1日目②
「大丈夫?進くん」
ローラは綺麗な白髪をゆらしながら、心配そうに俺の顔を覗き込む。だが俺の頭は不思議と冷静だった。
「はい、まだ実感がわいてないのはありますけど、大丈夫です。それに……」
リアが俺と会った時の反応を見てから、まさに自分が殺した相手を見たようなあの視線を向けられた時から、ずっと嫌な予感はしていた。
俺に死の呪いをかけたリアは罪悪感に苛まれ、ローラは同情の目を向けている。でも今のところ、リアは俺の命の恩人だ。
俺は昨日、怒りの大悪魔カーティスの呪いによって死んでいるはずだった。リアが俺に3日間の命をくれたと考えれば、死の呪いも悪いものじゃない、と俺は思う。
だから俺は残りの3日を精一杯生きて、リアが感じる責任を少しでも減らして死のう。
今朝だって、両親の死に打ちひしがれ、下を向いていたままだったら公園に入ることもなかった。
「前を向いてさえいれば、いいことあるかもしれませんし」
それまで俺の気をうかがっていたローラは、クスクスと笑う。俺にとってはそっちの方がありがたい。
「いい気構えよ。……きみなら、進くんなら、リアの呪いをとけるかもしれないわね」
返事に困った俺は、苦笑しながら頑張ります、と言った。
「確か昨日リアが矢を打った報告をしに来たのが3時くらいだったから、まだ54時間残ってるわね。どうする?あなたにまかせるけど」
俺に残された時間は54時間、できることなら少しでも長くリアといたい。
でもリアはどうだ?自分が呪ったせいでもうすぐ死ぬ人間が一緒にいたら、相当心が痛むのではないか。
だからさっき俺をローラに預けた途端、飛び去ってしまったのではないか。
「やっぱりリアに会いたい?」
いきなり図星をつかれた俺は、少し顔を赤らめて肯定する。俺はリアを見たい、知りたい、会いたい。俺はまだ、彼女のことを何も知らないのだ。
ローラは頭を抱える俺に、クスクスと微笑みながら手を差し伸べる。
まるで混乱する幼児をあやす母親のように。
「そうね、じゃあ私がリアを探してきてあげるから、その間にどうしたいか考えときなさい」
ローラが天使に見えた。
「はい、ありがとうございます!」
「じゃあ……えっと、アマリア!」
「はーい」
ローラが大きな声で叫ぶと、軽快な返事と共に1人の天使が近づいてきた。
やってきた天使は綺麗な赤い短髪で、リアやローラより一回り小さい女の子の見た目をしていた。
アマリアと呼ばれた天使は、意気揚々とローラに話しかける。
「どうかしましたかー」
「お客さんが来てるのだけど、1人で放っておくと心配だから見ててあげて」
ローラが指差した先にいる俺を見たアマリアは、数秒無言で硬直する。
俺を見た天使は皆同じような顔をするな。
「人間じゃないですか!なんで天界に?」
反応を見るに、ローラよりかなり若いのではないだろうか。なんとなく若々しさを感じる。
だが、素直でいい笑顔をする子だ。きっと先輩に好かれるタイプだろう。
「何故か私達のことが見えるみたい。リアが連れてきた子だから、落っこちちゃったらリアが悲しむのよ。だから、お願いしてもいいかしら?」
「なんと!リア様のお客様ですか!このアマリア、命をとして守らせて頂きます!」
「ありがとう、これで安心して呼びに行けるわ」
ローラは張り切るアマリアの頭をそっと撫でたあと、翼を大きく広げて飛びたった。
ローラが見えなくなった頃、アマリアは嬉しそうに笑いながら頭をさすっていた。
どうもこの小さな天使は、見た目以上に可愛らしいところがある。
その可愛さと言ったら、俺も撫でそうになったくらいだ。
「うーーーんと、アマリア……ちゃん?」
かなり悩んだが、俺はちゃん呼びを選択した。呼び捨てはなんだか気が引けた。さん呼びは高校生としてのプライドが許さなかった。
どう頑張ってもアマリアは中学生にしか見えなかったのだ。
「ちゃん付けでかまいませんよ、言われ慣れてますし、ここでは私はまだまだ若手です」
天使にとっての若手とは何歳なのだろう。俺は失礼を承知で目の前の少女に尋ねる。
「アマリアは80歳くらいですね。あのころは男がみーんな戦場に行ってたので、子供の見た目で形成されちゃったのです」
さらっと重いことを口にしたが、普通に俺の4倍生きている。急激にちゃん呼びが恥ずかしくなった。
「アマリア……さん」
「さ、さんはやめて下さい!せめて呼び捨てで……」
敬われ慣れていないのか、アマリアは照れくさそうに手をぶんぶん振る。
いちいち仕草が可愛らしい。
本人がいいと言ってくれたので、俺はため口で話すことにしたが、アマリアはどうしても癖になっているからと、敬語をやめなかった。
ローラを待っている間、アマリアと会話をしていた。会話と言っても俺が質問してアマリアが答えるという、簡単な問答の繰り返しだった。
「アマリアの名前ってもしかして……」
なんとなく尋ねたものだったが、アマリアにとってかなり重要な話題だったようで、ものすごい食い付きを見せた。
「そうなのです!アマリアの名前はリア様から頂戴しているのです!リア様は美しくて強くてかっこよくてすごくて、本当にすごい方なのです!」
ローラは今まで少しだけ見え隠れしていた80歳の貫禄をかなぐり捨てて、見た目相応のはしゃぎっぷりを見せる。
目を輝かせ、ぴょんぴょん小さく跳ねながらいかにリアがすごいかをひたすら俺にまくし立てる。
まるで大好きなスーパーヒーローについて熱弁する少年のように。
「私はもともとアンナという名前を頂いていたのですが、リア様が救って下さったあの時、私はリア様のお名前が入った名前にしたいとお願いしたのです」
アマリアのリア自慢は不快どころかありがたかった。なんなら全く知らないのが悔しいくらいだ。
俺はリアに会う前に少しでも彼女のことを知っておきたかった。だから、アマリアに尋ねる。
「救って下さったあの時っていうのは?」
俺はアマリアがリアの英雄譚を喜んで話すと思っていたが、アマリアは気の乗らない様子でその悲劇を語り始めた。
「アマリアが生まれたのは戦時中だったのですが、人口の減少を食い止めるため、天使があちこち飛び回って天界は大忙しでした」
アマリアの年齢を考えるに、その戦争とは第2次世界大戦のことだろう。人類史でも未曾有の大戦争に、天界も大混乱だったようだ。
「そんな中で、チャンスとばかりに世界各地の天界を襲撃して回っていた大悪魔がいたのてす」
その悪魔の詳細を聞ける雰囲気ではなかった。おそらく言っていないだけで相当数の犠牲が出たのだと思った。
「天使は基本的に戦闘力がありません。だからたくさんの天使が殺されました。そしてそいつはここにもやってきて、アマリアは、殺されそうになりました。生まれたばかりで逃げることもできなかった私の前に現れたリア様は、あの凶悪な輩とたった1人で対峙し、見事打ち倒したのです!」
打ち倒した?悪魔は倒すことができるのか?
俺は家族を呪い殺したカーティスという悪魔に復讐できるのではないか、心の隅でそう思ったが、リアくらい強いことが前提になるためすぐに諦める。
「私は言いました!リア様みたいなすごい天使になりたいから、名前にリアをいれたいって」
アマリアがおかしいとは言わないが、ローラはさぞかし困ったことだろう。
「私もともとアンナだったので、アリアがよかったんですけど、ローラ様にややこしいからやめなさいって言われました。ちなみにアマリアの由来はアマチュアらしいです……」
アマチュアなリアか、意外とリアも生まれたてはアマリアのような活気に満ち溢れた子だったのかもしれないな。
「じゃあ一人前になったらアリアになれるな」
「なれますかね」
さっきから子供らしい点が目立つものの、アマリアはきっと優秀な天使だ。でなければローラが任せるはずがない。
「きっとなれるさ」
アマリアは可愛らしく笑った。その赤い綺麗な髪もあいまって、まるで太陽のような笑顔だった。
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