第3話「悪役令嬢は熱血をお望み 前編」

「ですからぁ! ワタクシは腹黒第2王子よりも、愚直な熱血騎士団長の息子がタイプなんですのー!!」


「……はぁ」


 一体何の話だろう。

 蜂蜜のような金色の髪をくるくるカールにしたゴスロリ元気なお嬢様は、そういうなり人様のベットに顔を埋めた。

 その隣では人のポテチをボリボリと食べて本を読む主人公くんが、多分ぽかんとした顔でお嬢様を見ている。


 ……一体何なんなんだろう。


 ****


 皆さんこんにちは。私は島地里奈。超天才な小説家だよ。

 あの人の話を一切聞かない主人公くんとの新しい生活が始まって2日が経ったが、その間私が書いた小説はゼロだ。

 いやー、なにかインスピレーションが浮かぶかなーって思ったけどそう簡単に行かないね! 全く浮かばないや、HAHAHAHA!

 という訳で、今日も意味もなくパソコン前で天井のシミを数えています。……シミ、ないな。


「おーい、作者ー。来たぞ〜」


「また来たの? 言っとくけどハーレムは書かないからね」


 と言って後ろを見るが、そこには誰の姿もない。

 言っておくけど、幻聴とかじゃないからね? しっかりとそこにいるからね? だから精神病院に電話しようとしないで。


 この今は透明人間な彼? はまだ白紙の小説の主人公、らしい。

 私がまだキャラ付けをしてないせいで今は姿形がないが、勝手に本が浮いたり昨日買った塩ポテチが勝手に空いたり開いていたりするので察してほしい。

 どうやら彼? のことを知覚できるのは作者である私のみらしく、私だけがその存在を知ることができるらしい。


 しかし、そんな息子、娘とも言えるようなその存在は、あろうことかこの私がこの世で一番認めていないハーレム推し何だとか。

 3日前からの攻防を続けているが、未だ彼? を説得できていない。反抗期なんだろうか?


「作者だって、いい加減ハーレムを認めろよ。いいじゃんか別に作者には何のデメリットはないんだし」


「何を言う。ハーレムは私にとって毒。君は親を殺したいの?」


「そこまで普通は言わねぇし。そもそもそんなんで死ぬんじゃねーよ!」


 無理。作者は豆腐メンタル。ガラス細工を扱うようにしてくれなければ死んじゃいます。

 まったく、しっかりと作者である私の取扱説明書を呼んでほしいものだ。1ページ目にデカデカと書いてあるのよ?

『作者を優しくするべし!』ってね。


 と、力説する親の言葉を無視して漫画を一冊手にポテチを食べる主人公君。

 おい、聞けよ。というか本に食べかす入ったら嫌なんだけど。聞いてる?


「作者って、案外難しい本読んでんのな」


「まあね。作者頭いいから。超天才小説家だから」


「ソウダナー」


 経済の本をペラペラ流し読みしていく主人公くんに褒められて気分が良くなる。

 ふ、ふーん。そこまで言うなら許してあげよう。それに今作者忙しいしー。

 という訳でポテチを食す音と、紙の擦れる音をBGM代わりにもう一度パソコンに向き合う。


 ……やっぱネタないな。

 カチカチと文字を打っては消して、また文字を打っては消しを繰り返す。

 文字数が減ったり増えたりするのを見ていれば、かすかにパソコンの光が強くなる。


「……やっ……!」


「……ん?」


 光は段々と強くなっていき、声がかすかに聞こえた。

 その声はだんだんと近づいていき、それに比例するかのように光が強まってくる。

 どこかデジャブを感じるそれにパソコンから離れたその瞬間、それは来た。


 収まった部屋には、光沢のある布をふんだんに使われたドレス。

 そしてくるくると巻かれた蜂蜜のような金髪の髪に、気の強そうなつり上がった紫の目。

 歳は17,18ぐらいのその子は、プルプルと拳を握りしめてうつむき、そして叫んだ。


「――ですからぁ! ワタクシは腹黒第2王子よりも、愚直な熱血騎士団長の息子がタイプなんですのー!!」


 のー!


 のー……!


 金切りのような声が狭い私の部屋に反響し、グワングワンと空間が振動した。


「……はぁ」


 何の話。というか誰だこの子。

 ポテチを食っている主人公くんも困惑しているみたいだし、こんな子、私書いた覚えあったかな?

 と思っていたら、さっきの反応が気に食わなかったらしく、ガバっと枕から顔を上げて私を睨んできた。


「はぁってなんですの?! ワタクシがこんなにも辛いっていうのにはぁって!」


「いや、君そもそも誰? うちの子じゃないよね?」


 私は自分の書いた小説の登場人物は全員覚えている。だからこそ、この子が自分のキャラの子じゃないと分かった。

 それに登場しこんな事言う面白い子を忘れるわけがない。一体この子はどこの子なのかな?


「ワタクシが一体誰だって? ワタクシは今流行りの悪役令嬢。貴女がワタクシを知らないのも当然ですわ。だって、ワタクシは貴女の子ではありませんから」


 つまり一体どういうことだってばよ?


「つまりだ。こいつは他作品のキャラってことだ。お前とは別の作者から生まれたやつってこと」


「ということは、敵ってことじゃん」


 何で来たの? 言っとくけどこの家にあるのは後はじゃがりこしか無いよ。

 他の作者様の子が、完全に無関係の私のところでホントなにしに……。


「ワタクシ、今の相手に不満があるんですの」


「不満? っというか相手って、まさか君恋愛ジャンルの子?」


「そうですわ! 悪役令嬢が腹黒王子に溺愛される系のものなんですけど、その腹黒王子が、ワタクシにはどうしても許せないんですの!!」


「それは何でまた」


 令嬢系に出てくるヒーローは最近じゃあ大体が腹黒じゃないのよ。

 まあ腹黒なヒーローが自分にだけ甘えた顔で素顔を晒してくれるのが好きなのはわかるぞ。かくいう私も一度書いてみよっかなって思ったし。


 しかし、彼女はどうしてそこまで嫌がるんだ?

 首を傾げて彼女に聞けば、顔を緩めてまるで乙女の顔で話し始めた。


「だってワタクシが好きなのは、後ろでネチネチとするような殿方ではなく、こうまるで太陽のようにエネルギッシュでハツラツとした裏表のないようなお方ですのもの。ああ、あの爽やかな汗を流す姿と盛り上がった三頭筋……唆られますわ〜」


「「……」」


 え、っと……つまりアレか。

 この子、相手になにかトラウマでも持ってしまっているってことかな?

 私と主人公くんは、なんとも言えない顔で見合わせたのだった。


 ****


「――まあ、事情はわかった。けれどそれを私に言ってどうするの?」


 さっきも言った通り、私はこの子の作者じゃない。

 それにそれで人気になった子なら、今更相手を変えるのは大変だ。いや本当に。

 プロットからよく外れて迷子になることで有名な私がここまで言うのだ。後いきなり相手変えたら読者が頭回すぞ!


「でも、ワタクシは自分の心に嘘は付きたくありませんわ」


「だからといって、君の我儘を私に聞かせてもねぇ。自分の作者に文句は言わなかったの?」


「作者。そもそもこんなふうにキャラと話せる作者が異常なんだよ。気軽に文句が言えたら、まずここには来ないだろ」


 それに、冷静で居られ無いだろ。こんな気味悪い存在。


 そういった主人公は、一枚のポテトチップスを私の口の中に放り込んだ。

 まあ、感覚が麻痺していたけどたしかにそうかも。

 こんな奇妙なこと、普通なら精神の異常を疑うのが普通だ。


 でも。


「別に主人公くんは気味の悪いやつじゃないぞ。私の子だしね」


 口元についた塩を舐め取り、ニヤッと笑う。

 だいたい人生は小説よりも奇なり。こんなこともあるのだろうきっと。

 作者はそんなことでいちいち頭を悩ませるほど、暇じゃないのよん。


「…………いや、暇だろ。小説書いてないし」


「シャッラプ! 今いいシーンでしょうがそういう事言うんじゃない!」


 全く! 良いところなのにちゃちゃ入れて。やはり君ではハーレムなど不可能だね!


 せっかく良いことを言ったであろう私の言葉と雰囲気を溝に捨てた主人公くんのポテチを回収し、私は口の中にそれを放り込めば、悪役令嬢様は何かを感心したようにほーっと息をついた。


「あなた達、とっても仲がよろしいのですね」


 まあね、私の子供ですしお寿司。


「誰が子供だ。と言うかアンタに聞きたいんだが、そもそも相手って言っても物語の中だけなんだろ? ならそれ以外は関わらなくたっていんじゃないのか?」


 確かに。主人公くんも物語以外では好きにしてるって言ってたし、物語ワールドではその熱血ボーイと仲良くすればいいじゃないか。


 主人公くんの意見に同意するよう頷く。しかし、そのことに悪役令嬢ちゃんはそっと俯いて事情を話した。


「ワタクシだって、最初はそうしましたわ。でも、何故かあの方は物語外でもワタクシのことを邪魔するよう、仲良くなった殿方になにかしているようですの」


「……ほー、例えば?」


「ワタクシに近づけないよう脅したり、弱みを握ったり。悪い噂や欠点を見つけてはワタクシにそれとなく言ったり……そう言うことばかりやったり言ってくるのです!!」


「……」


 ワッと泣き出す悪役令嬢ちゃん。

 確かに何ていうかネチネチしているなって思うし、そういうことばかりされれば熱血な裏表のないやつが良いってなるよね。

 でも……。


「めっちゃ君の事好きじゃん。その子」


「それな」


 ええー、君のこと好きすぎて取られたくないから周りに思いっきり牽制してるじゃんその子。


 しかしこのお嬢さんにはそんな事通じることもなく、涙をためて私を睨んではへニャリと眉を下げた。


「そんな事ありませんわ! だって人の幸せを邪魔するようなお方ですのよ?! 逆にワタクシのことが嫌いに決まってますわ!! あの方は、仕方無しにワタクシの相手を、してるっ、だけにっ、決まって……うぅぅ」


「……ええー」


 完全にスレ違いを起こしてる。どうしたものかな。


 完全に泣き出して私の枕を濡らす悪役令嬢ちゃんをどう慰めようかとあたふたする私の肩を、誰かが軽く叩いた。


「――私の大事な子をなかしたのは、君かな?」


「……へぁ」


 カチリと体が固まる。まさか、この手の主は。

 主人公も冷や汗を流して、こっちに首を振っているような気がする。

 肩に置かれた手の力は段々と強くなり、顔が強張るのをなんとか抑えながら振り向けば。


 異常に爽やかな笑みを浮かべて笑う、推定悪役令嬢ちゃんのお相手が、そこにはいたのだった。


 あっ、死――。

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