第3章 ⑩
「まったく、君と言うヤツは…」
本気で怒っている筈だろうに、東藤は落ち着いた声を出す。
ここが病院だったため、真雪はそのまま治療室に運ばれた。すぐに裂けた傷口の縫合が行われ、今度こそ完全に警備を固めた。
「あいつは大丈夫なのか?」
弘毅は心配そうに聞く。そんな弘毅に東藤は大きくため息をつく。弘毅が峻以外の者を心配するなどとは、あれ以来あっただろうか。
「大丈夫も何も、あれくらいでは死にはしない。処置さえ怠らなければな」
知識くらいあるだろうと、冷たく返す。その通りだった。取り乱した自分に今更気づいて弘毅は恥ずかしくなる。
「ま、君のおかげで真雪も、あの程度の怪我で済んだと言えばそうなのだが」
弘毅が駆けつけなければ、真雪は確実にあのクローン人間に殺されていただろう。それを助けてくれた事に感謝するものの、元はと言えば弘毅が不甲斐ないのが原因である。加えて、真雪を治療している合間にちらりと垣間見た真雪の身体に残る朱の跡。
思い出して東藤は弘毅の襟首を掴み上げる。その目は冷たい炎を宿していた。
「貴様、あんな子どもに一体何をした?」
決して大きな声ではないが、迫力は十分だった。しかし弘毅はそんな東藤の様子などお構いなしとばかりに返す。
「あんただって同じだろ。あいつを囲って、いつかはって考えてたんじゃねぇのか?」
「私は…」
言いかけて、東藤は弘毅を突き飛ばす。
「もう帰れ。今日は私が残る」
「冗談じゃねぇよ。あいつは俺の所為であんなになったんだ。のこのこ帰って休めるかよっ」
弘毅の怒鳴る声は大きかった。その声に東藤は眉をしかめて睨む。ここは病院で、しかも真夜中だと。が、弘毅はそんなことを気にすることもなかった。
「今夜は俺がついてる。あんたこそ帰れよ。明日の任務に差し支えるぞ」
言って病室に入ろうとする。その肩を東藤が素早く掴む。
「君にその資格があると思うのか?」
振り向き様に弘毅はその手を払いのけた。
「あんたに関係ねぇだろっ」
「少なくとも今は私があの子の保護者だ。部外者は君の方だ。立ち去れ」
低く、しかし厳しい声で命令する。弘毅は言い返そうとして、先に背を向けられる。
「これ以上同じような愚挙を繰り返すようなら、今度こそこの街から出ていってもらう」
「何だよ、呼んだのはそっちじゃねぇか」
舌打ちして返す弘毅に、東藤の言葉は冷たかった。
「帰れ」
もう一度言い返そうとして、やめた。
こいつに何を言っても分かる筈なんてない。自分の気持ちなんて、他の誰にも。そう思って弘毅もそのまま背を向ける。
それなのに何故あの子は――真雪は弘毅に構うのだろうか。守りたい人がいると言っていたのに、それなのに自分なんかに身体を預けて、慰めてくれた。
何故なのだろうか。そう、まるであの子のように。いつの時も側にいてくれた、弘毅の心に一番近い所にいてくれたあの子――峻のように。
真雪なら分かってくれそうな気がした。昨日今日あったばかりの、素性すら知らない子どもの筈なのに、その存在がひどく近いものに思えた。側にいるだけで、心が温まるような気がした。
懐かしい温もり、そのもののような気がした。
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