3日目②

「進くんは下に戻って、私たちは私たちのできることをするから」


「はい、どうかご無事で」


 俺はローラと別れたあと、ブランシュに地上へ送ってもらう。

 上空から見下ろす俺の故郷は、地獄と化していた。


 町ごと深く陥没しており、至るところから火の手があがっていて、黒い煙で充満している。

熱気が、飛んでる俺にまで伝わってきて、リアの呪いがなければ行きたくないことこの上ない。


『今のリア様の呪いは、進さんにかかってるものより強力です。気をつけてください』


 リアの呪いがあっても行きたくないことこの上ない。

 そんなこと言われたら行きたくなくなるじゃないか。


『す、すみません。絶対安全ではないと伝えたくて』


 まあ、世界中がこの景色になると考えたら、行くしかないだろう。

それに、一発でも打ったらリアの自己嫌悪が加速してしまう。そんなことはさせない。


「ブランシュ、俺は大丈夫だ。急いでくれ」


「はい!……頑張って、ください」


 俺は黒い煙の中にいるリアを必死で探す。

 どこだ、リア。


『いました!あそこ!』


 リアは一際高く積み上がった瓦礫の山の頂上にいた。

そしてその手には、禍々しい色の弓矢が握られていた。

 リアは上を向いて、自らの頭上、上空に照準を定めている。


 まずいまずいまずいまずい。

準備万端って感じだ。もういつ打ってもおかしくない、急げ。








 私は少し前に発たせた伝達役たちの報告を聞いていた。


 どうやら日本各地の人々の様子がおかしいらしい。

 各地の数名の人間が突然豹変したように暴れまわり、たくさんの人を傷つけているという。

確認は出来ていないが、世界規模の異変であると推測される。


 犯人はおそらくエドアールね。世界中の人間を操って、強制的に憎しみの感情を抱かせている。

狙いは憎しみの呪いを強化することかしら。


 愛憎の大悪魔の内部と外部両方から憎しみで被うつもりね。そっちがその気なら……。


「全員聞きなさい!世界を滅ぼしたくなければありったけの矢を打ちなさい!これを世界中の天使へ伝えるの!」


「大量の天使が打てば、人口のバランスが」


「そんなことはあとから考えればいいわ!あれを放置しておくよりましよ!」


 地上を覗けば、愛憎の大悪魔はもう既に矢を構えている。あの矢一発で、天使の矢何発分の命が消えるのか想像もできない。


「はやく!急いで!」


「はい!」


 何十という数の天使が羽ばたいてゆく。


「残った子も、打てるだけ打ちなさい!」


 進くんの負担を少しでも減らすために、この世界を愛で満たすの!


 弓矢を強く握りしめる。

 エドアールを憎んではだめ、憎んではだめよ、怒るの!怒りをパワーに変えるのよ!


「愛が憎しみなんかに負けないってことを見せてやりなさい!打てー!」


 世界中の天界から、無数の矢が放たれる。






「なんだ?」


 空から流星群のように、矢が放たれている。

 忌々しい天使どもが私の仕掛けに対抗して、天界から矢を打ちまくっているようだ。


「しょうもない、下らない、愚図どもが!」


 世界中にばらまいた呪いを少しだけ回収して、司令塔らしき天使に向かって放つ。

当然、自害させる呪いだ。


「呪いも持たぬ天使風情が、私の邪魔をするな!」


 俺の手から放たれた呪いが、前に立ちはだかった者によって防がれる。


「しょうもないのはお主だ。エドアール」


 私の呪いを遮ったのは、怒りに歪んだ鬼の顔をした大悪魔。


「カーティス!」


「儂に一家の運命を奪わせた罪は重いぞ」


 カーティスは私の前に立ちふさがる。


「何が奪わせただ!使命を蔑ろにするお前に、本来の役割を思い出させてやっただけのことだ!」


 そうだ、こいつは強大な呪いを持っていながら、下らん思想に侵されて、まるで使命を遂行しない愚か者だ。


「儂は、悪魔だからと無闇やたらに命を奪うのは間違ってると言いたいだけだ。怒りの大悪魔というだけで、怒りに生きてるわけではない。悪魔というだけで、呪いに生きてるわけではない。お主の悪意に身を任せて他者を傷つけるやり方は、間違っている」


 これだからこいつは嫌いなんだ。いやがらせに呪ってやりたくなるくらいに。

悪魔なら悪魔らしく、人を殺しておけばいいものを!


「黙れ!カーティス!他者を傷つけたい、他者のものを奪いたい、他者の不幸な姿を見たい!この感情は、他ならぬ人間によるものだろうが!」


「お主……お主まさか、欲望の……」


「あの愚かな神に分解されなければ、私はもっと崇高な存在だったのだ!人間の醜い悪意で満たされて、耐えられるものか!」


「人間の悪意は欲望と同義か、どうりで妙に強いわけだ」


 もういい!こいつを呪い殺せば、しばらく邪魔は、入らないはずだ。

私はすべての呪いを回収して、目の前の鬼を迎え撃つ。


「怒り風情が!私の計画の邪魔をするな!」


「怒り風情?そうだろうか、今やこの世でお主を知ってる者全てが、お主に怒っているのだぞ!エドアール!」


 人っ子1人いない山のなかで、怒りと悪意の呪い合いが始まった。






 憎い、憎い、憎い。


 使命も果たせずただ人々の運命を奪い続ける自身が憎い。


 幸せを、恋を享受するはずなのに、呪いを与える私が憎い。


 3日間という足しにもならない期間の猶予を与えることしかできない私が憎い。


 数えきれないほどの人を呪った。命を奪った。

その度に、大切な人を失った人々の悲しみが私に突き刺さった。



 私のことが見える不思議な人に出会った。彼は呪った相手である私を命の恩人だと許して、好きだと言ってくれた。


 彼は私を水族館という場所に連れていってくれて、色んなものを見せてくれた。


 人間である彼と手を繋いで歩いた。


 クマノミやペンギンはとても可愛かった。


 天界の粘土でクマノミのぬいぐるみを作ってくれたときは、泣いてしまうほど嬉しかった。


 彼といる時間は、とても幸せに感じた。

 ずっと彼と一緒にいられればどんなにいいか。そう思った。














 私はそんな幸せな日々を送るはずだった人々を呪い殺し続けた。


 生まれてからずっと、ずっとずっとずっと、恋に落として死なせてを繰り返した。


 私は生まれてくるべきではなかった。


 彼と一緒にいて、幸せを感じるほど、そう思うようになった。



 私は私が憎い。




 憎い、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。





 愛憎の大悪魔は、矢を放った。

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