第15話
西欧風景と焼肉
薫は今日、ブラブラと過ごすと決めた。
ガソリンギリギリの遠出は危険なので、月曜日にガソリンを入れてからヌプントムラウシに向かうことにする。
朝早くにテントを張ったままゼファー君が、FJさんはテントを張って荷物を下ろしてからそれぞれ飛び出して行ったので、二人とも今夜はここで寝るようだ。
薫はFZで近くを軽く流す事にする。
まずは温泉への林道入り口まで行ってみよう。ダム上の道まで駆け上がり、ダム湖に架かる橋を越えトンネルを抜ける。
ダム湖の水位はだいぶ下がって、橋や道路の下を沢山の小川が湖に流れ込んでいる。太陽がその川面や湖面を輝かせ、風に揺れる青々とした木々がそれらを煌めかせる。
「気持ち良いー!」
日本ではない、まるでドイツ辺りを走っているかの様。何時だったかテレビで見た風景が重なる。山間からお城でも姿を見せれば完璧である。
気持ちの良い高速のワインディングを、薫は飛ばす事なく景色を楽しみながらゆっくり走った。
やがて建物がチラホラと姿を見せ始め、小さな小学校に信号の無い横断歩道。小さな村落が現れる。きっとこの辺りに帯広さんの牛舎もあるのだろう。
走りはじめて20分もすると、右へ入る大きな林道の入り口が見えた。真っ直ぐ行けばトムラウシ温泉の宿へ、右の砂利道を進むとヌプントムラウシへ向かうはずだ。トムラウシ方面へはアスファルトはまだ続いているが、きっとすぐに林道になるのだろう。
「砂利はまばらで土っぽいのね。」
薫は明日走る事になるであろう林道具合を少し確認してから、クルリUターンして来た道を戻った。
元来た道を通り、キャンプ場を通り過ぎ屈足の町に向かってみる。時刻はお昼過ぎ、何処かで昼食にしよう。クッタリ温泉の登りを過ぎてしばらくすると蕎麦の登りを発見。入ってみる。
昨日の晩も蕎麦だったのだが、打ち立ての新得の蕎麦を食べてみたくなったのだ。
「どうも、やってますか?」
薫が入るなりそう尋ねたのは、建物がお店っぽくなかったからだが、中に入るなり蕎麦の香りがいっぱいに広がる。
「いらっしゃい。何にする?」
と、小さなおばあちゃんが一人。
店内にはお客が数人と、厨房に数人のおばあちゃんが忙しなく蕎麦を作っている。
「かけそば一つお願いします。」
「ちょっと待っててね〜」
程なくおばあちゃんと共に一杯のかけそばがやって来る。
グゥググゥ
出汁のいい香りに、薫の腹が小さく鳴った。
「いただきま〜す!」
取り敢えず食べよう。薫は『かけそばはスピード勝負』と思っているところがある。出汁に浸かった蕎麦が直ぐに伸びると考えての事だが焦りすぎだろう。
感想を言うでも無く、黙々と啜り続けものの数分でツユまで飲み干した。
「うんま〜!」
それだけ?
満腹感に浸りつつ、明日のお昼も此処の蕎麦でも良いな。なんて考えながら蕎麦屋を後にする。
屈足の町まで行ってみたものの、店のシャッターはあらかた閉じていて、明日の朝食すら買えなかった。当然ガソリンスタンドもお休みです。
「袋麺とお米があったからそれでいいか!戻って明日のためにメンテでもしようかなぁ。」
キャンプ場に戻るには早い気がするが、FZのメンテナンスでもしてからゴロゴロするのも良いだろう。
薫は再びキャンプ場に向けてFZを走らせた。
「フワッ!」
バイクのエンジン音で意識を取り戻した薫は、FZをいじった後にチョットお昼寝気分で横になってそのまま熟睡してしまった事に気付いた。
「あ〜やっちゃったよ〜」
開けたままのテントに上半身だけ突っ込んで寝ていた薫は、辺りが薄暗くなっているのにも気づいて飛び起きた。
「おっ!起きた!」
近くの東屋からゼファー君の声がする。
「おはようございます。」
「あははっ!良く寝てたな。起きないかと思ったぞ!」
「おはよう。」
テントからノソノソと這い出て来た薫に、一緒にいた帯広さんとFJさんも声を掛けてきた。
「爆睡しちゃいました。」
「まぁまぁ、取り敢えず起きたんなら食べて食べて!」
東屋まで来た薫に帯広さんは紙皿に乗った肉を差し出してきた。
「これ、どうしたんです?」
何となく受け取った紙皿には牛肉とキャベツや玉ねぎがごっちゃになった、肉野菜炒めの様な物が乗っている。
「就職祝いらしいっすヨ」
皿を見つめる薫にライダースにブーツもそのままのゼファー君が肉を頬張りながら答える。
「就職祝いって何方の?」
「自分です。」
疑問を口にすると、FJさんが申し訳なさそうに右手を小さく上げた。
「もしかして帯広さんの所に?」
「就職って言うか、アルバイトなんですけど。」
「今日は俺の奢りだ!皆んな食え!」
東屋のテーブル横にはBBQのコンロが鎮座し、テーブルの上にはこれでもかって程の山盛り肉が焼かれるのを待っている。
「私もいいんですか?」
「かまわんかまわん!此処で会ったのも何かの縁だ!」
そう言いながら帯広さんはBBQコンロの上に肉を並べるで無く、どかっと置く。
「じゃあ遠慮なく。いただきます。」
起きた早々焼肉って言うのも何だが。有り難く頂戴する事にする。
一人旅で焼き肉をする事はまず無かったので、随分と久しぶりだ。
「うんま〜!」
口に放り込むと柔らかい肉感に、旨味が広がる。
「何?このお肉!柔くて全然脂っこく無い。ロースっぽいけど?帯広さん!これって高かったんじゃあ?」
「ナイナイ!家に有ったやつだし。」
その言葉に一安心。
「ちなみに、この肉はロースでなくサガリな。」
「聞いたことないですね。」
「ああっ!向こうじゃぁハラミ?ようは牛の横隔膜。ホルモンだな。」
「へ〜凄く美味しいです。でも、帯広さん詳しいですね?」
「お前さ〜俺が何育てて飯食ってると思ってんの?」
「「「あ〜なるほど〜!」」」
三人の声がシンクロした。
「まぁ乳牛だけど。」
結局FJさんは帯広さんの所でしばらくの間アルバイトをする事になっていた。
今日のヌプンの帰りにたまたま出会って、仕事場や寝泊まりする場所を見せてもらい、これなら出来そうだと判断した様で、予定もあるので来週から働くらしい。
「アルバイトなんてしちゃって、仕事の方は大丈夫なんですか?」
薫が心配になって尋ねると、
「大丈夫です。辞めてこっちに来たんで!」
「俺もそうっす!」
FJさんに続きゼファー君も答えた。
「はあ…」
薫が今まで会ってきた人々も例に漏れずなのだが、北海道長期滞在者の大部分が離職者なのはアルア…
ソロキャンパーアルアル多すぎね?
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