第13話
モサモサキャンプ場と暖かい人達
「あ〜暑いね〜」
炎天下のコンクリートの上、大きく叫んだのは薫だ。
山と山に囲まれた人気のない駐車場。近くにはコンクリート製のトイレと一面だけのネットも張っていないテニスコートが見える。そのテニスコートの向こうには大きな斜面が広がっていた。
ドドドドドドッ
辺りには低く耳障りでは無い程の重低音が響き渡っている。
薫が今立っているのは十勝川の上流にある十勝ダムの真下だ。そこには十勝ダムキャンプ場と言う無料のキャンプ場。そう、ダムの下のキャンプ場にやって来ていた。
先程からの重低音はダムの排水音と、大きな斜面はダムの本体だ。その下にある大きな堀から大量の水が排出されている。さっきからの大きな重低音はその音だった。
薫は駐車場にFZを停めるとキャンプ場の様子を確認に向かった。兎にも角にも荷物を下ろす前にチェックするところはチェックしておかないと、テントを張ってから炊事場やトイレが使えなかったりすれば目も当てられないからだ。
テニスコートの向こうには階段数段分の高台がある。ここからは見えないそこがキャンプ場の様で、薫は勢い良く階段を駆け上がった。
するとそこには一面の緑が生い茂っていた。
「うん?!」
キャンプ場に芝生が生い茂っているのは良くある。割とポピュラーだ。が、薫が声を上げたのはそのサイズだった。
「これって無くない?芝生って育つとこうなる訳?」
青々とした芝生の様な植物は、薫の膝下位まで伸びていた。一面がその高さである。むしろ清々しいほどの同じ高さ。
「これってなんか…」
薫には某有名ジ○リアニメの大きな虫の上空を歩く青い女の子を想像させて口籠った。
「なんかワイルドな所だな〜」
その後炊事場やトイレは普通に使える事を確認したものの少し考えてしまう。
直ぐに他のキャンプ場を探しても良いのだが、どうしても気になってしまったのだ。
テントの準備や撤収、何かを落としたりすると探すのが大変だし、そこで食事の支度などは出来なさそうではあるが、炊事場やその横にある東屋には草は生い茂ってはいないし、何より、このモサモサした芝生の上にテントを張ってその中で寝てみたらどんな感じなのか。
気になって仕方が無い。
「ヨシ!下ろすか!」
もう薫の中では宿泊決定なので、テントを張る事にするらしい。テキパキと荷をほどき運び始めた。
まだ日も高いうちにテントを張れた。
高い芝生には手を焼いたものの、本日の寝床の心配は必要無さそうで一安心であるが、気になっていた寝心地はフカフカと浮いている感じで何とも落ち着かない。
「今回はしょうがないか〜」
薫は早々に妥協し食事の買い出しに出かける事にする。着の身着のまま訪れたものの今回このキャンプ場に来たのには理由がある。
十勝ダムの上流の林道の先にあるヌプントムラウシ温泉に向かう為である。
林道には少し慣れたものの、距離のあるヌプンまでの往復を考えると麓にベーステントを置いておけば、空荷で走れるし、時間に余裕が出来ると思ったのだ。
向こうの温泉でゆっくりしたいしね〜
薫は荷物を片付けると早速、FZで買い出しに出掛けた。食料品を扱っている店のある最寄り町の屈足(クッタリ)までは結構距離があって、戻ってくるまでに1時間半程かかってしまったが、十勝と言えばこれ!新得産の蕎麦を食す事とする。
薫がキャンプ場の駐車場にたどり着くと、先客が。
バイクと車が1台ずつ、宇都宮ナンバーの黒いゼファー750と地元帯広ナンバーのブルーのジムニー。
オーナーは既にキャンプ場にいる様だ。
買い物袋を片手にキャンプ場の階段を登ると、右手の東屋に男性が二人。そのうちの一人は既に酒盛りを始めている様だ。
「こんにちは。」
「やぁ!」
「どうも!」
薫が声を掛けると二人も挨拶を返してきた。
「一人かい?こんな辺鄙なキャンプ場にようこそ!」
そう話しかけてきたのは、30歳前後の眼鏡をかけた男性だ。Gパンに白T、頭には赤いバンダナを巻いてくわえタバコの彼、物言いと態度から何となく彼が車で来た地元の人かなと薫は思った。
「ヌプントムラウシに行ってみたくてこの辺りにテントを張れたらと思って。」
「そうそう。ここにキャンプしにくるのはそんなライダーしかいないもん。」
そう言う薫に彼はそう返した。
「この辺りの方なんですか?」
このキャンプ場に詳しそうだし、地元民と言うよりご近所さんかな?と考えたのだ。
「俺?そうそう。この上の方で牛飼ってる。」
「あぁ。そうなんですか?キャンプ場には良く来るんですか?」
夕方に車で顔を出す。疎ましいと思ったわけでは無いが、気になって訪ねてみた。
「あぁ、この時期にはチョイチョイ夕方か夜に顔出してる。ここってビンボーライダーが結構来るから軍資金にバイトでもしないか声掛けてるんよ。」
「へぇ〜。」
彼は顎を撫でながらそう答えた。そこへ。
「今、正に声掛けられてた所っす。」
座っていたもう一人の彼がポツリ。
ライダーであろう彼は食事の合間に缶ビールを一口。座っているのに随分とたっぱがある。立ち上がったら190cm近くあるんじゃないだろうか?
「で、どうするんですか?」
「お金で困ってたら嬉しい話っすけど、今はまだ不自由してないから断ったっす。」
「残念。まぁ気が変わったら声掛けてね。ところで君の方はどうかな?女の子でも十分働ける所だよ。」
やばい。矛先がこちらに!
「私ですか?学生なんでお金は無いですけど、短い休みに旅先でバイトって言うのもちょっと。」
「そっか〜!今日の収穫は無しか〜」
すると彼は、本当に残念そうに声を上げる。
「でもさ。本当に困った時は通りすがりの人でも良いから声掛けな。内地の人はあったかいから!」
「うんうん。」
「解ります。なんだか親切ですよね。」
薫もライダー君も賛同する。
「俺も昔はバイクであちこち回っていてさ。地元は福島なんだけどもさ。こっちで地元の人に助けられて、気に入って北海道に住んじゃった口だから!」
「すごい行動力っすね。」
ライダー君が感嘆の一言。まったくである。
「俺も雨の信号待ちで、歩いてるおじさんに『風呂入って行きな』って声掛けられた事あるっす!」
「だろ!そうだろ!」
「食事も頂いて、一晩泊めてもらったっす。」
眼鏡の彼はうんうん頷きながら(お前もなんかあんだろ?)的な目でチラチラこちらを見てくる。
うむ、仕方ない。
「実は、私も土砂降りの信号待ちで、隣に止まった車の人に千円貰った事があるんです。」
「「それはすごい!」」
二人の声が重なる。
「なんか。申し訳ない感じで言い難かったんですけど。驚いちゃって御礼も言えなかったし。」
薫の声はだんだん尻すぼみに。
「まぁ有り難く頂いとけば良いんじゃない。内地の人は雨の日のライダー見ると、なんかしたくなるんだろ。あれだよ!雨の日に捨て猫見付けちゃった的な?!」
言い得て妙であるが、そんな感じかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます