死の天使に恋をした

文虫

1日目①


 俺は焦点が定まらない虚ろな目で、近所の道路を歩いていた。特に目的があるわけではない。強いて言うなら、一人でゆっくりできる場所に行きたかった。


 昨日、家が全焼した。休日を満喫していた両親が、家ごと燃えてしまった。原因は不明らしいが、家中にいた人間に逃亡を試みた痕跡が無いことから、自殺であると結論づけられた。


 遊びに行ってくると言った時に、行ってらっしゃい、気を付けてね、と言って送り出してくれた両親が自殺なんてするわけがない。

そう訴えたが、聞き入れてはもらえなかった。


 昨晩は祖父母の家に泊めてもらったが、喪失感と無力感に苛まれて寝ることができなかった。日の出まで涙を流し続け、早朝にシャワーで洗い流した。でも、心配する祖父母の顔を見るとまた涙を流してしまった。

今は学校に行く気になれず、ふらふらと外を歩いていた。


 俺はずっと、下を向いて歩いていた。例えば通行人がいなくても、涙がにじんでいるのが恥ずかしいのだ。

なにやってるんだ。俺は立ち直るために外へ出てきたんだ。


 そう思って顔を上げた俺の前に現れたのは公園だった。

平日の真っ昼間の公園はさぞ静かなことだろう。心を落ち着かせる場所にはうってつけだ。


 その公園は、幼い頃に両親がよく連れていってくれた場所だった。滑り台やブランコ、シーソー、砂場などがある普通の公園、その中でも滑り台が大のお気に入りだった。

滑りきった先で待ち構えていた父親が、受け止めてくれるのが大好きだった。


涙を右手の袖でぬぐう、瞼がピリピリと痛む、それでも俺は前を向いて公園に足を踏み入れた。


 公園の中は思っていた通り静かで、側を通りすぎていく風の音と、それにつられて揺れる木々のざわめきだけが響きわたっている。

しかし私の意識は、目は、まったく別のものへと向けられていた。


 公園の中心に白いワンピースを着た女が立っていた。

その女の肩甲骨の辺りからは、二の腕ほどの大きさの翼が生えていて、頭の上に輪っかが浮かんでいる。それは紛れもなく天使だった。

ただその背中の翼は黒く染まり、浮かぶ輪っかは赤黒い光を放っている。

天使は天使でも、堕天使の方が正しいのかもしれない。


 天使は悲しげに、あるいは寂しそうに佇んでいた。俺は、明らかに関わるべきではないそれに近づいていく。


 天使が放つ哀愁に、諦観に、厭世に、ひどく安心感を感じた。天使の近づきがたい雰囲気に、俺は引き寄せられた。




「あのーすみません」


 天使は少し間を置いて振り返る。この時俺は、1つ大きな誤算をしたことに気づいた。

俺は意地汚い目的に頭がいっぱいになって、目の前にいる生き物の神秘性について考えていなかった。


 その天使は、信じられないほど美しかった。

腰まで伸びた黒い絹のような髪。

黒く禍々しい翼や輪っかと相反する透き通るような白い肌。

大きな目はその綺麗さの反面、瞳は曇り空のように濁っている。


「な、なんで……」


 神秘的な美貌を持つ天使は、俺のことを見るやいなや、驚愕に顔を歪ませた。

俺は最初、人間が天使を視認できていることに対する混乱だと思った。だが天使のそれは現実逃避に近いもののように感じた。


「あなたは……」


 天使はどうやら俺のことを知っているらしい。

俺との遭遇が余程緊急事態だったのか、天使は頭を抱えて立ったまま固まってしまう。


 俺は彼女から目が話せなくなった。彼女のことを知りたくなった。つまるところ、俺は彼女に一目惚れしてしまった。


 そんな経験をしたことがない俺は混乱する。家族が死んだ矢先に恋なんて、とも思う。だが俺はどうしてもこの恋を逃したくはなかった。


「な、名前……なんて言うんですか?」 


 初手名前、人間なら通報されてもおかしくないが、相手は天使だ。また次の機会に、なんて言ってられない。

飛び立ったが最後、2度と会えないかもしれないのだ。


「え……あ、リア……です」


 リア、外国人らしい名前だ。

いきなり話しかけられておどおどしているのが、見た目の大人っぽいイメージとギャップがあって可愛らしい。


「俺、進って言います。あの、よければ一緒にご飯いかがですか?」


 次に食事の誘い、人間なら通報されるかひっぱたかれるが、相手は天使、万一ひっぱたかれることはあっても通報されることはない。


「え…………と」


 天使、もといリアはとても困惑していた。俺の前をちょろちょろと歩き回っては止まって考え込むように座り込み、歩き回っては止まって天を見上げた。

リアはひとしきり悩んだあと、じゃあ、と言って俺の手を力強く握った。


「えっ!そんな急にいいいいいいい!?」


 好きな人と手を繋いだと喜ぶ暇もなく、俺は突然ものすごい勢いで上空に引っ張りあげられた。

リアは俺の手をつかんで飛び立ったのだ。

今まで感じたことのない風圧が俺を襲う。目を開けているだけで眼球の水分が全て持っていかれそうになる。

右手の肩関節にきしみを感じながら、一言も話しかけることはなく、ひどいフライトを味わった。






 目的地に着いた時には、俺は数年分老け込んだような顔になり、情けなくも膝から崩れ落ちてしまった。なんせ雲の上まで高速で飛ばされて、頼りになるのは握られている左手だけ、まさに狂気の沙汰。


「ここが、私たちの世界『天界』です」


「て、天界?天界来たの俺?」


 俺は色んな流れをふっ飛ばして彼女たちの世界にきてしまったみたいだ。俺には無くても、彼女には何らかのプロセスがあったのかもしれない。それでも一言声をかけてほしいものだが。


「……どうしますか?」


 完全にこっちのセリフなんだよな。いきなり連れてこられて混乱してるのは俺の方なんだ。


「えーっと、じゃあ天界案内してよ」


 リアたち天使がどんな場所に住んでいて、どんな存在なのか、純粋に興味があった。リアはなにも言わずに頷き、俺に背を向けて歩き始めた。


 天界と聞くと、やはり神秘的、幻想的、まさに神域のような世界を想像するが、俺が今歩いているのは頭上に雲1つない青空が広がるだけの、真っ白な平面の世界。

地面は傷1つない絹ごし豆腐のように白く平らな世界だ。


 ある意味神秘的ではあるものの、雲の上を歩いたり、黄金郷のような世界を歩き回るのを想像していた俺には少し期待外れだった。


「ここから少し、飛びます」


 また俺の手を掴んだリアは、今度は地面と平行に飛び立つ。さっきは余裕がなくて見れなかったが、二の腕程度の大きさだったはずのリアの翼が、数倍以上に大きくなっていた。


 自分の身の丈ほどもある黒い翼が頭上で勢いよく羽ばたいていて、正直めちゃめちゃ怖い。

リアが着ているのは裾の長いワンピースだが、ふとした拍子に中が見えてしまいそうになって、これはこれで怖い。


 飛行時間は20秒くらいだったと思う。下手な絶叫アトラクションより数段上の恐怖体験だった。

頬はげっそりこけ、思考も上手く回らない。


 何度か深呼吸をすることで心を落ち着かせると、周囲の雰囲気が変わっていることに気がついた。

地面が石畳になっている。横5センチ、縦10センチくらいの長方形が均等に地面に配置されている。

1枚1枚置かれたというよりは、その形に溝が掘られたような印象を受ける。


「これは、活動拠点と分かりやすくするための舗装された道です。……活動拠点は、地上でいう都市みたいなものです」


「天界にもそういう場所があるのか」


 俺の頭に浮かんだのは、中世ヨーロッパの町並みが、この白い世界にたたずむ様子だ。

俺は、それはもうウキウキで道を進んだ。

惜しくもリアとの会話がなかったものの、一緒に歩くことはできた。


 隣に並んでわかったことは、リアは結構背が高い。俺よりは低いけど、たぶん165センチくらい、その分足も長くて、胸はそこそこだがスタイルがとてもいい。


 数10秒歩いたくらいで、進行方向に大きな盛り上がりがあるのが分かった。

直径は約25メートルの円錐形の山、1番高いところでたぶん4メートルくらいの小さく白い山、大きな公園にありそうだ。


「あ……あれがここ辺りの中心点です。石畳を削った時のゴミを利用して作られたものです」


 期待を見事に裏切られた俺は、分かりやすく肩を落とす。だが、その周りで飛び回ったり、座ったり、寝転んだりしているたくさんの天使たちを見て一気にテンションが上がる。


「すげえ、めっちゃいる」


「この町は、若い人が多いので天使が多いです」


 若い人が少ないところには天使が少ないのか。天界は地上とまったく関わりがないというわけではないらしい。


「東京とかもっといそうだな」


「東京はすごくて、天界にも町があります」


 東京では俺の理想の天界が見れるかもしれないと思ったが、東京なんて修学旅行くらいてしか行ったことがない。

それに貯金だってほとんどが家と一緒に燃えてしまった。近年の電子マネーへの移行の波に逆行して、全て現金で持っていたことに心の底から後悔した。


「へー」


「…………」


 長い間が空き、リアはチラチラと俺の顔を見ている。


 え?終わり?天界案内終了?

まさかの見所の少なさに、困惑してしまう。急いで話題を探すが、幸いここは話題に困らない。


「え、えーっと、リアは天界でどんなことをしてるの?」


 いたって普通の質問だったと思う。でもリアは悲痛な表情を見せたあと、俺から目をそらして黙ってしまった。


「え……あ…………」


 俺は知らぬ間にリアの地雷を踏んでしまったようだ。


 まずいまずい、まさかこんなところに地雷があるなんて思わないじゃないか。イメージが、俺のイメージが下がってしまう。

なにか、なにか話題をそらすものはないのか!


 俺はあわてて周囲を見渡すが、気が動転して頭が回らない。


 どうすればいいのか分からず頭を悩ませていると、1つの影がおれたちに近づいて来ているのが分かった。それは人影らしかったが、背中には大きな翼の影があった。


「リア!帰ってきてたのね」


「あ……ローラ……」


 影の正体は天使だった。白いワンピースに白髪のポニーテール、優しく微笑む美人だった。その翼は雪のように白く、頭の上に浮かぶ輪っかは金色に輝いている。

ローラと呼ばれたその天使は、多くの人が想像するであろう天使の姿をしていた。


「もしかしてその子、人間?」


「うん、あの……ローラのこと見えますか?」


 俺に尋ねているらしかったのでこくりと頷き肯定する。間違いなく俺にはローラが見えている。

分かっていたことだが、普通天使は見えないものらしい。


「ほんとに!?へー、すごいわね」


「……そんなに珍しいことなのか」


 想像以上の大きなリアクションに驚き、つい思ったことを呟いてしまった俺に、ローラは視線を向ける。興味深そうに手を顎に当てながら俺のことを凝視してくる。


「10000年くらい生きてるけど、私たちのことが見える人間は初めて見たわ」


「10000!?」


 10000年前といったら縄文時代じゃないか?

天使の寿命を侮っていた。まさか俺の500倍も生きてるなんて。

驚愕する俺を見てローラは険しい表情になって不満をもらす。


「お、女の子の歳を聞いてその反応は失礼なんじゃない?」


「ご、ごめんなさい」


 即座に謝ると、ローラはクスリと微笑んで許してくれた。仕草や話し方、態度なんかが、頼りになる近所のお姉さんを思わせる。

それにしても10000歳か、やばいな。


「天界へようこそ、私はローラ。この辺り一帯の長をしているわ」


 今時長なんて単語を聞くとは思わなかった。流石長年生きてるだけある。長だけに。


「はい、俺は進っていいます」


 ローラはうん、と笑顔で頷く。初対面の印象がびっくりするほど良い女性だ。自信に溢れていて、まとめ役がよく似合う。


 ローラは、俺をしばらく見続けた後、少し眉をひそめて、リアに話しかけた。


「リア……この子もしかして……」


 話しかけられたリアが気まずそうに俯く様子を見たローラは、ため息を吐いた。

ローラはひどく言いにくそうにリアに告げる。


「残念だけど、ここに連れてきてもどうにもならないことに変わりないわ」


「…………」


 リアは悲しそうに、今にも泣き出してしまいそうになりがら、顔の影をより一層濃くさせる。

ローラはまた1つため息をつく。まるで駄々をこねる子供に困り果てる母親のように。


「まあせっかく来たのだから、案内してあげるわ。ちょうどやることなくて暇だったし、みんなも人間と話せるなんて面白い経験でしょうしね」


 リアのことが好きになったとはいえ、2人レベルの美人に囲まれたらと思うと、自然と顔がにやけてしまう。


 俺が浮かれてた瞬間、突然隣から強い風が吹き付けた。その風は一瞬のことだったが、俺は発生源を瞬時に理解することができた。


「リア?」


 俺が呼び掛ける頃には、リアは既に遠くに飛び去っていた。

ローラはその様子を、寂しそうに眺めていた。


「……それじゃあ行きましょうか」 


「あ、はい」


 リアの様子が気になったが、どのみち追いつけないため、俺は一先ずローラに着いていくことにした。


 ローラは歩いてる最中に色々と話しかけてくれた。答えにくい質問は、すぐに話題をそらす気遣いを見せるあたり、面倒見のいい性格なのだろう。


「高校生かー、恋とかしてる?」


 唐突な恋話に驚きながらも、俺は堂々とはい、と返した。天界への興味に持っていかれがちだが、俺はちゃんとリアのことが好きだ。


「へーどんな子どんな子?」


 俺は言おうか少し迷った。しかし、ローラのような人物を味方につけるとこの先強いのではないか。リアと俺の恋のキューピットになってもらおう。天使だけに。


「俺は、リアを好きになりました」


 俺は、ローラが喜んで応援するわ、という言葉を欲していた。そこまではいかなくても、良い印象をもってくれると思っていた。たがローラは悲しそうに、しかし納得がいったように呟いた


「…………ああ……そうなの……」


 俺はまた地雷を踏んでしまったのかもしれない。


 今のでなんとなく分かった。天界ではリアそのものが地雷なのではないだろうか。

確信はないが、度々見かける天使に、リアのような黒い翼を持つ者はいない。


 そのため俺は、改めてローラに聞き直した。


「……天界では、どんなことをしてるんですか?」


「よくぞ聞いてくれたわ!」


 ローラは待ってましたと言わんばかりに、話し出す。自分のことが見える人間なんて初めてだから、天使の仕事を話したくてうずうずしていたとのこと。


 俺は地雷を踏み抜かないかひやひやしていたのが、なんだか馬鹿みたいになるくらい、ローラの満面の笑みは俺の心を安心させた。


「私たち天使は、人間の恋を成就させることで人口の増加を促進させることを仕事にしてるわ。人間が増えれば天使も増える。人間が減れば当然天使も減ると思うけど今のところそんなことはないのよね」


 つまり人間がいれば天使がいる。人間が減らなければ天使は生き続ける。10000歳というローラの年齢にも納得がいく。


「それでも10000歳を越える天使は僅かだけどね。それで肝心の仕事の方法なんだけど、天使にはそれぞれ能力があるの。私やリアはこれ」


 そういってローラは両の掌を空に向けると、その手の上で何かが光った。まばゆい光はあるものを形作っていき、あるものを完成させる。

それは天使の持ち物と言われると真っ先に思い浮かべるであろう物、弓矢だった。


「この矢に射られた人間は、恋に落ちる。正しくは、一時的に恋に落ちやすくする一目惚れの弓矢。結構な割合でこの能力よ」


 それは人間の恋愛事情の結構な割合が一目惚れってことか?俺も一目惚れだから人のことは言えないが、意外と多いな。


「あとは、ノートや紙に書くことでその人の運命を操作する物語制作型の能力、人と人の糸を結ぶ能力、あとすごい貴重だけど人間に話しかけて直接サポートする能力、色々あるの。」


 当たり前だが天使の能力はどれもこれも人知を越えているな。


「これじゃ人間が増える一方なんじゃ?」


「いい目の付け所ね、その通り。だから増えすぎた人間を減らすために生み出された存在、悪魔がいるの」


 悪魔。天使がいるなら存在してもおかしくなさそうなものだが、いざいると言われるとなんだか信じがたい。


「悪魔は人間の感情を糧として生き、呪うことで人に不幸をもたらす。喜びの大悪魔、怒りの大悪魔、他にも悲しみや憎しみみたいな、いろんな悪魔がいるわ」


「……それだけしかいないんですか?」


 疑問を呈した俺にローラは不思議そうな顔を見せた。だがいたって普通の疑問だ。人間の感情を冠する悪魔がいたとして、その数は絞り出せても1000に届かない。こんな田舎でも天使は30以上も飛び回っている。

天使と対をなす存在としては明らかに少ない。


「あっごめんなさい、言い方が悪かったわ。感情を冠する悪魔は全体の1%未満、99%は人間の欲望を元に生まれる小悪魔なの」


「小悪魔?」


「そう、大昔に神様が欲望の大悪魔があまりに強大過ぎるからってバラバラに分解しちゃったから、たくさんの小さい悪魔になったのよ」


 小悪魔は、人間の、○○したい、○○が欲しい、いった欲望の感情一つ一つが呪いを持ち、形となった存在らしい。

とはいえ力は大悪魔の足元にも及ばず、俺たちの日々生きているなかでの小さな不幸の種になる程度のものだそうだ。


 なるほど、なら人間の数以上に小悪魔がいるわけだ。







 ローラの話を聞いて、俺は頭に思い浮かんだことがあった。悪魔という非現実的存在を知っては、考えるなと言われても無理な話だ。


「例えば、大悪魔なら家一軒を燃やすことはできますか?」


 俺の家の火事は、不自然だった。

火元を調べた警察は、全く検討がつかないと頭を悩ませながら、突然一瞬にして家全体が燃え上がったという結論に至った。

あまりの不可解さに、警察は臭いものに蓋をするように自殺と決めつけて捜査を終了した。

納得できるはずがない、できるはずがないが、俺に解決できるはずもなかった。


「……大悪魔なら可能ね、つい昨日も家が一軒燃やされたばかりだし。まああれはあれで不可解な話だけれど」


「その昨日の事件は、なんていう悪魔の仕業なんですか?」


 俺は両親の仇の情報を逃さないために間髪いれずに質問する。

それまで普通に喋っていたローラが、口を止めた。俺から発する嫌な気配がそうさせたのかもしれない。

ローラは訝しげに俺に尋ねた。


「もしかしてきみ、あの家の住人の関係者?」


「息子です」


 ローラは少し驚いた様子を見せたあと、すぐに冷静になって、なにかを考え込んだ。

どこまでも置いてけぼりで、俺は無視されたような気分になって本当に腹立たしく思った。




 長い間黙ったままだったローラが、ようやく口を開く。


「きみの家族に呪いをかけたのは、『怒りの大悪魔カーティス』大悪魔の中でも5本の指に入る大物、きみとことん巡り合わせが悪いわね」


「え?」


 仇の名前が明かされたのに、俺の頭はローラの語った最後の一節が頭から離れなかった。

今の言い方はおかしい。確かにトップクラスの悪魔の被害にあったのは不幸も不幸だが、「とことん巡り合わせが悪い」というのは一体どういうことだ?


 疑問に思いながらも、俺には思い当たる節があった。ずっと頭の中にあった微かな謎が。


「何故きみはカーティスの呪いの影響を受けなかったのか」


「それは、それは外に遊びに行ってたからで……」


「何しに外へ?」


「……え……と」


 俺は昨日の夕方、何故外へ行ったんだ?特に理由もなくあの公園にふらふら向かって……?


「何故きみは呪いを回避できたのか、それはきみにカーティス以上の呪いがかかっていたから」


「……まさか」




「きみに呪いをかけたのは、『愛の大悪魔の分身体リア』、リアは矢で射た対象を必ず死に至らしめる。言いにくいのだけれど……きみは3日後、リアの呪いによって死ぬわ」




 ああ、確かに俺は運が悪い。

死を宣告されたわりに、俺はどこか冷静だった。今日ずっと疑問に思っていたことが分かったからかもしれない。

しかし俺は、決して巡り合わせが悪いとは思わなかった。


 リアに死の呪いをかけられたのも、そのあとリアに一目惚れしたのも、天使が見えるようになったのも、天界にやってきたのも、全ては巡り合わせだ。


 俺は運命を呪わない。

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