第16話「私もスローライフしたい件について」
「仕事に疲れたスローライフしたい」
「家でダラダラしているやつがなに言ってる。そんな事言う暇があるんなら俺のハーレム小説を書け」
それは絶対に断る。
なんて主人公くんが冷たいのだろう。この子にはきっと血も涙もないんだわ。顔も形もないんだからそうに違いない。
でも聞いてよ。私はもう疲れたんだよ。毎日毎日パソコンとにらめっこの日々。降るはずもないネタを待ち続けるのはもう嫌だ!
そんなことをする暇があるなら雪くんを可愛がりたい!
「在宅ワークで終わったら常に暇な作者がよく言う。柊矢から来た仕事はもう終わったのか?」
「できたけど……。作者って脚本家じゃないのになんで脚本書いたんだろうね?」
柊矢はきっと私の仕事を勘違いしているんだ。私は創作する小説家なのに、どうしてか脚本の仕事が来る。編集者ってここまでするっけ?
「このままでいたら食い扶持がなくなるからっていう友人からの善意だろ」
「失敬な! ちゃんと本だって売れてるし、君たちが勝手に食べるお菓子を買えるぐらいには稼いでいる!」
「まぁ、俺たちは食べ物食べなくても生きていけるけどな」
「ちょっとまって。それ初耳なんだけど?」
今聞き捨てならない事を聞いた気がする。食べ物食べなくていいのならなんで食べてるの。嫌がらせ?
「そんなことよりも、作者スローライフなんてどっから知ったんだ?」
「置いていくような問題かな? ……いや、普通に小説サイトにあって。いいよねぇ、ゆっくり田舎でスローライフ。のんびりしたいよね」
スローライフという言葉だけで心躍る。ぜひとも私もスローでスローでのんびりなライフを送りたい。問題ごとなど暇じゃなかったらただの迷惑なのだ。
特に最近は喋ることが多くて喉が痛い。夜に雪くんの可愛さに奇声を上げているのもあるだろうが、やっぱり一番の要因は普段話さないからだろう。
私は人とあまり関わりたくなくてこの仕事を選んだのだ。けれど最近はむしろ叫び声を上げるようなことが増えている。気の所為とかじゃない。
後はいつの間にか後ろに立っていた不審者(黒幕さん)に驚いて脛を思いっきり机にぶつけたりもした。やつのその時の顔は絶対に忘れん。いつか仕返しをしてやる。
「だからスローライフをしたい。田舎でゴロゴロと……」
「……そういや、俺が向こうに帰っていたときにスローライフを題材にしているキャラと話したな」
「え! そうなの?」
「ああ、確かそいつ……「田舎のスローライフって詐欺だから」って言ってたぞ」
え、田舎のスローライフって詐欺なの? その子のところだけが忙しいとか、そういうパターンじゃないの?
「じゃあ本人にでも聞いてみるか。相当疲れていたみたいだしな」
といって、私の許可もろくに取らないまま主人公くんはパソコンの中に入って言ってしまう。
それよりもさっきの言葉の衝撃が抜けないんだけど。田舎のスローライフってつかれるほどなの?
異世界を舞台にした漫画でも見た、あの社畜の心にときめくような夢の生活が……嘘?
「な、なんか知るの怖い……」
ポツリと、一人きりの部屋で震えた声が響いた。
****
スローライフ系の物語は大抵、最強の主人公が平和になった世界で農家を〜とか、〜〜をしていたら最強になった。みたいな設定も一緒についてくる。
それはいい。最強であるがゆえに戦いに疲れ、憩いを求めて田舎でのスローライフをする。全然悪くないと思う。
だってそれ、仕事に疲れたサラリーマンが田舎に帰るみたいな図が浮かんでくるんだもん。なんか悲しくなる。
だからいま、目の前でオーガみたいな筋肉と形相をしたガチムチのおっさんがいても全然おかしくないのだ。
片手に鍬持っても、全然おかしくない。
「熊殺しとかされてます?」
「いや、ただの農家なんだけど」
「作者完全にビビってるじゃねぇか」
いきなりこんな、完全に熊殺しとか国一つ救ってるか滅ぼしてます見た目の人が出てきたら誰だってこうなる。
最近は図太くなったとか自分でも思ってはいたけれど、気のせいだと気付かされた。
こわいよぉ……。
「オレ、一度紙袋被ってこようか?」
「ちょっとまって、いまこいつぶん殴って治すから」
「え”、ブラウン管テレビじゃないからちょっ、やめっ!」
というわけで頭にでっかいたんこぶをつけた私は早速本題に入ることにした。
え? 頭大丈夫かって? 大丈夫、ちょっと記憶が飛んだだけだから。
「私スローライフしたいって思っているんですけど、田舎のスローライフが詐欺って本当ですか?」
「あー、いるんだよなぁ。田舎でスローライフって。でもよく考えてくれ、田舎に住むんだぞ?」
異世界だからライフラインの概念すらない。こっちではあるかもしれないがそれは最低限のもの。
虫どころか猿もイノシシもネズミがわんさか出てくる田舎。自給自足の素晴らしさは言葉だけ。実際にしてみれば地獄以外の何物でもない。
しかもそれが、機械などなにもない異世界であればなおのこと。
「異世界スローライフなんてマジでクソ……」
「おおぅ……」
絞り出すような本音に、私は「おおぅ」以外の言葉が出てこない。
あー、なるほど。たしかに漫画とか出てこないだけで普通にそういう問題とかあるよね。
「あれ? でも大抵は魔法使いますよね? それでいいのでは?」
「魔法って、威力間違えると山一つ吹っ飛ぶんだよな。だってほらオレ、最強だから」
ハハハハと笑う熊殺しさん。その笑いはとても乾いていて、自分が最強であることを後悔しているようだった。
「しかも最近、物語の進行上そのスローライフ(笑)が終わりそうで……国の騎士とかが来たんだよな」
「「あー……」」
しょうがない。だって大体はそういう感じの物語だから。最強であるのなら避けて通れない道だから。
というかこの人色々ためてるな。絶対その国の騎士さんとやらが面倒事を持ってきたと見た。律儀に手合わせとかしちゃったんだろうなぁ。
「だからオレからしたら、作者の生活のほうがスローライフでいいと思うぞ」
「私?」
「だってそうだろ? 締切以外は悠々自適な生活。食っていけるほどの稼ぎもあり、持ち家もある。二次元キャラが来ない限りは暇なんだろ?」
こっちのほうがいい。みたいな顔で見てくる熊殺しさん。うーん、たしかにこっちはそこまで都会に近いわけでも遠いわけでもない。
けれどライフラインはしっかりしてるし、近くにはコンビニがある。
「しかも雪くんもいるしなぁ……」
ならこっちのほうが幸せだね! 独り身だけど寂しくないし、色んな人で結構賑やかだもん!
それに虫がいるのとか無理。あと動物は好きだけどイノシシとかガチモンに対して私は無力なのだ。
それこそ熊殺しさんみたいに強くないと。
ああ、そっか私。今すっごく幸せなんだ。
「うん。……なんか、熊殺しさんのおかげで今の状況が幸せだと気づきました! ありがとうございます!」
心の底から感謝するように、私は笑顔を浮かべる。その珍しい私の満面の笑みに、熊殺しさんの顔の彫りの影が濃くなった。
「……なんだろう、いいことなのだろうが心底殴りたい笑顔だと思う」
「やっちゃっていいぞ。俺が許す」
え”、まって、本当に待って。熊殺しさんに殴られたら私死ぬから!!
「ギャーー!!」
その後私がどうなったかは、ご想像におまかせしましょう。
幸せはすぐ近くにあると言いますが、不幸も同時にすぐ近くにあるものだと学んだ日でした。
****
「ハァ〜、作者は相変わらずハーレムを認めてくれないな」
そう言って肩を落とすのは、まだ姿形もない白紙の物語の主人公。
彼のハーレム推しの夢は彼の作者が頑として認めないため、あってもおかしくない姿が未だに決まっていないのだ。
そのことにも当然憤りを覚えるが、それと同時にハーレム嫌いの作者の今の現状についてもツッコミどころがありすぎた。
なにせ今の作者の状況がハーレムなのである。自分たちはもちろん。黒幕や柊矢と言った、作者に明らかに好意を向けている奴らがいる。
中身はともかくとして傍から見たら完全にイケメンを侍らす逆ハーなのだ。これを怒らない主人公ではない。
「こうなったら、いよいよあの手に出るしかねぇな」
なにかを決意したような顔をした主人公は、そうして二次元の世界のどこかへと向かっていったのだった。
私もスローライフをしたい件について。 【完】
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