第12話

神の小池とダート走


薫は裏摩周の駐車場を出て神の小池へ。道道を斜里方面に向かう。暫く峠道を走ると左への林道を見つけた。ノブが言っていた脇道とはこれの事だろう。スピードを落としてからダートに入る。

カムイワッカでダートを走ったもののやっぱりオフ走行は慣れない。浮いてフカフカな砂利と車の轍、そして時折ある大きな穴におっかなびっくり避けながら進む。この林道は薫にはとても走り難かった。

車が来ないのを良い事に、右に左にフラフラと穴を躱しながら進んでいると後方からの走行音に気づいた。ミラーで見るにオフロードバイクの様だ。後ろに付かれたので端に寄って追い越しを促す。いつもならハンドサインの一つも出す所ではあるが片手を離すとハンドルを取られそうで無理だった。ブルーのオフロードバイクが追い越し様手を上げて走り抜けると、乾いた道から凄まじい土埃が立ち昇る。

「グッゴホッゴホッ!」

視界不良になるほどの土煙にむせ返り、たまらずFZを止めた。

「あんなに急加速しなくても良いのに。」

薫はそんな事を一人呟いて視界が晴れるのを待ってから再び走り出した。


たどり着いた小さな駐車場には数台の乗用車とさっきの青いオフロードバイクが停まっていた。ナンバーを見るに釧路だったので地元の人間の様だ。

バイクの傍らに背の高い男の人がペットボトルを片手に立っていて小さく手を振っている。薫は少し離れたところにFZを止めた。

「おっ!女の子だったのか〜」

ヘルメットを脱ぐ薫にオフロードの彼はそんな事を言いながら近づいて来た。青のモトパンツにジャージの林道慣れした感じの男性だ。年齢は40代に見える。

「ええ。そうですよ。」

薫は誇りを叩き落としながら開口一番そんな事を宣う彼に少々憤慨しながら答えた。

「ごめん。ごめん。変な意味じゃ無くて、芸術的な走り方をしてたから見惚れちゃってね!」

頭を掻きながら謝る彼が、下手な薫に嫌味を言っているのかと頭に来た。

「下手くそで申し訳ございませんでしたね。ご迷惑をかけたみたいで!」

「違うよ!そんなん思ってないって!参ったなぁ。」

咄嗟に出てしまった言葉に、彼はペコペコと平謝り。逆に薫はキョトンとしてしまう。

「後ろからちょっとの間見てたんだけどさ〜穴を一つ一つ避けてて凄いなってさ!」

彼は腕を組んでふむふむしている。

「あぁ。あれは穴にはまってハンドルを取られたく無くて‥」

「そうなの?穴の大きさにもよるけど、少しスピード出して真っ直ぐ抜けた方が危なくないと思うよ。」

「そうなんですかね?ちょっと怖くて。」

薫は正直な気持ちを話す。

「真っ直ぐ抜ければ大丈夫。あとフラフラしてると後ろから来る車も危ないしね。」

「!」

そう言えば彼のバイクにも直前まで気付かなかった。道にばかり気が入って、周りやミラーに注意が向いていなかった。

「ごめんなさい。気づかなくて。私周りを見てなかった。」

薫は彼に素直に謝る。

「まぁ、今気付いて良かったじゃなの。事故ってからじゃ遅いかさ〜」

「はい。ありがとうございます。あとさっきは失礼な感じですいませんでした。」

「いやいや!こっちこそ偉そうな事言って悪かったね。こっちじゃこんな林道で事故ると大変だからさ。楽しんで帰ってよ!」

そんな感じでまたフラフラと手を振りながら行ってしまった。

確かにこの場で事故を起こして動けなくなっても、救急車や警察が駆けつけるには時間を要する。

林道の外まで単独で落ちたりすれば、最悪行方不明者の出来上がりだ。

薫は一人旅、十分考えられる。

さっきの彼の言葉が身に染みる。


薫の目の前には大きな池があった。。

オフロードの男性と別れ駐車場からたどり着いたそこには、正に蒼いとしか言えない様な神秘的な池が待っていた。

明るい緑の木々が所狭しと生い茂っていて池の輪郭は朧げだが、池の中心に向かって濃く深い蒼色からコバルトブルー、そして青い色から白へと綺麗なグラデーションで、池に浮いた倒木と底まで見える透明さがその神秘性を底上げしていると思う。

チミケップ湖とは又違う神々しい青。

薫には話し通り摩周湖の青い水がここから漏れ出ていると思わせる神の小池だ。

目と心を奪われ、暫く時を忘れ佇んだ。


帰りのダートは地元の彼が言っていた通り、道の凹みや穴を余り気にせず手前で減速やブレーキをかけずに真っ直ぐに抜けてみる。

軽い衝撃は有るもののFZのサスペンションに物を言わせて走り抜けると、今までの走りが嘘の様に走り易い。目前の路面ばかりに向いていた視界が開けて周りも見える。これならダートも苦にならないかもしれない。

「今まで何してたんだろ?あの人には感謝しか無いわ〜」

ヘルメットの中で呟く。

カーブはまだ苦手だがストレートでは全く走りが変わってしまった。

「これなら林道の先の温泉とかも行けちゃうよう!」

薫は行きとは断然のスピードで林道を走り切った。


大きな穴でビビッたり、曲がれなさそうなスピードでカーブに突っ込んでオーバーランしそうになったのは余談だが、車のタイヤで出来る窪みは車が過減速するコーナーの前後に出来易い。

「なんでカーブの手前に有るの〜?」

それを見越していない薫が悪い。

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