第3章 ⑪
人の気配が室内に入るのを感じて、それだけで目を覚ます。
東藤はこの子どもが余程の神経を使って生きていることは、ずっと以前から気づいていた。
「松田さんは?」
入るなり、一番に聞いてきたのが彼の事であったことに、東藤はいささか不満に思う。が、廊下での彼の大声が聞いていたのかもしれない。
「ああ、帰らせた。疲れているだろうからな」
「そうですか」
柔らかな笑みが浮かぶ。その中にどこか寂しげな色が見えた。
「司令官、僕、明日も大丈夫ですから」
静かに発せられる言葉はいつもと変わらず、大怪我をして横たわっているのでなければ、それと気づかないくらいだった。
多少の麻酔は効いているものの、全身麻酔は避けていた。今夜のようなことがあると、却ってその身が危険だと考えられた為だった。
それと同時に、いざと言う時には出撃を命じなくてはならないからでもあった。そのため、彼が感じている怪我の痛みは外見からはまったく計り知れないが、今でも相当つらいものに違いなかった。それなのに、全く平気な顔をする。
痛みを感じない人間なんている筈はない。しかしこの子どもは、まるでそうなのではないかと周囲に思わせる程だった。
「心配しなくてもいい。明日、何かあったらあの馬鹿者をけしかけてやるから」
東藤の冗談のような物言いに、真雪は小さく笑う。
「そうですね。司令官の期待の超能力者でしたね」
「何を言う。私は奴に期待など…」
「僕もそうですよ」
見返す顔はいっそ晴れ晴れしていて、何の心配もないようだった。
「弘毅を信じています。あの人ならきっと大丈夫。きっと」
言って少しだけ頬を朱に染めた。その彼に軽い嫉妬心を覚えながら、東藤は真雪の額に手を伸ばす。
汗が滲んでいた。熱もあるようだった。
「さあ、もう休むといい。クローン人間の事も我々に任せて」
頬をなでるとくすぐったそうに首を縮める。笑う顔が年相応に幼く見えた。
「はい、おやすみなさい」
素直に目を閉じる。
その顔はまだあどけないものだった。
こんな子どもに、この街の、この国の命運を掛けなければならないとは、ひどく残酷に思えた。
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