第11話
幻の湖と神秘の湖
「キレ〜イ!何て色なんだろう?!」
薫は今一人、湖の湖畔に立っていた。
チミケップ湖キャンプ場。
陽の光に照らされた湖面は青の様な緑の様な不思議な色をしていて、風に揺れる水面がキラキラと光り輝いている。
低い湖岸の際からも草木が生い茂っていて、まるで浮島の上にキャンプ場乗っかっている様な錯覚を覚える。この湖際にテントを張ったらさぞ幻想的な夜を過ごせるのではないか?そう薫は想像してしまう。
「晴れた日に行きなさいよ!」
そう響子に言われたのを思い出して内心感謝した。
呼人もそうだが、薫は水際が好みらしい。
だが、薫はここにテントは貼らないだろうとも思う。
前の様にツーリングしながら毎日転々としていた時ならいざ知らず、一ヶ所を拠点に連泊する楽さと利便性を知ってしまった今となったら、人里離れたこのキャンプ場は何をするにも利点が無い。
「移動途中に一泊位なら良いかな。でも道がねぇ〜」
一人呟く。
買い物もお風呂も近い呼人キャンプ場が今は丁度良いのである。
一頻り景観を楽しんだ後、どこに行くか一考する。
足寄方面に行ってから阿寒を回るのも良いし、津別峠を通って硫黄山や摩周湖に向かうのも悪くない。が、確か硫黄山と摩周湖は駐車場が有料だったはず。薫は学生という事もあり極力出費はしない方向で旅している。裏摩周の展望台はお金が掛からないはずと思い至った時に、ふっとノブが教えてくれた神の小池の事を思い出した。一説では摩周湖と繋がっているらしいコバルトブルーの池だ。
「よ〜し!今日は不思議な色巡りって事で神の小池に行ってみようかな。」
薫は地図を取り出し道を確認する。津別峠、屈斜路湖から裏摩周で神の小池。距離的にもツーリングにはちょうど良い感じだ。
キレイな湖に後ろ髪を引かれながらも一路、津別峠に向かう事にする。
薫はチミケップ湖のほとりの砂利道をゆっくり走り出した。
湖へ続く道は暫く硬いフラットダートで、少し慣れて来た薫でもある程度は走れた。道がアスファルトに変わり道道とのT字路にぶつかる。右は津別の町に左は北見に、一時停止をし左右を確認する。右には車も歩行者もいないが、左を見ると2、300メートル程先にパトカーがこちらに向かって来る所だった。
少し逡巡の後、ゆっくり進むパトカーの先に道路に出る事にする。右に出て何気にバックミラーを確認すると、今までゆっくり走っていたパトカーの赤灯が唐突に回り始める。
「!?私?」
一時停止もしたしスピードも出ていない。疑問しか浮かばない薫の脳裏に先日の出来事が思い浮かぶ。
いつものように、いつもの4人で夜の無駄話に興じていた時の事。
週末らしく地元の数人が夜の宴会を薫達の近くでしていて、酒を飲みながらバーベキューを楽しんでいた。
夜通し騒ぐ事も無く、早い時間でお開きとなった様で片付けを始めた時に、50代半ば位の男性が一人薫達の方へ声を掛けて来た。
「晩御飯食べちゃったかい?」
どうやら余った食材を分けてくれるらしい。
おじさんが持って来たのは、紙皿に乗った山盛りのお肉とビールの缶にアルミホイルで蓋した物4つ。バーベキューらしく肉野菜炒めと缶で炊いた炊き込みご飯であった。
こんなご飯の炊き方があるのかと感心しつつありがたく頂く事にする。自身もバイクに乗るというそのおじさんが話してくれたのは、このご近所の鼠取りの取り締まり場所やパトカーに追いかけられた時の対処方法だったのだが。
(あの時おじさんは言っていた。赤灯を回したパトカーが追いかけて来た時は、諦めて止まるのでは無く、アクセルを開けろ!と)
咄嗟にそう思い出した薫は、言われたまま素直にアクセルを開けた。
『止まっちゃダメ!だめ!何お行儀の良いこと言ってんの!アクセル開けてコーナー5、6個抜けて見えなくなったらアイツらすぐ諦めるから!』
笑いながら話すおじさんの顔が思い浮かぶ。
「私じゃぁないでしょ!?」
何のために赤灯を回したのかも、ましてや薫を見て回したのかも不明だが、止められて難癖をつけられるのはノーサンキューなのだ。
薫の意志を反映してFZはドンドン加速して行く。今日も私のFZは良い仕事をする。
ガソリンが少し少ないのが気になるものの、予定通り神の小池に向かおう。津別の町を通過して津別峠へ。
パトカーは町にたどり着く前に見えなくなったが、信号で止まるたびに後ろが気になる。だが、ここで信号無視などをするともしもの時に言い訳が出来ないし、スピード以外の違反はしないとの薫のポリシーにも反する。ここはパトカーに気づかなかったで通そう。
町を抜け峠に向かって更にFZを加速させる。警察には守備範囲的なものがあるだろうが、どこまでが管内か薫には判断できないし、それを超えて追わないとも言い切れない。峠を越え屈斜路湖まで行ければ概ね大丈夫だろうと目星をつけて、一路津別峠を登る。
津別峠は狭いながらも舗装はキレイで対向車さえ気を付ければ走りやすい峠で、薫がたまに走るお気に入りの峠だ。峠の頂上には展望台があって、そこから見下ろせる屈斜路湖や硫黄山、その周りを大きな山々が囲む壮大な景色が望める。
いつもは立ち寄って景色を眺め目を肥やすのだが、少々の不安から通り過ぎる事にする。屈斜路湖側の下は道の上まで木々が生い茂っていて、登りより辺りが暗く感じる。道も更に細く曲がりくねり端には落ち葉が堆積している所も少なくない。道路ぎりぎりを走るとスリップダウンするかもしれない。
峠を下り切り弟子屈でガソリンを入れると、スタンドの脇でコーヒーを飲んでやっと一息。
「こんな所まで逃げなくてもなぁ〜たまたまだったのかもしれないし。」
あのパトカーの行動に少し思うところもあるが、さっき決めた気付かなかったという事で考えをまとめる。
弟子屈を抜けると裏摩周まで畑や牧草地以外ほぼ何も無い。薫は予定通り裏摩周に向かった。
摩周湖の展望台は少しひっそりとしている印象だ。以前に行った第1展望台は駐車場もそこへ向かう峠道も結構車が犇めいていて辟易したものだった。
それに比べて今いるこちらの展望台は駐車場も展望台自体も小さくて可愛い感じだ。
バイクを止めて展望台に向かうと、木道で出来た展望台から深く蒼い摩周湖を覗く。
摩周湖はカルデラ湖で展望台はその外縁部にある。右手の淵の緑の中に反対側の展望台が見え、その上に人の姿がある。展望台から湖面までかなりの高さがあって、小さく見える湖の真ん中に更に小さな中島が浮いている。湖面は濃い青色でキラキラと輝いている。
「絶景だね〜」
薫は木で出来た手摺に両手をついて大きく伸びをした。パトカーに追われたドキドキはもう無く、木漏れ日と風が気持ちいい。体重を掛けた時に手摺が大きく軋んでビックリしたのだが、まぁそれはご愛嬌。
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