第30話

来訪者と警告


今夜の食事は、珍しく皆んなで作り一緒に取った。

状況が状況なだけにあまり話も弾まず鍋の味も今ひとつ。雨足は弱まって来たものの湖の水位は徐々に上がり続けていた。


フウォーン!フォンフォン!

食事も終わり一息ついたところで、4ストマルチのエンジン音が雨音に混じり響いた。

「クズ君かな?!」

次郎が立ち上がる。

薫が見た事の無いクズ君なる人物がバイトから帰って来た様だ。名前が名前だけにどんな人なのか気になるところ。

見ると雨で波打つ小屋の窓ガラス越しに一つのライトが近づいて来るのが見えた。

フウォーン!フウォーン!

ギアを落としながら減速しキャンプ場の入り口へと入ろうとしている。

「ヤバい!そのまま水の中に突っ込むかも!」

次郎が駆け出し小屋から飛び出るも、クズ君の乗ったバイクは小屋の脇の車止めポールの間を通り抜ける。

「クズ君!ストップ!」

次郎が両手を大きく振りながら叫ぶのと、バイクのストップランプが点灯したのはほぼ同時だった。

タイヤの両輪共に水に浸かりつつ停車したクズ君のFZ250フェザーはマフラーの底部も水に着け黙々と水蒸気を上げている。

「何やの?これ!水浸しやん!」

足を水浸しにしながら大きな声で叫ぶ。

「危なかった〜!もうこんなだから皆んな小屋ん中!」

「そうなん?早よ言えや〜」

薫が小屋の入り口から様子を伺うと、揉めている様な戯れている様なそんな会話が聞こえて来る。

「皆んなって何人おんの?」

「8人かな〜」

そんな会話をしながら小屋の中に入って来る。

次郎の隣には背の高いヒョロっとした男が立っていた。色黒、丸メガネに長い顎髭とパーマの掛かった長髪を後ろに纏めている。

「避難民やん!こりゃあまた、ぎょうさんおんの〜」

そう言いながら大袈裟に両手を振る。

言葉遣いで関西人だとわかるが、薫にはそれと同時に食い倒れ人形やおもちゃの髭メガネを連想させた。

小屋の中は比較的広かったのだが、皆が荷物も広げていたので結構ギュウギュウで、災害時の避難所を想像したのだろう。

まぁ弱冠そんな状況ではあるのだが。

「次郎ちゃん、テントと荷物引き上げんの手伝ってくれへん?流石に一人じゃ回らんわ。」

「おっ良いよ良いよ!もう全身ビショビショだしね!付き合うよ。」

クズ君は水没した自分のテントを救出しに行く様で、次郎に応援を頼んでいる。長細いキャンプ場の奥の方に張られたクズ君のテントは、一人で片付けるのは難攻しそうだ。

見ると女性陣以外は手伝う方向の様で、連れ立って小屋を出て行く。

「ねえ!ねえ!あの人なんでクズ君って名前なの?」

モモも初対面だったらしく、保母さんに薫も気になっていた彼の名前について尋ね出した。

「ん?あぁ!まぁ、簡単に言えばクズ野郎だから?!」

と簡単に答える。その答えに興味深々な様子のモモだったが、

「でも、私が直接見た訳じゃないのよね〜だから直接聞くか次郎ちゃんか太郎ちゃんに訊いて見たら?」

「本人に聞くのはちょっと〜話す様になったら聞いてみようかな〜」


あだ名やキャンパーネームなるものは本人が望んで付けられる事はまず100%無い。

薫はたまたま本名で呼ばれてはいるが、時には乗っているバイクでFZちゃんやナンバーの地名で足立さんと呼ばれた事もある。

クズ君の為人を鑑みて皆が付けたであろうキャンパーネームには意味が有るのだと思うと、親しくなるのも考えものなのだが、テントの撤去を皆が進んで手伝う様子を見ると名前通りでは無いのかもしれない。

どの様なクズな出来事があったのか気になるところではある。


「こんなに溜まっとるとはなぁ!参ったわ!」

「もっと早く帰って来れれば、もうちっとマシだったんだけどなぁ。」

「雨が酷くて向こうに泊めてもらおっかって思っとったんよ!」

クズ君のテントや荷物を手に男性陣が戻って来た。

皆で行ったにも関わらず、荷物は思った程少なく石川県達に至っては小さな鍋とバーナーをそれぞれ片手に持つ程度だった。

テントの中まで水浸しだった様だが、寝袋や着替え、食料等濡れては困る物はバイト先に置いてあったそうで被害を免れたそうだ。

「ほいじゃぁバイト先に戻るわ。」

今晩はバイト先に厄介になるとの事で、濡れた荷物を小屋の端に片付けると、薫が入れたコーヒーを飲んでからクズ君は立ち上がった。

「コーヒーおおきに!暖ったまったわ!」

釣られて皆も立ち上がる。

「見送られても困るわ!明日も来るし。」

「まあまあ。」

次郎に宥められながら小屋の引き戸をガラガラと開ける。皆が表に出た所でキャンプ場に一台の乗用車が入って来た。

トヨタの白い商用車はキャンプ場内まで入らず、歩道の辺りに横付けする様に停車する。エンジンを切ると直ぐに前後のドアを開けスーツ姿の3人の男女が降りて来た。

「今晩は。」

その内の女性が薫達に挨拶をしてくる。

「「今晩は。」」

薫達もその人達に返した。恐らくは網走の役所の方達だろう。

「キャンプ場に泊まっている方達でしょうか?」

「はい。」

続けて尋ねてきた女性に次郎が答えた。

「網走市役所の者ですが、台風の影響でこの様な状態ですのでこのキャンプ場を閉鎖させて頂きます。」

女性は淡々と決定事項の様に薫達に話始める。と言うか言うだけで言って話が終了した様だ。

女性の後ろの男性2人は車の後部ハッチからゴムの錘のついた赤いカラーコーンや虎柄のバーを出し始めている。

「つきましては、お泊まりの方達は退去して頂きたいのです。」

また話が終わった。余り会話にならない。

「ちょっと待ってよ。」

唖然として言葉の出ない薫達だったが、そこへ声を上げたのは次郎だった。

「それは一方的なんじゃないかな?こんな時間になってから出て行けって俺ら地元の人間じゃあないんだし、泊まれる所そっちが用意してくれんの?」

「えっ…あっ…その…。」

反論されると思っていなかったのか、役所の女性はしどろもどろになる。

「ちょっと対応遅いんちゃうの?」

「明るいうちに言いに来てくれても良いんじゃない?」

クズ君と保母さんも次郎に援護射撃を始める。

その様子を見るに、対応は大人達に任せてしまっても良さそうだ。

どっちにしろなる様にしかならないのだろうし、未成年の薫には判断も対応も出来ないだろう。

モモや石川県達も同じ判断をしたらしく後ろの方で大人しくしている。

「取り敢えずさ、言い合いしてもしょうがないし。バイクで来てる俺らは今更退去って無理だから!未成年もいるし此処に避難って事で良いんんじゃない?水が上がってきたら俺らだって馬鹿じゃあないんだから他所に避難するよ。」

「…わかりました。こちらも報告が遅れましたので了承致しますが、明日また確認に伺いますので呉々も危険な事や無茶な行動はしない様お願いします。」

女性は不満そうにしながらも折れ、男性達と共に車に乗り込む。

助手席に腰掛けシートベルトを装着しながら今一度薫達の方、と言うより並んだバイクを見てから肩を落とすとUターンして網走市内の方向へ走り去って行った。

恐らくは次郎が言った『地元の人間じゃない』事をナンバーを見て確認したのだろう。

車で来た地元の市民であったなら、問答無用で放り出されていたのかもしれないが、そもそもが帰れる自宅が近いならこんな天気にこんな場所には居ないだろうし、バイクであっても帰っている。

それを考えると御役所仕事とは言え寛大な処置だと薫は思っていた。


「中に入ろうぜ!またびしょ濡れだよ。」

弱まったとは言え雨はまだ音を立てて降っていた。

帰り支度済みのクズ君以外はまたも、濡れネズミの様にしっとりと雨に打たれていた。

「あぁ出て行かされないで良かった〜」

「助かった〜」

取り敢えず今夜の寝床はこの小屋だ。

安心からか皆の様子も明るい。

「ほな、行くわ!明日休みやからまた来るわ!」

クズ君はフェザーに跨り走る去って行く。

そのテールランプを見送り皆で小屋の中に戻った。

小屋の中では薫のランタンの明かりが揺らめいている。テントとは違う安心出来る空間。

暗闇に隠され全容が未だに把握出来ずにいるが、明日明るくなったらどの様な様子なのだろう。

明日以降の寝る場所や周辺の状態への不安と、子供の頃の台風がやって来た時のワクワク感、明日見る日常とは違う非日常の景色への期待が入り混じって落ち着かない。

そんな内心を隠す様に薫はポーカーフェイスをキープする。

「またコーヒー淹れよっか?」

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