トマトは、あのヒトに収穫されたい!

ちろ

トマトは、あのヒトに収穫されたい!

「おい、トマト。今日こそは教えてもらうぞ」

「なんだよ、ナス。やぶから棒に」

とぼけるなよぉ。収穫の話に決まっているだろ?」

「……またその話題か。何度聞かれても、僕は答えないぞ」

「隠さなくたっていいじゃんかぁ。アキナちゃんにナツミ姉さんに、ハルエさん――お前は、誰が好きなんだ?」

「好きとか……俺は別に、そういうの無いし……」


 ビニールハウスの一角で、僕たち野菜は今日も雑談を交わす。降り注ぐ日光を浴びながら、とりとめのない話をする。

 僕の話し相手は、隣の口うるさいナスだ。悪いナスではないけれど、相手のことなんてお構いなしに喋りかけてくる。

 ハッキリ言って、やかましい……しかし、毎日話すうちに、ナスに絡まれることにも随分と慣れてしまった。


 ここは、式野しきの農園。身近な野菜から珍しい植物まで、幅広く栽培している農園だ。

 家族経営の農園のため、従業員は四人だけ。

 旦那さんが経営全般を行い、奥さんとその娘さんふたりが通常業務を担当している。


 農園自体は、決して有名じゃない。

 むしろ、女性陣三人の美貌びぼうのほうが知れ渡っている。

 整った顔立ちに、抜群のプロポーション。

 モデルさんと比べても、見劣りしない。


 だから、ハッキリ言って、ここに生まれた野菜たちは恵まれている。

 あんなに美しい女性三人にお世話してもらえるなんて、野菜冥利みょうりに尽きるというものだ。 

 その上、誰かひとりを選ぼうだなんて……贅沢ぜいたくな悩みじゃないか。


「というか、収穫なんて僕たちにはまだまだ先だろう? 僕もお前も、全然熟していない青二才じゃないか」

「チッチッチ……甘いぞ、トマト。フルーツトマトよりも甘い。そんなんじゃ、収穫本番になって後悔することになるぜ」

「なんだよ。そんなに収穫が楽しみなのか? 心配しなくても、いずれその時はやってくる。大人しく待ってろよ」

「待っているだけじゃ、退屈だろう? ほら、考えるのは自由じゃないか。俺たち野菜にだって、妄想する権利くらいはあるはずさ」

「妄想したって、仕方ないじゃないか。その望みが叶うかどうかは、ニンゲンしだいなんだぞ?」

「カタいこと言うなよぉ、トマトくぅん。そんなんじゃ、立派な完熟トマトになれないぜぇ?」

「な……か、関係ないだろ。妄想と成長に、関連性なんて無いはずだ」


 ナスの奴、何が何でも妄想の話題に持っていくつもりだな。

 そうはいかないぞ。


「いいや、あるとも。大アリさぁ、トマトくん。俺たち野菜が成長するのに必須なモノは何か、覚えているか?」

「もちろん。日光と空気と適した温度。それに、水分と養分だろう?」

「加えて、顔が真っ赤に火照っちまうような、ドキドキの妄想だ」

「ど、ドキドキの妄想!?」

「そうだ。妄想をすることによって水分の循環が促進し、なんやかんやあって、俺たちはすくすく成長するんだ」

「嘘だ! 妄想で成長するのは、ニンゲンの男子中学生だけだ!」

「うむ。つまり、俺たち野菜は、ほとんど男子中学生みたいなものだ」

「そんなわけあるか! 野菜は野菜! 男子中学生は男子中学生だ!」

「……まぁ、嘘だけどね」


 コイツぅ……! ちょっと自分の成長スピードが速いからって、適当なこと言いやがって!


 そりゃ、まぁ、僕だって妄想することくらいはあるけどさぁ……。


 こんな風に収穫してほしいなー、とか。

 こんな料理になりたいなー、とか。


 でも……それは口に出すのは、なんかちょっと……違うじゃん。

 照れるじゃん、やっぱり。

 恥ずかしッ。


「でもなぁ、トマト。この農園で育つ野菜なら誰しも、『あの子に収穫されたい!』って想いの一つや二つ、持って当然だと思うぜぇ?」

「し、知らないよ。誰に収穫されたって、同じだろう?」

「そのセリフ、収穫目前の時期になっても、同じことが言えるのか?」

「う、うぅッ。それは……」

「収穫は、一度きりの体験なんだ。初体験が、最初で最後。なら、それを思いっきり楽しむのが、健全な野菜ってもんだろ」

「……そっか。収穫は一度きり、か」

「そう。つまり、不健全な妄想は、健全な野菜を育てるかてとなるのさ」

「嫌な結論を導き出すなよ……」


 だが、ナスの言うことはもっともだ。

 一度しか味わえない収穫を、どうしたいか――それ考えるのは、野菜として当然のことかもしれない。


 どんな手で包まれたいか。

 どういう風にもぎ取ってほしいか……。


「じゃあナスには、その……あるのかよ」

「ん?」

「す、好きとか、その……誰にどんな風に収穫してほしいとか、希望はあるのかよ」

「あぁ、あるとも!俺は断然、アキナちゃんが好きだな!」

「お、おぉ……!」

「あの子、クールなのに不器用で、仕事もちょっと遅いんだよな。でも、俺たち野菜をでる手は誰よりも優しい! 収穫するときの手つきも、きっと誰よりも丁寧なのさ!」


 冷たさと温かさ。その両方を含んだ、手。

 たしかに、それがアキナちゃんの魅力だよな。


「だが、ナツミ姉さんも人気だよな。妹のアキナちゃんをフォローしながら元気良く仕事をする姿は、まさに姉御あねごッ! その活発さは、収穫作業にも現れるだろう!」


 ナツミ姉さんの、活気に満ちた仕事っぷり。

 ちょっと粗雑そざつな面もあるけれど、精魂込めて思いっきり収穫されるのも……イイな。


「だが、ハルエさんも負けちゃいない! すべての野菜を温かく包み込む器の大きさに加えて、大人の女性らしい芯の強さがある! あの手を知ってしまうと、姉妹ふたりの手が子供っぽく見えてしまうとの噂だ!」


 むぅ……ハルエさんの完成された手、か。

 知識と愛情に満ちたあの手で収穫されるのは、野菜にとっての完璧な理想とも言えるだろう。


「……あれ? 結局お前、誰が本命なんだ? アキナちゃん……で、いいのか?」

「いや――実は、まだ迷っているッ! めちゃくちゃ悩んでいるッ!」

「なんだよ。決まってないじゃん……」

「決めているとも! アキナちゃんに……いや、しかし、あぁ――」


 いろいろ語っていたけれど、コイツも青二才ってことなのかな。色恋沙汰を語るには、野菜としてもっと大きく成長する必要があるのだろう。

 青いナスに、青いトマト。

 完熟には、まだまだ妄想が足りないのかもしれない。


「で? どうなんだよ?」

「え?」

「おいおい、まさか話を終わらせる気じゃないだろうな? 誤魔化すつもりなら、そうはいかないぞ。結局、お前は誰が好きなのか、聞いていないぞ」

「いや、僕はさぁ……」

「別に、『この人だ!』って確固たる意志を持つ必要は無いさ。それでも、気になっているヒトくらいはいるだろう?」

「……誰にも言わない?」

「誰にも言わん」

「絶対に?」

「絶対に」

「ホントにぃ?」

「くどいぞ。口の固さで、俺の右に出るナスはいないさ」


 ……まぁ、いいか。

 なんだかんだ、ナスとの会話は楽しいからな。

 日頃のお礼として、教えてやろう。


「俺が好きなのは――トウジさんだよ」

「……は?」

「トウジさん」

「ト、トウジさんって……旦那さん、だよな?」

「うん」

「結構ゴツいおっさん、だよな?」

「……あのゴツさがイイんだよ」

「性格とか服装とか、ひげとか……ものすごくワイルドだぞ?」

「……そのワイルドさがイイんだよ」


 トウジさんは、頻繁にビニールハウスにやってくるわけじゃない。

 でも、あの大きな手は、僕を一瞬で釘付けにした。

 泥臭くて野性味のある、大人の男の両手。綺麗とも美しいとも言えないけれど、三姉妹には無い力強さがある。それでいて、僕たち野菜を我が子のように大切に扱ってくれる。

 誰よりも優しく、誰よりも強い。

 そんな手で――僕は、収穫されたい。


「そうかぁ……トウジさんかぁ」

「うん」

「それも、たしかにイイかもな」

「……うん」

「野菜だって、十人十色だ。自信持てよ!」

「うん!」


 こうして、農園の一日は過ぎていく。

 今日は、ビニールハウスを一際ひときわ暖かい風が吹き抜けた。

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