第7話「黒幕系キャラはどんな時でも含みがある」

 運命という言葉を信じるだろうか?

 なんとも曖昧で、どんな時でも使われる便利な言葉だと私は思う。

 そんな言葉は必ずしも万人受けする言葉でもなければ、場面によってその重さや意味を変えてくる。

 運命という言葉は、神と同じぐらい曖昧だ。不確かすぎて、その存在を疑うぐらいには。心の底から信じられないぐらいには。


 この超天才小説家、島地里奈は思う。

 ただ最近起こっているこの現象は一体何なのだろうかと。所謂二次元、想像上の世界から生まれた彼らはこの部屋に突然来た。

 私のパソコンを通じ、私だけにしか知覚できない主人公くんを始め、多くのキャラが何故か相談など面倒事を持ち込んでくる。


 運命、というものなのか。それともそんな綺麗な言葉ではなく、ただの神の気まぐれで、偶然なのかもしれない。


「……」


「……」


 さて、そんな小難しい話をタラタラ考える私だけど、お気付きの通りこれははただの現実逃避だ。ぶっちゃけこの現象のことを深く考えたことはない。

 そんな心広い私がどうしてこんなことを考えるかといえば、答えは簡単だ。


「へぇ、君が」


 目を鷹のように細め、なんとも妖しい色と知的なもので光る瞳。薄く作られたような笑み。なにを考えているかわからないけどなんか深みのある言葉。

 そして多くのアニメや漫画で見たことのあるようなその表情。間違いない。この子……。


 サスペンスとかで出てくるような黒幕キャラの子だ……っ! 現実逃避してもいいよねこれ?!


「……最近こんなのばっかだよチクショウ……」


 漏れ出た私の悲しい声は、きっと目の前の黒幕さんは無視するし、いつもいる主人公くんには届かないのだった。


 ****


「ねぇ、君。僕の相談に乗ってもらってもいいかな?」


 なんていうことを優雅に私の椅子に座って言う黒幕さん。緑茶でマグカップなのにその姿が様になるってなに? 美形だからか?


「え、相談……? 私で解決する問題ですか?」


 例えばコロなんとかしたい人がいるんだとか、国家転覆とかなんとかの相談だったら私は答えられませんよ。というかそんな相談する必要を感じない。

 普通にゲーム感覚とかで出来ちゃいそうな見た目しているもん。この人。


「もちろん、相談って言ってもただのを聞いてほしいだけなんだ。いいよね?」


「モチロンデス」


 圧がすご~い。なんでこう、わざわざ含みをもたせながら圧かけてくるの。なんで今日私一人だけなの。

 いつもだったら主人公くんが本を借りに来たりお菓子を食ったりゲームしているくせに! 最近来た厨二病くんも今日に限ってこないし!

 私は便利な女じゃないのよ!


「それで愚痴とは? 仕事のとか?」


「そうだね。人間関係とか、仕事関係で疲れちゃって。でもこうして言える相手もいないから、ここで吐き出そうと思ってね」


 それに君は、口が固いだろう?


 ニッコリと笑っているのに笑ったような感じがしない。あれだこれ。多分喋ったら始末される。


「モチロンデス……イクラデモドウゾ」


 こうなれば私はただただ愚痴に頷くBotになればいい! 右から左に全て言葉を流すのだ!


「僕の職場はさ、結構重めのサスペンス小説のところで、僕は主人公の友人という設定なんだよ」


「ほう」


 友人設定か。なかなかにあるあるだね。

 私はサスペンスとか考えると頭痛くなるし、基本考えなくても読めるようにしているからそういうの書ける人は尊敬する。


「後は多分君が思っているような役割でね、僕は。だからなのか職場の方では普通なのに、それが終わるとみんな僕を警戒するんだ。なにもしていないのにねぇ」


「へぇ」


「「いちいち含みがありそう」だとか「友人にしたくないタイプ」だとか色々言われてね。僕の信者みたいな人たちは僕の話聞かなくって、困った人間関係でしょ?」


 いや、その一端はどう考えてもあなたのせいでもあると思います。

 なんていうことが言える強精神は持ち合わせてはいないので、私はその言葉をなんとか飲み込む。

 しかし目の前の黒幕さんはそんな私の様子を見て鷹の目を更に細ませて笑っていた。


「作者ってさ、とっても表情が豊かなんだね」


 ……それって、どういう意味なんでしょうか? 考えていること全部わかっていると取っていいのでしょうか?

 もう無理だ。この人怖い。早く主人公くんでも厨二病くんでもこっちに来て! 私を助けて!


「二人なら来ないよ。僕がそうしたからね」


「えっ、それはどういう……」


「相談、まだ乗ってくれるよね?」


 答えてくれないし、さっきの言葉の意味がわからない。「僕がそうしたからね」って、え、一体何をしたんですか怖い。

 本当になにをしたのか、そもそもこんな摩訶不思議な現象を意図的にどうのこうのできるのか。色々聞きたいことがあるのに、この目で見られると心が萎んでいってしまう。


 だから怖いんだってその目が!!


「……その、つまり黒幕さんは相談相手がほしいとうことでいいんですか? なら職場の人間じゃなくって、他の物語のキャラとかで作ってみたらどうです? 多分同じようなことを抱えている人とか、黒幕さんに似たような人もいますよ」


 実際、ここでは厨二病くんがそれに当てはまるだろう。作る機会自体はきっといっぱいあるはずだ。

 それに物語の世界。いくらでも似たような人がいるはず。ならその人と仲良くなってみるのだって手のはずだ。


 しかし黒幕さんはその言葉に首を振る。作りたくないからか、それともできないのかよくわからないけど、本当にいちいち含みがある動きだ。


「確かに、君の言う通りきっと僕に似た人はいるだろうね。けどそれじゃだめなんだよ」


「だめ? どうして」


「どうして、か……。だって彼らはさ」


 そっと私に近づく黒幕さんは、私の耳元まで寄っては私に囁いた。低くて、人を堕とすような甘い声だ。


ね。だから僕は彼らと仲良くしないんだ。その点君はとてもいいよね。口は固くて僕の世界にはいけない。まさに相談するにはいい相手だよ」


 固まる私を見ているのか見ていないのか、黒幕さんはとても嬉しそうな顔をして話を続ける。


「あとはここの部屋の雰囲気もすっごくいいね。なんというか落ち着くよ」


「ソウデスカ」


「君は僕を見て煩わしい視線も向けないし、僕と話してあからさまに避けたりもしないからね。ほんと、君みたいな子がいて僕は嬉しいよ」


「ソウデスカ」


「ということでまた来るね。


「ソウデス、えっ」


 慌てて顔を上げればそこにいたはずの彼の姿はどこにもない。お茶が空になったカップ以外、彼の痕跡はどこにもなかった。

 え、待って。さっきあの人私の名前を呼んだ? 名前なんてどうやってわかったの。名前が書いてあるようなものはどこにもないのに。


 まさか、私が信用できるまでどこからかみてた?


「ははは……怖い」


 別の意味で背筋を凍らす彼の言動。ただの妄想じみた考えなのに、私はそれを笑い飛ばすこともできずに、主人公くんたちが来るまでその場から動けなかった。


 後ついでにその日からちょくちょく黒幕さんが来るようになった。私が涙目になって愚痴を聞いている姿が誰にも見られないのが救いだが、この人はまさかこの現象を知っているのかもしれないと、考えることが増えたり増えなかったりしたとか。


 とにかく黒幕キャラは、すごく怖いです。


 黒幕系キャラはどんな時でも含みがある 【完】

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