5. 記憶喪失

「誰…?」

 志井しいさんが寝ぼけながら言う。

須貝すかいです」

 いつもの寝言かと思い、不機嫌に言うと。

「す、すまない…」

 謝り方がいつもと違って、軽くない。

「俺、何もしてないよな…?」

「はい…」

 言ってましたけど、ね。

「よかった…」

 本当に憶えてないご様子で。

「よくないですっ!」

 これが、日方ひがたさんの呪いってヤツか。

「ど、どうした…?」

 志井さんが憶えてないのは、どこまでなんだろう…。

「須貝、お前には日方さんがいるだろ…?」

「付き合ってないよ」

 付き合ってたのは、志井さんが生まれるずっと前の話だよ。

 ってことは、

「はぁっ?」

「はいぃ?」

 志井さんは憶えてないのではなく、日方さんによってすり替えられたのか。

「別れたからって、俺に迫るなよ…?」

 ボクとの甘い記憶がない志井さんに迫るなんてしない。

 やる気、失せる。

「そんなことしませんよ…」

 志井さんから離れた。

「須貝…?」

 俯いたまま、ふらっと立ち上がり、

「買い出し、行って来ます…」

 何故か溢れ出る涙を見せないようにその場から立ち去った。

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