第2話「ハーレムなんて認めないんだからね!」
ハーレム、それは多数の女性を一人の男性が侍らせることを言う。
ここ近年ではそのハーレムとはまた別に「逆ハーレム」という言葉も誕生している。
複数の女性又は男性を侍らせ、愛を請われる。それはあるものからしたら魅力的な展開なのであろう。
しかしぃ!! この私、島地里奈はハーレムが嫌いなのだ!!
どれくらい嫌いかと言われればゴキブリの四番目ぐらいに嫌いなのだ!
ハーレムという存在を私は認めてはいない。しかし需要があるのはよく分かっている。でなければここまで人気なジャンルの一つにならないからね!
だから他所様がハーレム物を書くことは別に構わないし、そもそも私には関係ない。
だが! だがな!
私の作品でハーレムものを書くのだけは我慢ならない!
故に、私は宣言する!
例え書かなければ死ぬとしても。利息のせいで元金である借金が払えず、別の銀行に借りてしまい多重債務者になろうとも。
私は絶対に、ハーレムものだけは書かないとッ!!
「一体その熱量はどこから来るんだ。というよりそんな状況になるぐらいならもう書けよ」
「断ーるっ!」
ホワイトボードを出してまで雄弁に語った私に、呆れ果てた声で床に座り込んでいる主人公くんは淹れた緑茶を飲む。
一体どうやってお茶を飲んでいるのだろうか。かなり気になるところである。
「と言うより、どうして主人公君はハーレムものの主人公になりたいの?」
我が子となるものが恥ずかしい。
私の作品の主人公になるならハーレム物など憎むべきだろう!
「それ程度で憎んでいる方が恥ずかしいだろ。作者こそ何でハーレムをそんなに憎む?昔になにかあったとか?」
「…………」
目の前で多分首を傾げているであろう主人公くん。しかし顔がないせいでわからない。
……私が、ハレームを憎む理由、か。
「話せば長くなるけど、そうアレは一年前のこと」
一年前、私がまだ小説家としてデビューしたばかりのことだった。
最初に書いた小説は、純愛系のほのぼのとした小説。
拙い文章で一生懸命に書く小説は私から見ても面白くなく、読者からの反応も薄い。
しかしそれでもなんとか頑張って書いていたその小説が評価されていき、私の自信が芽生えた頃、私は見てしまった。
私と同時期で連載し始めたハーレム物の小説が、私の小説の十倍以上伸びているというその結果を……っ。
「それ以来、私はハーレムが憎くて仕方がなかった。どうして唯一人を愛する物語よりも、鼻の下伸ばしてただデレデレしているだけの小説が伸びるんだ……っ! ぐやじぃ”……!」
「それ単純に作者のが面白くなかっただけだろ。ハーレムのせいにすんな」
「ゴヘッ!!」
私の胸に10000ダメージ。クリティカルヒット。
こ、こともなにげに私の胸の傷をえぐって! この鬼畜!
確かに、私の小説は自分のが見てもあまり面白くないし文章は下手だし、人の感情を書くのも難しいし……ぐすんっ。
それでも、それでも一生懸命書いているっていうのに!!
この馬鹿! 鬼畜! 悪魔の中の悪魔! このむっつりスケベ!!
そうだよぉ……私が下手なせいなんだ……こんな私の作品なんて誰も見やしないんだよぉ……。小説書くのやめよっかな。
「そこまで言ってねーよ! 作者だって一生懸命頑張っているじゃねーか! 元気出せよ! と言うか作者が小説書かないと俺の存在消えるんだが?!」
べそべその泣き崩れた私の横で一生懸命に慰めてくる主人公君。
そうだよね、私が小説書かないと君は存在できなくなるもんね。所詮、私はただ薄汚い雑巾のようにこき使われて、最後には捨てられるんだよぉーー!!
「あ”ーー! なんだコイツめんっどクセェ!!」
「そうさ、私はめんどくさいんだ……もう、小説家引退かな」
さようなら作家人生。こんにちは未意味で無色な仕事だけに人生を捧げる人生。
ジメジメとしてくる気分。それは梅雨の湿気にも似たジメジメのよう。
そう、私はカタツムリ。窓の外と私の人生はお先まで灰色。ハハハハハ。
「なら窓の外で頭でも冷やしてこい!! このメンタルカタツムリ女!!」
「へ、どこからこんな力が……って、ウギャアアアアアア!!!」
主人公くんに他界他界でもされたかと思えば、窓に思いっきり投げつけられる。
スローモーションのようにゆっくりと浮遊するような感覚を受けた私は、次の瞬間顔面を窓にぶつけて床に転がったのだった。
****
「鼻が、鼻が潰れたよぅ……」
真っ赤になった顔面と、潰れかけた鼻を優しく触る。鼻血が出なかったのは奇跡だ。
「潰れるほど高くないだろ」
あるもん! まだ普通に日本人の中では高いほうだもん!
畜生、鼻がないくせに上から目線なっ。貴様のビジュアルを豚にしてやる!!
せいぜい可能性が低いどころかハーレムなど不可能な容姿となって嫌われるが良い。べハハハ!
「お前、赤い飛行機にのった豚を知らないのか?」
…………。
やっぱ豚はなしで。ハダカネズミでいいかな。
あの気味の悪いハダカネズミ。サイズは人間台で。
そう思ってパソコンに手を付けようとした私を締め上げようとしてくるやつが一人。
しかし私はそんな悪には屈しない。絶対にハダカネズミにしてやる。
「悪はお前のほうだろ! おいこらまじでパソコンに打とうとするな! やめろ!」
「作者は激怒した。必ず、かの邪知傍若な主人公の容姿をハダカネズミにしてやろうと。そう誓った」
「指をキーボドにはしらせるなこら! ……分かった! 俺が悪かったから俺の話も聞いてくれ!」
ピタリとキーボードから手を離し、透明な主人公くんに視線を向ける。
俺の話とな。そういや、主人公くんが何でハーレム物の主人公になりたいんだ?その話は聞いてなかった。
「なんでハーレムの主人公に? というより何でハーレムを知っているの?」
「うんまぁ、色々掻い摘んで説明するとだな。俺、というより俺達はこの世界とはまた別の世界でキャラとして生きるものと、俺のようにキャラとして成り立っていないものと分かれるんだ。その世界ではそんなキャラたちとくだらない話をしたりして、自分の物語ができるまで休んでいるって感じだ」
「ほー……」
掻い摘んでないやん。難しいよ話が。
つまりぃ? 様々な小説アンド物語のキャラたちがいる世界では、主人公くんみたいなやつも居ればそうでないやつもいて、私達が小説やら漫画やら書いたりするまではその世界でやすんでいる。って言うことでいいのか。
え、その話がホントならもしかして私の推しであるキャラも居るということでは……。
「いるぞ」
「マジすかその世界。最高すぎてハゲそう」
今すぐ行きたい。行って握手して欲しい。ついでに言うなら私の名前を言ってもらって頑張れって言って欲しい。それだけでもう悟りを開けれる!
「行きたい! その世界に行きたいどうやって行くんですか!!」
鼻息荒く近づけば主人公くんがなにか困ったような顔をして私の体を押し返す。
「待て待て、作者は俺の世界には行けねーよ!」
「なんで! 主人公君は私の世界にいるじゃん! 行けない道理はないはず!」
「作者は俺達からすると神みたいな存在だ。作者は今まで生きてきた中で神を見たことあるのか?」
そんなんあるわけ無いよ。なに言っちゃってんのこの子。
「神っていうのは同じように人間が作ったものだ。けど信仰っていう形で膨れ上がった神の存在は大きく、一人でもこの世界に神が降り立てばその世界には大き影響をもたらす。今だって神が現世に来たってだけで影響が凄い宗教があるだろ? それと同じで、俺達の世界にもし作者が入ってしまえば、その世界に何の影響をもたらすか分かったもんじゃないし、それに時空の穴は俺なら通れるが作者では通れないんだよ。存在が大きすぎて」
「うん、何言っているかわからないけど、取り敢えず私は主人公くんの世界にはいけないってことね」
せっかく推しをまじのリアルで見れたっていうのに。
やはり次元の壁は厚い。
「はぁ、ただの説明だけでここまで疲れるなんて……。でだ、本題に戻るがその世界でさっきも言った通り、既にキャラとして存在している奴らがいる。その中で、ハーレム物の主人公も当然いるわけで……」
「あ、そういうことか。つまり、主人公くんがハーレム物を望んだのは単純に羨ましかったからか」
男のロマンだしねー。主人公君が男かはしらないけど。
しっかしそれだけでハーレム物の主人公になりたいって言いに来たの?
呆れそうになりながらもため息を頑張って飲み込んだ私の肩に、主人公くんの手が乗っかる。
え、何? こわいっ――だだだっ?! え、なに力強いよ!!
あまりの力の強さに顔を歪めて睨めば、それよりも強い眼光(目はないけど)で睨み返してきた主人公君に私の方が竦む。
ボソボソとつぶやかれた声は段々と大きくなり、そして怒号が私の耳を襲った。
「お前に、作者には俺の気持ちなどわかるもんか! 毎度毎度ハーレム物の主人公になったってだけで自慢してくる奴らばっか! これみよがしに見せつけられた俺の気持ちなんて、作者にはわかりっこない!!」
そう言ってその時の状況を事細かく説明する主人公くん。
出番がないと女性キャラクターとイチャイチャって……。
「ええー……君たちそんなことしてるの?
暇なの?」
「しょうがねーだろ! こっちには作者のように仕事なんて無いし!」
それは少し、いやかなり羨ましいな。
けどそっか、キャラたちにとっては物語の出番こそが最大の労働か。
フム、それっでは確かにそうされるとハーレム物の主人公になってみたいって言う考えも理解できなくはない。
けど。
「あのね、たとえそうなったとしても君はきっと後悔すると思うよ」
「は? どういうことだよ」
「いやね? それ程度の思いで女を複数……しかも物語以外でも関わってくるとなるとその子達の不満を均等に無くして、それでいて我儘で聞いてお願いを叶える。なんて君にできるの? 私なら絶対に無理。ただでさえ一人でも面倒なのに、それが複数なんて。一人でも敵に回せば後は芋づる式で嫌われるし、休める時間なんて無いよ」
「それは」
「主人公君」
私の言葉で少し揺れたような気がするが、まだなにかある主人公くんの前に手を出しストップをかける。
主人公くんの意見を採用しても良い。しかしこれだけは言わせてほしい。
「――一人の女性も大事にできないような子が、他の女も平等に大事になんかできないよ。ましてや、ただ羨ましいってだけでその女の子達のキャラ生を狂わすなんて、私はしたくないし君も嫌でしょ?」
君も、そして他のキャラたちも。
私が書いた作品の中で出てきた子たちは全員は私の子供達になる。
そんな子達が哀しみ、苦しむさまを見たいなんて親、少なくとも私は違う。
そんなのは、見たくもない。
だから私は、ハーレムを認めない。
「作者……」
何かを思うよう俯いたような主人公君は、そっと小さな声で「少し考える」と言って……私の前から姿を消した。
先まで感じていた存在は消え、そこには誰もいない。……跡形もなく。
……さっきのは夢、なの?
白昼夢のようなさっきまでの出来事、極度の疲労による幻だったのか。
しかしパソコンの最初の行に打たれた「h」の文字が、さっきまでの出来事を夢ではないと証明しているかのように、そこに映し出されていた。
****
あれから特になにかがあるわけでも無く、私は今日も新しい小説に何もかけていない。
そうしてギコギコと背もたれに持たれている今、私は先日起きた出来事に頭がいっぱいになっていた。
アレは本当に夢だったのかな。
しかし小説のワークページにはまだ何も打ってないはずの最初の行にアルファベットがある。なら夢じゃないのか?
「いやー、わからないなぁ。しかし夢だとしたら、少しもったいなかった」
どうせなら、人気キャラたちの隠しネタでも情報でも持ってきてもらえばよかった。
それにせっかく我が可愛いキャラたちにも会えたっていうのに、もう少しお話しとけば……――
「なら、俺の物語のためにも一緒に考えていこーや、作者様」
「…………は、主人公……君?」
確かに聞こえた。いま背に感じるこの存在感。
椅子が勝手に後ろの方に回り、顔を合わせられたような気がする。
目の前には誰もいないが、先日感じたこの気配に私は目を見開いた。
「き、君、帰ったんじゃ!」
「おう一度頭を冷やすためにな。俺にはどんな物語がふさわしいとか、ハーレムの苦労とか色々考えてきたんだ」
そう言ってニカリと笑ったような主人公くんに、思わず頬がニヤける。
そっか、この子も色々考えていたんだね。ならここからは一緒に物語でも考えて――
「それでだ。やっぱり俺はハーレムが良いと思うんだ」
「……ん?」
今なんて? ハーレム物がいいと?
「という訳で作者! これから俺にはどんな子達が良いのか一緒に考えていこう! 俺の世界は俺が決める! これからよろしくな!」
楽しげな声ではしゃいだ主人公君。その様子は何も分かっていないようで。
私の手をブンブンと振りながらよろしく連呼する主人公くんに、私は叫んだ。
「ハーレムは、絶対に認めない! 却下する!!!」
なんにも分かってねーじゃねーか!
これが私、超天才の小説家である島地里奈と、まだ何も決まっていないハーレム推しの主人公君との新しい日常の始まりである。
どうしてこうなったっ……!
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