれ主義のなにが悪いんだよぉ! いいじゃん事なかれ。流れるままに生きてもさぁ!


「……」


「……」


 二人してじっと見つめ合う。さっきよりも黒幕さんが近づいていて……。いや、近い。すっごく近い。鼻が当たりそうなほど近いよ。

 しかし目をそらしちゃだめだ! そらしたら殺られる! 多分!


「フッ、目、逸らさないんだ?」


「……私は、貴方を信用していないしできない。黒幕さん、貴方は一体何を隠しているんですか?」


「それを言ったらせっかくの暇つぶしが消えちゃうだろう? 大丈夫。作者、いや里奈。君が言ったように僕は君を殺すことはできない」


 どうしようこのシリアスな展開。どうやったらシリアルになるんだ! この人が来てからずっとこんな感じだよもぉ!

 ああ、主人公くんと厨二病くんが恋しい。早く来てくれないかな。


「けどね、……悪意をぶつけることだったら誰にでもできちゃうんだよ」


「ムッ――!?」


 言われた不穏すぎる言葉に、私はなにも言えない。

 ギシッと、軋む音が夕焼け色の部屋に響く。ぬるりとした感触が口内に入り、音を立てた。

 目の前には憎たらしい黒幕さんの顔。目を細めて私の様子をじっと見ている。愉快そうに笑っているその目は三日月のようだ。


 え、あれ……? 私なにされてる? あれ、ちょっとまってこれってまさかキ――。

 知った事実に顔を青くし、そして私の頭はスパーク。そのまま気絶した。


「……またね、里奈」


 最後に聞こえたゾクリとするような色気を含んだ声の主に、私は舌打ちをしたい気分になったのだった。


 ****


「作者〜! 遊びに来た……ぞぉ? なにしてんだそんなところで」


「む? 貴様なにミノムシのマネをしている? なにがあった」


 入ってきたのは顔のない主人公くんと、黒い羽を散らす厨二病くん。その顔を見た瞬間、私の涙腺は決壊した。


「ヒック! グッス! アイツ絶対に許さないぃ!!」


 アイツぅ! 嫌がらせのためだけにこの私にき、きき、キスをしやがって!! 絶対に許さん!! しかも軽いやつじゃなくてだいぶディープなものだった、更に許さん!!

 これでも初キスは観覧車のてっぺんって決めてたのに! 好きな人とするって決めてたのに! くそう!!


「……なにがあったかは知らんが、そっとしておこう」


「そ、そうだな……」


 怒り狂う私は、主人公くんたちに哀れみの目で見られながら一夜を過ごしたのだった。

 あと「俺、なにかやっちゃいましたか?」系よりも、黒幕系をぶん殴りたいと思った出来事でした。



「俺、なにかやっちゃいましたか?」系は殴りたい。 【完】

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