第14話

お人好しとガス欠注意


薫が食事の準備をする間も食事中も、三人の他愛の無い会話は途切れる事なく、夜は更けていく。

出会ったばかりの他人が、バイクやキャンプ、北海道の事で盛り上がるのはソロキャンパーあるあるだ。そして、名も知らぬ三人がそれぞれ、帯広さん、ゼファー君、FZちゃんと、バイクや車の車種やナンバーで呼称されるのもあるあるである。


明日も早くから仕事があると帯広さん。

トムラウシとヌプントムラウシに行く予定だとゼファー君。薫もヌプンに向かうのでそろそろお開きで寝るかと言うタイミングで、キャンプ場の入り口の方からバイクの排気音が聞こえてきた。

「うんっ?!バイク?」

大型のインラインフォーのエキゾースト。

「随分と遅くまで頑張ってきたライダーがいるな〜?」

「そうっすね。」

帯広さんもゼファー君も少し呆れ顔だ。


と言うのも、基本ソロライダーは夜が早い。明るいうちにテントを張り食事の用意も。一人きりだとすることも無いし食事の後は寝るしか無いからだ。予定上明日の朝早く出る者もいる。

夜遅くにエンジンをかけたり、テントの用意やペグ打ちなどは非常識だ。元来そんなライダーは予定をギュウギュウに詰め込んだお盆ライダーが多いのだが、今はそんな時期でも無い。


エンジンを切ったがオーナーが一向に姿を現さない。

「何かトラブったのかも。」

薫が呟くと、他の二人も顔を見合わせた。

取り敢えずそのライダーの様子を見に行く事に。

三人がライト片手に駐車場に行くと、荷物満載のFJ1100の上でタンクに覆いかぶさるように突っ伏している人物が。

白のフルフェイスヘルメットを脱ぐこともなく、力尽きた様子でうなだれている。FJはカウルも荷物もダートを走って来た様に砂埃で真っ白だ。

「おいおい。大丈夫かい?」

「はい。すいません、起こしちゃいましたか?」

心配そうに尋ねる帯広さんにFJの彼はすまなそうに答えた。

「なんかあったんっすか?」

と、ゼファー君

「いやぁ、疲れちゃっただけです。」

そう言う彼は今にもバイクの上で撃沈してしまいそうに薫には見えたので、

「取り敢えず降りて座ったら?」

その言葉に彼も頷きながら東屋まで。

ゼファー君が入れてくれたコーヒーを飲みながら、ポツリポツリと語ってくれた。


彼は今日、昼前頃にヌプントムラウシに向けて林道に入ったそうだ。FJは重いし荷物も満載だった事でスピードは出せない。ゆっくりと温泉に向かったと言う。

「多分、温泉直前の最後の橋の手前位だと思うんですけど、何気に見た左側の川の方に黒のハイラックスが落ちてたのを見付けまして、落ちた廃棄車なのかと思ったら、人が見えたから、あっ今落ちたんだって止まって助けに行ったんです。」

足を怪我したその男性を、一人では助け出せそうになく、林道を戻って警察連絡したら「暗くなって転落場所を発見出来ないと困る」と道案内をさせられ、事情説明やらなんやらでこの時間まで。

結局、長い林道の殆どを二往復した上に、温泉すら見ていないと言う。人助けで損をした可哀想な方だった。


「それは災難でしたね。」

そう言う薫だったが、ふと疑問が。

「でも、携帯で警察を呼べばよかったのでは?」

「はぁ…。」

尋ねた薫に彼は溜息を一つ。

「落ちたおじさんは持ってなくて、俺のは助けに川に入った時に落としちゃってうんともすんとも。壊れちゃったみたいで。」

「はぁ。重ね重ね残念な。」

四人揃って意気消沈するしかなかった。

「偉い!」

そこへ帯広さんが声を張り上げた。

「自分の事は二の次で人助け。誰でも出来るこっちゃ無いよ!」

(あっ!まさか!?)

「そんな大した事は。無我夢中だっただけで。」

「いいや!気に入った!うちで働かないか?」

あ〜あ。言っちゃった!


FJさんは今日は東屋で寝るとの事で、用意をする間にも帯広さんに勧誘され続け、

「明日、ヌプンに行くんだったら考えといてくれないか?夜にまた来るから返事を聞かせてくれよ。」

「わかりました。考えておきます。」

FJさんは嫌だと言うより、勘弁して寝かせてくれ!そんな面持ち。

「二往復もして、良くガス持ちましたね?FJって結構走るんすね。」

そこへ、こちらも眠そうなゼファー君

「はい。流石にさっき入れて来ましたけどね。」

「っ……!」

ガソリン!?

「あのぅ。ちょっとよろしいでしょうか?」

「うん?どうした?」

「ここからヌプンとスタンドってどの位あります?」

薫!まさか?


FZのタンクは半分ほど、100km程しか走れない。

ここからヌプンまでは約40km、最寄りのスタンドは20km、しかも今日は土曜日だ。北海道の小さなスタンドの日曜休みは多々ある。完全に薫の凡ミスである。

連泊決定?!


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