3日目④
「俺は、リアのことが大好きだ」
その時まで何を言ったらいいのか分からなかった俺は、リアに告白した。
なぜなら本当にリアのことが好きだからだ。
リアが一体何と言って欲しいのか、どんな救いを求めているのか、20万年間呪い続けた苦しみは、人間にはまるで理解できない。
そもそも人間には、神から与えられた使命というものがピンとこない。
もう打たなきゃいいとか、リアにそんな呪いを与えた神様が悪いとか、いい加減なことを言うことはできない。
リアの呪いを知ってから、何と言えばいいのか考え続けてもう3日目。
「気にしなくていいと思うよ」
「仕方ないって」
「20万年も我慢したんだからもういいじゃん」
誰でも思い付くような、下らない慰め文句ばかり思い浮かんだ。
大切な人を奪われる悲しみを知り、怒りを叫んだ。そんな俺がリアになんと言ったら説得力がある?
仕方ないよと言って、気にしないでと慰めても、リアの心には響かない。
「俺にはリアの気持ちが分からない」
たがら俺は、正直に言うことにした。
分からない、分かりようがない、俺はリアの立場になって考えてみたりもした。
それで分かったことは、死にたい、だ。
何も言われたくない、慰めなんて必要ない。
死にたいのに死ねない自分が憎い。
俺は何故そう考えるのかを考えた。
「リアは、ネガティブというか、後ろ向きに考えすぎなんだと思う」
なら、どうしろというの。
そんな声が聞こえてくるようだ。まさにその通り。これなら慰めの方がまだましに思える。
それは、人を呪い殺すことに前向きになれと言ってるように聞こえるからだ。
リアは自分が憎くて憎くて仕方ない。
俺はそれが間違ってるとは思わなかった。
押し付けられた運命でなお、人の命を奪って罪悪感を感じる優しい心は、リアのいいところだし、そのままでいて欲しい
でもリアは、そこで終わってしまっている。
自分が悪い、死にたい、それで終わってしまっている。
「俺がこの3日で学んだことは、前向きに生きることの大切さだ。家族を奪われて、あと3日で死ぬと言われても俺は、前向きに生きた。だからここに立ってる」
リアは暗い未来しか見ていない。
それこそ20万年生きてるリアにしか分からないことなのかもしれない。
でも俺が自信をもって言えることは、これくらいしかなかった。
「20万年間で奪った命を忘れろなんて言わない。でも前を向かないと、見つかるものも見つからない」
空に矢を構える天使の腕がほんの少しだけ震えた気がした。
「……何千年も何万年も考えた。私から呪いが消えたらって」
喋ったのは、目の前にいるリアだ。間違いない!聞こえていたんだ!
姿や体勢は変わらない、声だけが響いている。
「輝かしい未来が待っていた人を何人も呪った。進くんといて、幸せという感情を知った。私は数えきれない数の人からその感情を奪った。前向きになんて……なれない」
なんてことだ。
俺がよかれと思ってリアにしていたことは、より自己嫌悪を助長させることだった。
少しでもリアの罪悪感が減るようにと、過ごした時間が、リアをより後ろ向きにさせた。
この3日、あらゆる地雷を踏んできたが、特大の地雷を踏み続けていたことに最後で気づいた。
俺は、馬鹿だ。
「俺はリアが大好きなんだ」
俺は本当にどうしようもない馬鹿で、前向きであることに無駄に自信を持った、空気を読めない厄介者だ。
でもそんな俺と過ごした日を、リアは幸せに感じてくれた。
ならそのままいこう。笑ってしまうくらい前向きな馬鹿のまま。
「こんなに好きなんてあり得ないってくらい、リアのことが好きなんだ!」
「……」
「てことはリアの力は、こんなにも人を好きにさせることができるってことだ!」
「私はそうやって、恋に落として命を奪って、進くんも……」
「つまり呪いの力がなくなれば、リアはとってもいい天使になる!」
「そんなことは!……あり得ない」
「あり得ないなんてことはあり得ない!現に俺は20万年間現れなかったあり得ない存在のはずだ!」
「それは!今までなかったってだけで……」
「そんなのリアも同じだろ」
「でも……私は神様が決めたことで、変わるなんてこと」
「なら!俺が変えてやる!」
リアの銅像のような顔にヒビが入った。
目の下から顎にかけて、まるで涙を流すように。
「俺が死んでからあの世に行って、リアにこんな過酷な運命を背負わせた神をぶっ飛ばして、リアの呪い消してもらうよう頼んでくる!そんでリアが悲しまないように、神様に不老にしてもらって蘇らせてもらって、ついでにローラとアマリアも生き返らせてもらって、そんで結婚しよう。
それで、今まで呪った人の数だけ矢を打って、たくさんの人を幸せにしよう!奪った幸せが思い浮かんでしまうなら、俺が一緒に謝る!もしくは俺が何千年かけてでもタイムマシンを発明して、リアが呪ったぜーんぶの人を幸せにして、悔いのないように死なせる!もしくは俺が呪いを解けるようになってやる!」
自分でも何言ってるのか分からない。でもそれくらいで丁度いい。
俺は息を切らして、でも笑って続ける。
「ほら、前向きに考える方法なんていくらでもある。いくらでもだ。俺は、20万年間で奪った命を忘れろなんて言わない」
今リアが選択している未来は間違ってる。
……それは違う。アマリアはきっとそう言うだろう。
なぜなら、俺の目的は説得することではなく、リアを愛で満たすことだからだ。
「でも幸せになってもいいはずだ。俺が必ず神をぶっ飛ばして、全員救ってから死ぬほど幸せにしてみせる」
目の下のひびから、外壁の塗装が剥がれるように、リアを覆っていた黒い呪いがボロボロと崩れ落ちる。
リアは弓を構えるのをやめ、半分あわらになった顔をこちらを向いて微笑む。
「……ほんとに?」
俺はリアの顔の右半分についた呪いを手で取り除き、頬に手を当てリアの顔を見つめる。
「絶対だ。約束する」
俺はリアにそっと口づけをした。
優しく、少し触れあうくらいのキスは、乾燥してないか若干不安だったからでは決してない。
リアの唇が柔らかすぎて加減が分からなかっただけだ。
数秒後、お互い顔を赤くして向き合う。
リアと目があっているのがなんだか気恥ずかしくて、少し視線を下に落としたその時気づいた。
銅像のような身体になっていたリアは、もとに戻り、リアを被っていたサルヴァドールの黒いドレスが、真っ白に変色していた。
黒い髪と翼、禍々しい輪っかは健在だが、その美しい純白に包まれたリアはまるで、ウェディングドレス姿の花嫁だ。
「めちゃくちゃ綺麗だな」
リアのあまりの美しさに呆けていると、リアのすすり泣く声で目を覚ます。
次々あふれでる涙を手で拭って、鼻をすすって、泣いている。
俺は何も言わずリアを抱き締めた。
リアのその、20万年間ため続けた涙が流れ終わるのを待った。
愛の大悪魔は、誰よりも愛を求めていた。
それも馬鹿みたいに素直で、笑ってしまうくらい前向きな愛を。
「あなたのことが、大好きです」
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