2日目
「は?……は?」
俺はアマリアからでた言葉が信じられずにいた。
当然だ。今、俺の頭のなかで話しているアマリアが、昨晩殺されたというのだ。信じられる訳がない。
「天使は人間の言うところの、魔力を消費して能力を使っています。」
アマリアの能力は、対象の頭に自らの魔力を流すことで、会話を可能にするもので、アマリア曰く、今話しているのは、昨日流した魔力の残りらしい。
つまり俺のなかの魔力が切れれば……。
『私は完全に消滅することになりますね』
じゃあもう話すな!魔力の消費を極力抑えるんだ!
昨晩カーティスに会ったたあと、天界に帰るときを狙われたとすると、間違いなく俺を助けたせいだ。
そんなのリアやローラに会わせる顔がない。
せめて少しでも魔力を残してみんなと話して欲しい。
『進さんはなにも悪くありませんし、アマリアはもう進さんとしか話せません』
そんなに喋ったら魔力が……。
『大丈夫です。少なくともあと1日は絶対にもちます。万が一の時のためにたっぷり流しといたのですから』
……ローラに何て言えばいい。
ローラはアマリアのこと本当に可愛がってたじゃないか。殺されたなんて言ったら悲しんでしまう。
『進さんが言う必要はありません、行方不明ということでいいのです。それにあの2人は、たった80年しか生きてない若者なんて気にしませんよ』
なんでそんなに余裕なんだ!死んでしまうんだぞ!
『アマリアは80年生きました。人間だとおばあちゃんです。悲しくなんてありませんし、もうどうしようもないですから』
……アマチュアのままでいいのか。
『……進さんの恋が実れば一人前ですよ。余命1
日コンビですね!』
明るく話すアマリアは、なんだか誰かに似ているような気がした。
『進さんに影響を受けたのでしょうね』
やめてくれ。
俺は時間に余裕があることを確認して、朝の支度を始めた。
昨日の朝と同じ時刻、俺は公園に向かっていた。
前向きに生きると決めてから24時間後、皮肉にも俺は、昨日と全く同じ表情で歩いている。
『そんな顔でうつむいて、進さんらしくないです』
俺のせいでこんなことに。
『違います!進さんは悪くありません!あの日アマリアは、残ったんです!』
アマリアが語った昨日の出来事はこうだ。
俺とカーティスと別れたあと、心配になって俺の家付近で見張りをしていたところ、突如エドアールが現れた。
アマリアは素手で応戦しようとしたが、呪われ、操られて自殺させられた。
またエドアールか。
『殺しそこねた人間を呪いに来ると思いきや、80年前に呪いそこねた天使を呪いに来てたんですね』
顔の見えないアマリアが、いつものようにえへへと微笑む。
エドアール、思えば一昨日俺の家族を奪ったのもそいつだ。
『憎しみなんて抱くだけ損ですよ』
それでも、許せない。
どれだけ許せないと言ったところで、俺にエドアールと戦う能力がないことは、俺が一番よくわかってる。
『……そう、ですか』
アマリアは黙ってしまった。
許せないと言ったのにあきれたのか、無駄だと思ったのか、それとも嬉しかったのか。
公園が近づく。俺はほんの少し顔をあげた。
「リア……」
昨日と同じ場所に佇む天使は、公園の方を見つめて、訪問者を今か今かと待ちわびていた。
ただしその感情は、期待などとは程遠いものだった。
「進くん!」
リアは翼を広げて俺の元まで飛んできた。
慌てたようすで、急いで聞きたい何かがあるように。
俺はその何かがなんなのかよく分かった。
「アマリア見てない?昨日突然飛び出して行ったっきり帰ってきてなくて……一晩中探したんだけど見当たらなくて、それで、それで」
リアは悲壮な表情をしながら、見たことがないほど早口で捲し立てる。
そんなリアに一番驚いたのは、アマリアだった。
『リア様……そんな顔をしないで、そんなに悲しまないで下さい……』
「実は昨日、カーティスと遭遇してな、そん時にアマリアが助けてくれたんだ。でもそこで別れてからは俺も知らないな」
「そうだったんだ……」
リアの顔に少し笑みが浮かぶ、責務を全うせんとしたいい後輩を持って誇らしそうだ。
『なに言ってるんですか!』
思うにリアにとってアマリアは、アマリアが思ってる以上に大切な存在だったのではないだろうか。
疎まれ続けたリアのことを敬い、親しみをもって接したアマリアは、20万年越しの妹のような存在だったのではないだろうか。
俺は、大切な人を失った時の感情をよく知っている。何万年も生きてる天使にとっても80年という年月は短くないはずだ。
俺には軽々しく真実を告げることはできなかった。
「探そう!もしかしたら見つかってないだけかもしれない」
「え?それは……進くんが」
『なにをいってるんですかあなたは!アマリアはもう死体も残らずに死んでるんです!何も見つかりません!無意味です!』
俺が両親を亡くした時、思ったことは、そんなはずない、だった。
たとえ俺がリアに言ったとして、納得できるとは思えない。
『進さんの残り少ない時間を、アマリアを探すのに使うというのですか!そんなことをするよりも、アマリアは進さんの恋が実る瞬間を……』
ならリアにデートをしてくれと言うのか?もうすぐ死ぬから一旦アマリアを忘れてデートに付き合えと?
そんなことができるやつは人間じゃない。
「いいよ、俺は残りの時間を、リアのために使うと決めたんだ。そんな状態のリアとデートなんて俺にはできない。探そう、アマリアを」
「うん……ありがとう、ごめんなさい」
承諾、感謝、謝罪、言葉が進むにつれて、リアの声は小さくなっていった。
俺は罪悪感を感じなから、いるはずがないアマリアを探す。
呪いの発動まであと1日とちょっと、この秘密はすぐそこにある墓場まで持っていく。
「この辺りは探しただろうから、もう少し遠くを探してみよう」
『もう……やめて下さい……やめて、やめてよ……アマリアはもう、死んでるのに……』
俺はリアと空を飛び、たまに地上に降りて、アマリアを探した。
ずっと頭のなかですすり泣く声が聞こえていた。
『死にたく……ないよお』
いない。
いない。
いない。
いない。
いない。
いるわけが、ない。
それでも俺はひたすら探し続けた。
探して、探して、探して、探して、そうして時間はあっという間に過ぎていった。
昼ごはんも食べずに探し続けて8時間、天界へと足を踏み入れた俺たちが聞かされたのは、アマリアとエドアールが対峙し、アマリアが呪われた、という8時間前から知っていた事実だった。
リアも、ローラも、アマリアも、他の天使も泣いていた。
俺は何も言わずにその場を後にして、名も知らぬ天使に地上へ送ってもらった。
約束できる状況じゃないし、明日なにしよっかな。
俺の2日目が、終わった。
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