第5話「ヤンデレは鑑賞だけで充分」

 みなさんはヤンデレを知っているだろうか。メンヘラとの違いがよく分からないとかよく言われるあれ。その人気は今なお衰えることは無いジャンルのひとつだ。


 サワサワ……。


 ヤンデレとは、恋や愛に病みまくった者がなるものだが、詳しくは調べて見て欲しい。

 しかし恋や愛に病みまくるのならメンヘラでも良いのでは?なんて言うやつもいるがそれはナンセスと言う他ないだろう。


「ふふ……」


 ヤンデレの最も魅力的なものは「愛する人を思って行動した結果、とんでもなくドロドロしている」という美味しすぎる設定にあるのだ。


 サラサラ……。


 自分だけに異常とも言える愛をぶつけられ戸惑う主人公。その気持ちを全く理解しようとしないヤンデレ。

 そのみごとな対比が美味しすぎると、こうしてヤンデレは人気ジャンルになったのだ。


「……」


 さて、さっきから長々とヤンデレの魅力について語っている私だが、お気づきの通り私はヤンデレが好きだ。

 見ていて楽しいし、好きな子に逃げられた時の反応を見るのは大変美味しい。

 だけど、それはあくまで見ているからこその娯楽であり萌えなのだ。実際にヤンデレ被害に合えばそれはただの恐怖でしかない。


「フフ、かわいいね……」


 つまり、そう。私は今大変恐怖している。

 私の髪を結い、「美味しそうだね」なんて囁く目からハイライトの消えたこのイケメンくんに。


「ねぇ、どうして先から僕の目を見てくれないの? 恥ずかしがってるの?」


 首をきゅっと軽く絞められ、耳元で吐息混じりの囁くヤンデレ君。答えないと殺されそうな圧に私は目を閉じて祈る。


 誰でもいいので助けてください、と。


 ****


 少し時は戻って1時間前。

 今日の私は珍しくパソコンを開かずに別のことをしていた。そう、ゲームである。


「ククク、久しぶりに滾るじゃないですかぁ。今日はあの迷惑系主人公くんもいないからやり放題だし!」


 私は伝説のスナイパー。狙った獲物は逃さない。かつてはこうして大暴れしたものよ。

 潜伏し敵を待つ。後もう少しで私がナンバーワン。腕は落ちたがこの緊張感だけはやめられないのだ。


 少しの音も逃さぬよう、ヘッドホンをしてた私。それが大きな間違いなのだと、その時の私はわかっていなかった。

 ゲームに夢中になっている間、パソコンが勝手に起動し光を発する。そうして収まったころには、影あるイケメンが立っていた。


「……――?」


 ゲームに夢中になって気づかない私に、多分イケメンは何かを呟いたような気がした。しかしヘッドホンをしている私は気づかない。そのままゲームを続行している私の逃げ道は、いつの間にか消えていた。


 そして、気づけば見知らぬイケメンが私の髪をといで嬉しそうに頬ずりしていたのだ。なんていう怖い話?

 それよりも誰か助けてー! この子ヤンデレなんです! 人の話聞かないんです!


「どうしたの? ああ、飲み物がほしいのかな?」


「ぁ……はぃ」


 どうして私が彼をヤンデレだと気づいたのか。それは目にハイライトがないとか奇怪な行動をしているとかそういうのじゃない。いや、そういうのもあるけど。

 この部屋。いつの間にか外側から鍵がかけられ中から出られなくなっているし、四隅には防犯カメラがある。あと多分だけど盗聴器もある気がする。

 こんな、私にも気づかれないような華麗な手口。これで私はようやく彼がヤンなデレな人だと気づいた。気づいたけど遅かった。


 連絡先に合ったはずの唯一の友達アンド編集者の連絡先も消えた。私友達ゼロ〜。

 許さない! よくあるシチュだけど許さない私の唯一の友達を!


 しかしそう思えたのも今だけ。私は弱かった。抗議する力なんて、私にはなかったんだ。


「はい、飲み物だよ。アイスコーヒで良かったよね?」


 とかなんとか言いながらなにか薬らしきものを入れているのに気づいていますからね? 何入れたの、ねぇ。何入れたの!?

 飲めるわけない。こんな物。まじで何入れたのねぇ。


「ん? 僕を疑ってるの? ただのお砂糖だよ」


「ハハハ、そうですかぁ……」


 嘘だ〜〜〜! 絶対嘘だ〜〜〜! そんな嘘に騙せれるとホンキで思ったの!?

 お願い神様仏様主人公様ぁ! 私をどうかお助けください! というかなんで私こんなヤンデレに捕まってるの! 私が何してたと! ゲームしてただけじゃん!


「ねぇ、飲まないの?」


 ヒィ! 飲まないといけないの? なんでなの理由を言ってよ。

 そう思っても口には出せない。飲まないと何されるかわかったものじゃない威圧感を感じ、私は恐る恐る口をコップにつける。

 ええいままよ! チョットだけ飲んだらすぐに袖とかに吐き出せばいい! 汚いけど命か貞操を守るためだ! 女は度胸ーー!


 口につけた瞬間視界にうつったもの。パソコンから誰かの気配と本が浮いていた。


「おーい作者〜。この本の続き貸してくれ、ねぇ??」


 上ずったような声。そしてこのタイミングの良さと私の本。間違いない。この子は、


「しゅ、主人公クーン!!!」


 待ってました私の息子〜! 今すぐ助け――


「ねぇ、里奈。この子一体誰?」


 キュっと、私の首を掴むのはヤンデレくん。ああ、なるほど。やばい絶体絶命。

 助けが来たと同時に私のお迎えも来てしまったようだ。うまくないんだよふざけんな。


「はぁ? お前こそ一体誰だよ。作者になにしてんのお前?」


「君こそ僕の天使を見るな。名前もつけられていないような三流が」


「て、天使? って一体誰のこと? まさか作者のことかよキッツ!」


 おい待てや主人公。たしかにきっついがその顔はなんだ傷つくぞ作者も。顔ないけれど。ハダカネズミにしてやろうか。

 しかし主人公くんに噛みつく前に目を塞がれる。ついでに口も塞がれた

 どうやら見えない相手にも目線を向けちゃいけないらしい。何という理不尽なのかと思っていれば、主人公くんがなにかに気づいたかのような声を上げた。


「お前どっかで見たことあるような気がしたが、思い出した。向こうでも作者みたいにおんなじことして問題になってたやつじゃねぇか。なんでそんなやつが作者のところにいるんだ?」


「……」


「え? 問題ってなに? なにしたのこの人モガモガ」


「いや、確かこいつ完結したキャラらしいんだけど相手に逃げられたらしくって。それ以来似たようなやつを閉じ込めるみたいな犯罪まがいのことをしているらしいんだよ」


 犯罪まがいのことをっていうか、犯罪だよねこれ。というかなにその行動、普通にはた迷惑なんですけど。

 じゃあなに? 私はその相手キャラに似ていたからこうなっているってこと? 私可哀想すぎない?


「彼女は逃げていない! ここにいる!」


 私可哀想なんて思っていれば、今まで普通? にしていたヤンデレくんが殺気を撒き散らして吠える。ヒィィ、恐い! そして私は君の相手役じゃない!


「いや、作者は作者だっつーの。何いってんだお前。それよりも人の作者返せ。本の続き見たいんだけど」


「私の命本以下!」


 泣くぞ!


「返せ? この子は僕のだ。僕のなんだ。だって僕の事好きだって、ずっと一緒にいるって言っていたんだから。だから誰にも渡さない。もう逃さない」


 ブツブツとなにかをつぶやくヤンデレくん。そして強く抱きしめられる私。なにこれすごいい匂いがする、じゃない! アカン何か掘ったよ! トラウマらしきもの掘ったよどうしてくれんだ!


「チッ、このイカレ野郎め! 作者は男耐性ないんだよ! ココ最近だって変な腹黒王子のせいで人見知り発揮してんだから離せ!」


「なんで知ってイダダダダ!」


「じゃあ僕が君の唯一なんだね、里奈。ずっとずっと一緒にいようね」


 嬉しそうに囁いてくるヤンデレくん。その腕の力が更に強まり、息ができなくなる。

 あ、やばい。三途の川がすぐそこに……!


「作者! くそ、こうなったら!」


 主人公くんがパソコンの中に飛び込んだ。私は主人公くんにも逃げられたのかと思って泣きそうになったが、すぐに戻ってきた主人公くんに目を奪われる。

 なんだが目にハイライトのない女性を連れて来た主人公くん。どこか私に似ているその女性に目を奪われた。

 えっと、誰ですその人。


「目には目を、ヤンデレにはヤンデレを! おいそこのヤンデレ野郎! お前の探しているのはこいつじゃないのか!?」


「!」


 驚くように体を固くさせるヤンデレくん。完全に目の前の女性に目を奪われているようだ。

 ついでに目の前の女性も同じように目を見開かせて顔を赤くさせている。どこからか例のエンダーと叫ぶような歌が聞こえてきた。


「「……好き」」


 「え……まじ?」


 君らの情緒どうなってんだよ!!


 ****


「えーっとそれじゃあ、お幸せに」


「ええ、ごめんなさいね」


「結婚式には呼ばないけど、手紙は送るから。じゃあね、作者ちゃん」


 後ろ向きで見送る私。見たら相手の女性に殺されそうになったので苦肉の策だ。

 というか手紙も送らなくていいです。恐いんで。もう二度と来ないで。

 という意味を込めて「さようなら」といったのだが、相手しか見えていないアイツらに伝わったのかどうかは神のみぞ知るだろう。


 ちらりと、少しだけ二人の顔を確認する。どちらも幸せそうに顔を緩ませていたが、光の中に入るその一瞬だけ、ヤンデレくんの顔に歪な笑みが浮かんでいた。

 まさに、ヤンデレのなに相応しき笑みだ。


 ……ゑ?


「……主人公くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな?」


「どうした? 今俺本の続きで忙しんだが」


 二人の姿が消えてから、私はベットの上で本を読む主人公くんに話しかける。

 私の価値ってそんなに低いのかなとか、暇やんとか思ったけどそんなことよりも。


「ヤンデレくんってさぁ、本当に相手の子がいなくなって暴れていたの?」


「…………さすが作者、勘がいいな。いつもなら気づかないくせに」


 そりゃ、あんな笑みを見た後で気づかないわけないよね? それにさ、主人公くんあの女性を連れてくるときに「お前が探していた」って言っていたよね。

 そしてあの女性の容姿。私と似ているというより彼好みの姿と考えていいだろう。

 まさかあの二人……。


「まぁ、あれだ。作者が思っている通りってことだ。相手もあの男もどっちも重めやばめのストーカー。でもまぁ、もう関係ないし幸せそうだから大丈夫じゃないのか?」


「……」


 ヤンデレとは、相手を思うばかり愛を暴走させてしまった者を言う。だからそんな人を愛せるのはよっぽどの鈍感か懐の広いやつか或いは、


 同じく、愛を病ませるほどにこじらせた者だけだ。


「……はは、こわい」


 毒をもって毒を制す。その言葉を深く感じさせた日だった。

 ヤンデレは、鑑賞だけで充分です。




 ヤンデレは鑑賞だけで充分【完】

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