第8話

呼人の夜と開眼


「ふぅ〜疲れた〜!」

サロマ湖でホタテを手に入れた薫は、真っ直ぐ呼人には帰らずに、湧別、遠軽、北見とグルリ一回りしてキャンプ場に到着した。間も無く日は落ち暗くなり始めるだろう。

買ったホタテは、リアシートに縛り付けた段ボール箱の中に氷の入ったビニール袋と一緒に入っている。これなら傷む事もないだろう。

キャンプ場内をゆっくり自分のテントへ進むと、昼には無かったテントとバイクが増えている。新たに到着したライダー達のものだろう。

ノブは遠くて解らないが響子とザキさんの忍者とGSXは停まっているので二人は居るようだ。薫はFZを止めヘルメットを脱ぐとテントに入り、楽な格好に着替えた。早速買って来たホタテを調理しよう。

「さぁ〜て!始めますか!」

ホタテの入ったビニール袋と小さなまな板と小さな包丁、あとコッヘルのセットを持って流しに向かう。薫の買って来たホタテは貝付きで、先ずは貝から身を外さなければならない。そこは直売所で一緒に買ったホタテ用のヘラを使う。

薫がホタテを1つ手に取り貝の合わせ面に小さなしゃもじの様な金属のヘラをツッコミ貝柱の片側を剥ぎ取ると、程なくして力なくホタテは口を開いた。初めてにしては上手くいった。

15個という数を鑑みて、4つは貝ごと焼いてバター醤油にしよう。残りは刺身とご飯に乗せて丼である。

「キャッ!」

そんな事を考えながらホタテを解体していると、手に取ったホタテが突然パクパクッと動いて、それに驚いた薫はホタテを放り投げた。

生きていたホタテが僅かな抵抗を試みた様だ。時にはきつく貝を閉じヘラの侵入を拒むものもいる。半日バイクに揺られたにも関わらず、案外イキが良い。

多少手間取ったものの、ホタテ達の下拵えを済ませた薫は、米を炊き、帆立を焼いて無事食事の用意を済ませた。

行き当たりばったりではあったものの、好物のホタテの晩餐にありつけた。昼に荷物をまとめて出発していたら移動の途中にホタテを買おうとは思わなかったかもしれない。とも思う。


「うぉーう!豪勢ですな〜」

甘いホタテを味わっているところへ缶ビール片手に現れたのは響子だ。薫の前の小さなテーブルに並ぶホタテ尽くしを、ニコニコと覗き込むその顔は何本か開けたのかだいぶ真っ赤だ。そのまま湖畔の赤段に座り込むと缶の中味をひと口ゴクリ。

「今日は何処まで行って来たん?」

そこにザキさんも缶チューハイとサキイカを持ってやって来た。

「二人はずっとキャンプ場に?」

「すっかり寝てもうたわ〜」

「私は買い物に行っただけだね。」

と、二人。

「私はサロマに行ってからぶらっと回って来ました。これは戦利品です。」

そう答えて焼きホタテをパクリッ。

「なになにっ酒盛り!?混ぜて混ぜて!」

そこにノブも椅子を抱えて飛び込んで来た。当然のように缶ビールも持参している。

「ノブさんは今日何処まで?」

と薫が尋ねる。ノブは椅子を拡げて腰掛けざま缶ビールをプッシッと開けながら。

「俺はカラマツの湯に入って来た!やっぱ良いね〜露天は!」

「カラマツの湯って川の脇の温泉ですよね?気持ち良さそうですね。」

記憶によるに、中標津と弟子屈の中間ぐらいにある野湯だったっけ。薫は脳内マップを思い出す。養老牛温泉の近くの河原に湧く温泉で、地元の方が清掃や管理をしている無料温泉だったはず。薫は一度行ったが結構な賑わいなのに湯船は大きくないので、チラッと眺めるだけで気後れしてしまって入ってはいない。

「一度は入ってみたいんですけど、混んでるとどうも。」

「女の子はそんなんがあって、大変やな〜」

「そうそう!水着着て行っても帰りが大変だしね〜」

ザキさんと響子が頷きながら同意する。

「そう言えば、皆さん此処の連泊は長いんですか?」

薫が単純に気になった事を尋ねると、響子が1週間程、ザキさんは10日程でノブはもう少しで1ヶ月になるそうだ。

その後、他愛の無い話から近くや北海道全般の面白い場所や祭り、美味しいものの話をそれぞれから沢山聞いた。まだ行ったことの無い隠れた名所や行ったところもあったが、どちらにも薫の知らない事、食べ物が数えきれないほどある。

彼らが語ったのはきっと触り程度、それこそ一晩程度では語り尽くせないほどあるだろう。

「あんな〜薫ちゃん。」

宴も終盤、薫が一人で北海道に来始めたきっかけを話した後に、ザキさんが珍しく真面目な顔で話し始めた。

「人間ちゅ〜んは我儘なもんで。いろいろあんねん。十人十色、おんなじもんは無い〜そんなんで馴染みっちゅうても我慢や妥協は当たり前なんや。親しい仲にも礼儀あり言うやろ。」

ザキさんは缶チューハイ一本しか飲んで無い。そんなに酔ってない。真面目な話だ。そんな時はノブも茶化したりしなかった。

「そんなんが出来ん、嫌だ!言うのんがバイクで旅すると、こんなんなんねん。気が合や〜一緒におればいい。嫌になれば出てけば良いし、離れてれば良いんや。自由やし誰も何も言わんよ。」

「それは薫ちゃんもだよ。嫌になったとかじゃなくっても、何処かに行きたいな〜ってふらっと出ていくのも自由!まぁ今となったら一言声かけてね。」

「おんなじ所にいるとさ〜いろんな奴が来るよ。直ぐに出て行く奴とか、2、3日ここからあちこち行く奴。そん中で上手く釣れたのがこれで4人目って事で!ヨロ!」

そう言いながら、宴会はお開きになって、3人は各々のテントに帰っていった。

ザキさんに響子、ノブ、それぞれがソロ旅や付き合い、連泊の考えを薫に語ったのは、きっと同じ波長を薫から感じ取ったに違いない。

周辺の行きたい所や美味しい物や野湯にも行きたい。ここを拠点にあちこち行くのも面白そうだし、朝夕の撤収設営を考えると大分楽ちんだ。

「まずは、温泉か滝かな〜。」

軽くそんな感じでいつもより遅めに寝袋に入る。一人の時は食事の後は本を読むかラジオを聴く位しかやることがなくて、寝るのは随分と早いのだ。


この時、この瞬間から自覚無く魅惑の連泊旅に足を踏み込むのだが、薫はそれがかなり深い泥沼である事を

まだ知らない。

全然、全く、知らな〜い!

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