3日目⑤

「戻った!戻りました!各自報告を!」


 ブランシュが人間と抱き締めあっている純白の花嫁を視認、もう打つ必要はないと急いで世界中の天界にしらせなければならない。


 しかし、まともに動けるのは一足遅く天界についたブランシュのみで、恋の矢型ではない天使たちは伝達に走り回っている。


「ああ、い、急がないと……」


 動けるとはいってもブランシュも疲労困憊だ。飛び立とうとするとよろけてしまう。


「ま、いいんじゃない?大規模なベビーブームってことで」


「そうですかね」


 ブランシュはへたりと座り込む。

 正直ずっと気を張ってたせいで、少し面倒に感じていたのだ。


「いや、よくはないだろう」


 突然、低めの女性の声が聞こえた。

 ブランシュは咄嗟に矢を手に持ち臨戦態勢に入る


「恐れず武器を構える姿勢には感心するが、戦うつもりはない、安心しろ」


 身体のラインが強調された黒いドレスと黒い短髪、高身長が目立つ美しい女性が立っていた。

茨のように尖った黒いティアラという特徴的な装飾品、ブランシュには心当たりがあった。


「恐れの大悪魔ドロデア……」 


「そんなに恐れるな、あの少年のように堂々としておけ」


 少年、進さんのこと……だよね。


 ブランシュは混乱しているなか、状況整理のため頭をフル回転させる。


「カーティスから応援要請を受けてやってきてみれば、いやはやいいものが見られた」


「……なにしに来たんですか」


「少年の勇気やらなんやらに敬意を表し、我々悪魔も協力しよう、ということで、様々な悪魔が世界中の天界に、終わった、と報告している。天使諸君はゆっくり休むといい」


「あ……ありがとうございます」


 ブランシュは唐突な出来事に困惑しているが、とりあえずお礼を言っておく。


「今まで生きてきて、あんなものは見たことがなかった。その駄賃だ」


 世界を滅ぼす大悪魔と、それを食い止める少年を、劇感覚で見ていたのかと呆れるブランシュ。


そんなブランシュをよそに、地上で抱き合う2人の役者を見て笑ったあと、ドロデアは天界を去った。






「お主の野望がなんだったのかは知らんが、潰えたな」


 仕事を終えたカーティスは、誇らしげに事件の黒幕に話しかける。


「どうかな、どうせあの人間が死ねばまた自己嫌悪にとらわれて、また戻るだろう」


 むしろ好きになった分憎悪が加速するに違いない、まだ私の計画は終わっていない。


 エドアールは諦めなかった。


 悪意の大悪魔は、自らに流れ込んでくる人間の醜い悪意が耐え難かった。

欲望の大悪魔として、最強の悪魔として存在した自身が、こんなにも醜い存在になったことが耐えきれなかった。

 ただ1人の愛する人も無くし、無限とも言える年月を行き続けるのが、なにより辛かった。 

 だから醜い人間を滅ぼし、天使も悪魔も、自分もいない世界にしたかった。


「ならお主、なぜ神垣進が死んでから計画を始めなかった?」


 エドアールは、腹いせに呪った相手が何故か生きていて、愛する人の分身のような存在である死の天使の心を射抜いたのが、気に食わなかった。

利用されて、愛しい人を奪われて、無力感に苛まれながら死んでほしかった。


 その結果がこれだ。論理性の欠片もない。

 エドアールは改めて人間の悪意の醜さを理解した。


「……気が急っただけだ」


 2体の大悪魔は、もう動こうとしない。

 昔からの友人のように向かい合って座るだけだ。






 俺とリアは、火の海となった町から退避すべく、災害の範囲外に身を寄せていた。

 翼が4枚になったリアの飛行能力はかなり上がっており、安定性が抜群だ。


「今のリアが俺に矢を打ったら、死ぬまでの時間が伸びるとかないの?」


「たぶん伸ばすことはできるけど、呪いが発動するときに辺りが吹き飛ぶ可能性があるからよくない、かな」


 やっっっば。そういえばリア優位になっただけで、まだ愛憎であることには変わりないんだ。

 ローラのことは黙っておこう。


 リア曰く愛憎になってすぐのことは、まるで記憶がないとのこと。

 俺の勝手な想像だが、天使たちがたくさん矢を打ってくれたからリアに多少意識が戻って、俺の声が聞こえたんじゃないかと思う。


 辺りが燃えていたせいで分からなかったが、今はまだまだ深夜、本来は真っ暗だ。


「…………おじいちゃん、おばあちゃん」


 忘れたくても忘れられない。

 たとえエドアールに操られていたとしてもこの光景を作り出すサルヴァドールは、許せないと思ってしまう。


「それに関しては仕方ないと言うしかない。サルヴァドールは、そこの子やエドアールと違って、そうあるのが正しい」


 重厚な声が聞こえる。

 突然頭に響いた声、ふとリアを見ると、なんだか動揺しているみたいなので、聞こえてると思う。


「……驚かないのだな、カーティスやエドアールの時のように」


「ごめん、頭の中に声が響くのは慣れてるんだ」


「まあ、慣れもするか。あんなに話してたものな」


 俺とリアの目の前が眩く輝き、人型を形成する。天使が弓矢を手にする時の光景によく似ている。


「私はこの世界の創造主、神様だ」


 口ぶりからなんとなく察していたが、本当に神様とは、俺は静かに拳を握る。


「私は君たちに感謝と謝罪をしに来たんだ。とりあえずあの2人が来るのを待とう」


 感謝と謝罪?あの2人?

 まだ分からないことが多いと判断し、俺は一旦ぶっ飛ばすのは先送りにする。


 待ち始めてすぐに、カーティスとエドアールが現れた。


「カーティス!いないと思ってたんだが、もしかしてお前がエドアールを?」


 俺の言葉を聞くやいなや、怒りの権化のようなカーティスの顔に笑顔が浮かぶ。


「儂の罪滅ぼしだ。そんなことより、よく頑張ったな」


 わしわしと俺の頭を撫でるカーティスに父親の面影を感じてしまって、涙が出そうになる。

リアの頭もカーティスにかき回されていた。

経験が少ないのかどこか嬉しそうだ。



「さてエドアール、覚悟はできてるかな?」


「……」


 人の形をした光の塊がエドアールに話しかけている。

神の裁きの時間だ。


「君は明らかにやり過ぎたんだ。私は世界を滅ぼせなんて言っていない」


「……」


 エドアール口を閉ざして、話そうとしない。


「欲望の大悪魔が残っているとは思わなかった。君は危険だ。だから分解する」


「え?分解ってそれは……やりすぎなんじゃ」


 なんで怨敵を庇ってまでそんなことを言ったのか分からない。自分の姿をしているからか、なんなのか、分からない。


「いい……それでいい」


 エドアールは、どこか満足そうな面持ちで了承した。

結局俺はエドアールがなんなのか全く知らなかった。リアと同等の年月を生きているエドアールには、リアと同等の闇があったのかもしれない。


 同情の余地もない悪人、大切な人を次々と奪った相手を庇った理由は、リアとの出会いによるものだった。


 エドアールは1滴の涙を流しながら、消失した。


「……エドアールという存在は、完全に私の不手際によるものだ。そしてそこの、リアちゃん。君には私の未熟さ、愚かさの末にこの世界の重荷を背負わせてしまった。本当にすまなかった」


 神はリアと俺に向かって頭を下げた。

 俺は、どうすべきか分からず、謝罪する神を見たまま立ちすくんでいた。


「愛憎の大悪魔は、本来存在してはいけないバグだ。すぐに戻そう。それと愛憎の大悪魔による被害も全てなかったことにする」


 神がそう言うと、リアがいつもの格好に戻り、サルヴァドールが姿を現す。

サルヴァドールはリアを見て、見た目からは創造もできない速さで逃げていった。

 そして唯一の愛憎の大悪魔の被害者……つまりローラが生き返ったということだろう。天界は今ごろ大はしゃぎだろうな。


しかし。


「そんなことができるなら、最初からそうすればよかったじゃないか!何故今になってでてくる!」


 どれくらい見ていたのか知らないが、最初から神が動いていれば、こんな大事にならなかったのは明白だ。


「エドアールが勝ったらそのまま放置するつもりだった。それは、エドアールが私が作った世界に勝ったということだからだ。だが君たちが勝った。勝ったのに、愛憎の大悪魔はそのまま、エドアールも死なない、最も活躍した人間も呪い死ぬ、それではあんまりだとは思わないか?」


「そんなこと言われても、住人側にとってはたまったものじゃない。神ならちゃんと世界を管理しろよ!」


「正直に言うと、この世界は試作段階の、失敗作だったんだ。悪魔や天使を使って、使命を与えて回していくつもりが、いまいち上手くいかず不安定な世界になってしまった。今回は問題が起こってるみたいだったから見てみた」


 ふざけるなよ。そう言いたい気持ちはあったが、どこか納得している自分もいた。

 人間を糧とする悪魔の、人を減らす使命という矛盾、エドアールやリアという存在、天使と悪魔のアンバランスな力関係、失敗作という表現が正しい欠陥だらけの世界だ。


「それでも君たちからすれば知ったことではないのは間違いない、でも私も本命の世界を見なければならない。だからせめてもの詫びとして、いくつか願いを聞こう。君のだ神垣進」


 俺はリアを見る。リアの呪いを無くしてあげて欲しい。

 両親を生き返らせたい。

 この町をサルヴァドールの災害前に戻して欲しい。


 いくつもの願いが頭を駆け巡る。

 俺単独で決めていいことなのか?


「一応言っておくが、この火の海を戻せというのはおすすめしない」


「……な、なんで?」


「サルヴァドールの呪いの標的は、エドアールが操らずともこの町だったのだ。あと3日後、君が君の祖父母を助けたいという気持ちにかられない訳がない。この世に予知能力者はいてはいけない、助けることは許されない」


「3日後……この町にサルヴァドールがやってきて、これと同じ光景にする」


「それでもあと3日生きさせたいなら願うといい」


「……俺は3日後に死ぬと言われて、忘れられない日々を過ごした。俺は街を戻して欲しい」


「例え助けられなかったとしても?逃がすことは許さないぞ」


「おじいちゃんとおばあちゃんを逃がしてはいけないんだろ?分かってるって」


 つまり呪いを発動する前にサルヴァドールをぶっ飛ばせばいいってことだよな!

 カーティスに頼んでおこう。






「リアの呪いを無くして欲しい」


 リアは、俺の顔を見たあと、神を見た。

 期待に満ちた視線だ。


 ずっと自分を苦しめてきた呪いがなくなるかもしれないという期待。


「無理だ。人間の愛に呪いがあるのは変わらない。他の誰かに渡すことはできるが、無くすことはできない」


 リアは顔を落とす。

 分かっていたことだと、苦笑を浮かべて。


 そんな顔をさせて、終わらせる俺ではない。


 おそらく神の言い分はこうだ。


「天使に愛の呪いも持たせてしまうと、呪いが勝って人間が増えない」


「その通り」


「だがそれは何万年も前の話だ。今や天使は世界中に存在する。その天使全てに呪いを分配すれば、小悪魔程度の呪いになるんじゃないか?」


「……」


「ついでに言うと、それで多少は天使も戦えるようになる。増えすぎた小悪魔退治とかにも使えるようになる」


「しかし恋の矢でも、少なからず呪いを受けることになる」


「恋ってのは、多少ハプニングがあるくらいが丁度いいんだよ」


 リアやカーティス、神すらもその言葉にクスリと笑う。

こんなにも説得力に溢れた言葉もあるまい。


「いいだろう、素晴らしい提案、承った」


 リアは実感がわかないのか、まだよく分かってないのか、笑顔のまま動かない。


 あとで信じられないくらい大泣きするのは、また別の話だ。


「ああ、それからもうひとつ」


 俺は神にもうひとつ提案する。

 忘れない、忘れてはいけない、今回の問題解決のMVPだ。









 呪いを受けて4日後、俺は悠々と地上を歩いている。

 昨日のあの時、神はてっきり俺の呪いを消せと願うとばかり思っていたようで、リアちゃんの呪いが薄まったから君の呪いも消えたよ、と言って消してくれた。


 冗談ではなく、本気で忘れていた俺を見て、神はリアに、大変だなと言っていた。

 とはいえ呪いを完全に厚意で呪いを消してもらったことには頭が上がらない。

そのお陰で俺は今、リアと動物園に来ている。



 戻ったとき天界の天使たちは、先日とはうって変わって俺とリアを大歓迎してくれた。


 死ぬところを見ていなかったため、実感はわいていなかったが、実際元気そうなローラを見ると嬉しかった。


 一番心配していた、リアの呪いの分配については、少なくともこの町の天使たちは文句一つ言わず、むしろたくましくなっていた。

今回エドアールが分解された分、小悪魔がより一層増えると予想され、駆除が必要とのこと。天使たちは今まで何もできなかったため、やる気まんまんだ。


 リアは一通りの経緯を聞くと、ローラや天使たちに平謝りしていたが、ローラたちも、今まで何もできなくてごめんなさい、と謝りあっていた。


 もう会えないかもと思っていたブランシュと、再度握手を交わせたことが嬉しかった。

ここの天界でブランシュは、英雄を送り届けた英雄として称えられていた。

 謙遜しながらも嬉しそうに照れるブランシュは、なんだか可愛らしかった。


 ローラはというと、一連の出来事に関する感謝を俺には述べつつ、もう死にたくないわね、とまた一つ精神年齢が上がった口ぶりだった。




 あの時、一部始終を黙って見ていたカーティスは、悪魔社会にも変革が必要だと判断し、これからどうするかを話し合うため大悪魔たちを招集すると言っていた。

 なにやら神に試作段階と言われたのが腹立たしかったらしく、本命の世界よりもうんと良い世界にしてやろうではないか!と意気込んでいた。

カーティスらしい前向きな怒りだ。あの悪魔には、学ぶべき点が多い。


 これからは、天使と悪魔共同で世界をよりよくしていきたい、カーティスはリアの頭をわしわしと撫でながらそう言って去って行った。




 それにしても、よかったのか?アマリア。


『なにがですか?』


 俺のもうひとつの願い、アマリアを生き返らせたいという願いは、聞き届けられた。

アマリアは無事生き返り、事情聴取の結果、黙っていた俺と、勝手に無茶をしたアマリアはローラに叱られるはめになったが、充分以上の働きをしたということで許してもらった。


 1人の力でリアと俺の仲を紡いだということで、ローラにアリアと名乗っていいと言われた。

しかしアマリアはそれを断った。

あんなにアマチュアを卒業したいと言っていたのに。


『あの3日アマリアはほとんど何もしてません。エドアールに殺された時だって、アマリアがぶっ飛ばしてたらそこで終わってたんです』


 そんな無茶な。アマリアはほんとに頑張ったって。


『ありがとうございます。でもアマリアはこの名前が気に入ってしまったのです。大丈夫ですよ』


 そうか、ならいいんだが。



「進くん!すごいよ!パンダ!」


 呪いの力が薄まったリアは、それまでより随分明るい性格になった。

 肩の荷が軽くなったからなのか、それとも呪いの影響かは分からないが、今まで我慢していた分、幸せになってくれると嬉しい。


「今行くよ!」


『それじゃあアマリアは仕事に戻りますので、楽しんでください』


 いや、困ったら呼ぶから助けてくれ。


『ガチトーンじゃないですか、そこは頑張ってくださいよ』


 ははは、冗談だ。

 じゃあ、またあとでな。


『……はい!またあとで!』



「リア、パンダ好きなんだな」


 リアは綺麗な白色になった翼をパタパタはためかせる。


「うん、のんびりしてて可愛い」


「じゃあ帰ったら一緒にぬいぐるみ作ろうか」


 自分で言っといてなんだが、真っ白の粘土でパンダ作るのむずくないか。

 神様に天界でも使える着色料を寄越せって言えばよかった。


「ほんと!……嬉しい」


 まあリアが嬉しそうだしいいか。




 死の呪いをかけられて、今までの人生はなんだったんだってくらいの怒濤の3日間を過ごして、なんやかんやで俺は世界を救って生きている。

 やはり前向きに生きればなんとかなるもんだ。


 当然リアは今までの20万年を忘れた訳ではない。俺も頑張ってタイムマシンを作る予定だ。

 でも少しくらい楽しんだっていいだろう。


「よし、次どこ見に行こうか」


「どこでもいいよ!きっとどこでも楽しい」


 俺たちは何も見逃すまいとしっかりと前向いて、歩き出した。

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死の天使に恋をした 文虫 @sannashi

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