1日目④
「はーっはーっ死、死ぬかと思った」
天界デートも悪くないが、やはり俺は地上でデートがしたくて、降りてきた。
しかし降り方が、天界の出口からそのまま自由落下という大変ダイナミックなものだった。
地面に打ち付けられる直前にリアが受け止めてくれた。
リアはそもそも天界から人間を連れて出たことがなかったから、忘れていたとのこと。
リアの呪いで保護されているとはいえ、上昇時よりも強い恐怖を覚えた。
そんな情けない俺を見ても、リアは優しく背中をさすって謝罪する。
「本当にごめんなさい」
「いやいや、飛べない俺が悪いんだ」
『そうですよ、進さんなんで飛べないんですか』
「……」
『じょ、冗談ですよ』
落下中、心のなかでみっともない悲鳴を叫び続けたが、それが全部アマリアに聞かれてしまった。恥ずかしいことこの上ない。
深呼吸をすることである程度落ち着きを取り戻す。俺はその間にアマリアに言われたことを思い出していた。
『指示は出せますが、行動は進さんの意思によるものですから、頑張ってください。それじゃあいくつかアドバイスをします。
1つ、天使は飲食ができません。2つ、天使にとって高所からの景色ほど見飽きてるものはありません』
確かに日々あの落下を体験してるとしたら、ちょっとした高台からの景色なんて大したことないだろうな。
どこへ行こう。
俺は人気のない公園、つまり朝飛び立った公園に降り立っていた。
リアは、申し訳なさそうな顔をして俺の動き出しを待っている。リアから提案が出ることはないだろう。
「リア、ご飯食べに行っていい?」
「あ、はい、分かりました」
『ご飯は食べれないって言ったじゃないですか!』
でも俺朝から何にも食べてないんだ。お腹ぐるぐる言わせながらデートしても、リアが気を使うだけだろ。
『まあそう、ですね』
「あとよければなんだけど、ため口で喋ってくれないか?」
どうも敬語で話されると距離を感じてしまう。その時間が長ければ長いほどため口にしずらくなるから、先に言っておく。
当然リアの意思を尊重するが。
「わ、分かった」
デートは今のところ、リアがずっと困り眉にしていて成功しているとは言い難い。
なんとか楽しいデートにしたいものだ。
「行こうか」
俺はリアを連れて近場の飲食店に入っていた。早々に食べ終わろうと、食べ物を口へと放り込む。
『にしてもリア様みたいな美人を連れてファストフード店でハンバーガーとは、そうでなくても残り少ない食事なのに……』
アマリアの呆れる声が響く。ぐうの音もでない正論だが、個人的に早く済ませることを優先したかったのだ。
それに、食べれなくなると考えると、どうにもこのハンバーガーが食べたくなった。
ま、食ったことないやつには分からん魅力があるのだよ。
『そういうものですか』
リアはというと、立って騒がしい店内を物珍しそうに見渡している。緊張しているのか、胸の前で手をいじりながら、首から上だけを動かして辺りをキョロキョロ見渡している。
よく見ると通行人に翼が当たらないように二の腕にぴったりくっつけているのが可愛らしい。
リアは立ちっぱなしのため全身が見えるが、着ているエプロンワンピースは露出が多く、まじまじと見るのは躊躇われる。
「ごめん、すぐ食べ終わるから」
「気にしなくていい、よ。あまり入ったことなくて、楽しいから」
リアは優しく微笑んだ。はじめて見せてくれた笑顔に思わずむせそうになる。リアの声はゆったり穏やかでとても聞き心地がいい。
「立ってたら疲れない?座ったら?」
それを聞いたリアは黙って手を伸ばし、ハンバーガーを持つ俺の手に、そっと掌を重ねる。
突然手を触られてドキッとしたが、その手は俺の手に触れているのに、ハンバーガーには触れず、貫通していた。
「天使や悪魔は人の感情の集合体だから、普通は地上の物に触れないの」
つまりは座れないと。地上の物が触れないということは、ビデオゲームやカードゲームなんかもできないのか。
「すぐ食べ終わるよ」
「……うん」
高い場所、何かに触る必要がある場所以外、遊園地、ゲームセンターはだめか、ならあそこがいいかもな。
『一応聞きますがどこですか?』
定番のデートスポット、水族館だ。
お触りコーナーを除けば何かに触る要素はない、水中の魚類を観賞するのはそれほど慣れてないんじゃないか?暗くてムードもある。ぴったりだろう。
『……これアマリアいります?』
「……」
俺はリアからの視線にいちいち反応しながらも、黙々とハンバーガーを食べ続けた。
頭のなかで嘆く声の出番は、そのうちあるだろう。
時間とお金の関係上、俺はリアとの3度目のフライトをすることになった。
気分的にはジェット機に命綱なしで掴まっている感覚だ。その甲斐あって、電車で数時間かかる水族館まで、文字通りひとっ飛びだった。
とまあ作戦通り感満載で語っているが、俺は数分間水族館の手前で四つん這いになっていた。心配するリアが背中をさすってくれなかったら気絶していた。
「ごめんなさい、人を連れて飛ぶの慣れてなくて……」
「いやいや、飛べない俺が悪いんだ。むしろありがとう、水族館楽しもう」
俺はお金を財布から取り出しつつ入り口へ向かう。外に行くと言ったとき祖父母からもらったなけなしの5000円だ。
ふとリアを見ると、なにやら不安そうな顔をしている。思うに自分の分の料金に関して気にしているのだろう。
「俺が払うから大丈夫だよ」
「え?あ、ありがとう?」
リアが気にするのなら、たとえ一文無しになったって払った方がいい。
「こんにちは、2人分チケットください」
受付のお姉さんに話しかけると、慣れた手つきでチケットとチラシを2人分用意するが、俺の方を見るや否や、再度人数を聞いてきたので、俺はリアを指差して自信満々に答えた。
「ほら、ここに可愛い彼女がいるでしょう?」
「……はい、大変申し訳ございません。とても可愛い彼女さんですね!」
一瞬で察して笑顔で応対する受付さんに心から敬意を表する。本当に素晴らしい人だ。
「本日はカップルデーとなっておりまして、カップルの方は料金が半額となりますので、2000円になります」
「……ありがとうございます」
正直本当に2人分の料金を払うつもりだった俺は、思わぬかたちで人の善意に触れ、感動した。罪悪感が完全に拭えたことはないが、2人分払っても不自然だ。ここはお言葉に甘えさせて頂こう。
「い、いいの?」
「その分のお金でぬいぐるみでも買おう」
俺は2000円をちゃんと水族館に落とすつもりだった。その旨を受付さんに聞こえても不自然ではないようにリアに伝えた。
自動ドアが開き、いよいよ中に入る。館内は薄暗く、地面の所々に設置されたライトが道を照らしている。
「く、暗い」
リアは暗い場所に慣れていないのか、どこか不安そうに歩いている。
「リア暗いとこ苦手なのか?」
「天界はいつも明るくて、夜に活動する悪魔が多いからあまり出歩かないように言われてて」
天界ってずっとあんなに明るいのか、それに夜は悪魔の活動時間……なら暗い場所は怖くて当然だ。
悪いことをしてしまった。今からでも出るか。
『なんてこと言おうとしてるんです!』
アマリア……でもリア怖そうにしてるし……。
『これに関して進さんは悪くありません。さっきのファストフード店のがよっぽどだめです』
あっうん。
『デートに予想外のトラブルはつきものです。そのピンチをチャンスに変えてください。前向きに生きると決めたのでしょう』
……確かにその通りだ。アマリアのお陰で気づけたよ、ありがとう。
えへへと嬉しそうに笑う声が聞こえる。役に立てないのを気にしていたのだろう。
俺は決心する。断られないかという心配、それを言う恥ずかしさ、それら一切をかなぐり捨てて、俺はリアに手を差し出す。
「リア……あの、手握る、か?」
たぶん俺の顔は今真っ赤になっていると思う。空を飛ぶときはずっと握ってるのに、どうしても恥ずかしい。
リアは一瞬考えるような素振りを見せてから、ゆっくりと俺の右手を握る。
柔らかっ、強く握りすぎたら潰れたりしないか?手、手汗がヤバい。
俺の頭は沸騰しそうなほど熱く、つい歩くのを忘れてしまっていた。
「あ、ありがとう」
リアの顔は意図的なのか、その綺麗な髪に隠されていた。照れてくれていると嬉しい。
気まずいような恥ずかしいような、微妙な空気のまま道なりを進む、緩やかな右カーブを曲がると、大きな水槽がある部屋に着いた。
扇型の部屋の弧の部分一面に水槽が広がっており、青い光が部屋中を照らしている。
『人少なくていい雰囲気ですね、ナイス判断じゃないですか』
アマリアの言う通り、水槽の中で悠々と泳ぐ魚たちを静かに見守る人たちは、どこか美術館の展示品を眺める人々の趣を感じる。
群れで泳ぐ魚たち、色とりどりの模様、縦横無尽に動き回るのに衝突することはない泳ぎ、改めて見ていると確かに芸術作品のようだ。
透き通るように綺麗な水槽と汚れ1つないガラスも相まって、自分がまるで水中で魚たちと一緒に泳いでいるかのような錯覚をうける。
『それを心のなかではなく、手を握ってる方に言うのですよ進さん』
まったくもってその通りだな。せっかく手を繋いでるのだから、美しいの一言くらい言うべきだ。
「リア」
「あの……」
俺とリアは同時に話し出した。俺は大して重要な内容ではない上、リアから話を振ってくれるのは珍しいため、話を譲る。
「あの、どうして私なんですか?」
「え」
「私は進くんに呪いをかけたのに、進くんの命を奪ってしまうのに、残り少ない時間を私となんて……」
悲痛な面もちで話す彼女は、自責の念に苛まれ、自らを卑下する。
少なくとも俺は、そんなことは気にしない。なぜなら……
「リアは、俺の命の恩人だからだ」
不可解なものを見るような目で固まるリア、呪いをかけた相手に命の恩人だなんて言われたら、そんな表情になるのも無理はない。
だが事実だ。
「俺はあの日ある大悪魔に呪われた。その呪いで家は燃えて、家族は死んだ。俺だけ生き残った。リアの呪いがそいつの呪いを弾いたからだ。リアは俺を殺してしまうと言ってるが、俺からすればリアは3日の命をくれた恩人なんだ」
「…………」
リアは納得していなそうな顔をしているが、怒りの大悪魔カーティス、そんなやつの呪いを弾けるなんてリアくらいなんじゃないか?
「それに、ただ3日生きるだけじゃない。なんの因果か俺はリアに会った」
両親の死に打ちのめされ、失意のどん底に落ちていた俺が、リアに一目惚れして、前向きに生きることの大切さを知った。
だから今俺はここにいて、好きな人と手を繋げている。
確かにその一目惚れは、矢の力によるものかもしれない、でも俺は会って半日も経っていないリアに、既にメロメロである。
「俺はリアが好きなんだ」
「……でも、でも私の翼は悪魔みたいに黒くて、輪っかだってこんなに醜いのに」
リアは、頭の上に浮かぶ赤黒い光を放つ輪っかを忌々しそうに、握りつぶすように、あるべき場所から引き剥がさそうとするように強く握り締める。
「こんなに醜い私より、ローラやアマリアの方が絶対あなたを幸せにできる」
ローラやアマリアも綺麗で明るくて頼りがいがあって可愛くて、2人みたいな人と一緒にいられれば幸せに違いない。でもリアの方がいい。
『清々しいですね』
「リアはめちゃくちゃ美人だし、その黒い翼だって綺麗だ。輪っかも俺は醜いなんて思わないし、それを気にしてるリアが可愛い。」
「え……え?」
「誉められ慣れてなくて顔が赤いのも、こんな俺につきあってくれる優しさも、フライトでへばった俺を気遣う心も、20万年経っても呪った相手を思う気持ちも全部、好きだ」
「でも、私は」
「リアは知らないと思うけど、俺は最初、俺より不幸な人を知ろうとリアに近づいたんだ。めちゃくちゃ醜いだろ。俺に比べたらリアは宝石みたいに美しいし、綺麗だ」
これは本気で思う。俺は20万年も呪い続けて、罪悪感を保つ自信はない。
そんなリアだからこそ、罪悪感を薄れさせてあげたかった。幸せに死んであげたいと思った。
「リアがなんといおうと俺はリアが好きだ」
リアは涙を流していた。鼻をすすって、手の甲で涙をぬぐって、溜め込んでいた今日1日分の涙を流す。
「ま、まあその、例えば、リアが恋をしたら呪いがとけたりするかもしれないし……ま、前向きにいこうよ」
「…………うん」
リアは優しく微笑んだ。
いつの間にかほどいた手を差し出しながら。
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