第3章 ⑨

「嫌いだよ、コウキも君も。でも…」


 僅かに力が緩む。


「すごく恋しい…コウキに会いたかった…」


 暗闇の中では深くて色の分からないクローン人間の目。


「ごめんね」


 苦しい息の下、ようやく出る声。


「みんな僕の所為だから…あの人を許してあげて」


「あの人…? コウキのこと」


 真雪を掴む手に力が入る。


「君は一体何者?」


「僕は…」


 バタンッ。


 ドアの開く音がして、そこへ飛び込んでくる影があった。


「峻っ!」


 弘毅だった。血相を変えて飛び込んで来たものの、病室内の惨状に一瞬だけ動きが止まる。


 次に、クローン人間の手で首を締められている真雪に気づく。


「やめろ、峻っ」


 叫ぶと同時に、クローン人間に向かって駆け寄ろうとする。その弘毅の眼前に向けて、クローン人間は真雪を掴んだままの手を突き出す。


「コウキはボクがいれはいいよね。こんな子なんて、いらないよね」


「バカ、放せよ、峻」


 弘毅はクローン人間に近づく。が、クローン人間はその度に後ずさった。


「ボク、会いたかったよ、コウキに。それだけだったのに」


 弘毅に気を取られたクローン人間の手を、真雪は切れ切れの息の下で掴んだ。途端、血飛沫が飛び散った。真雪の首を掴んでいたクローン人間の手が、手首ごと千切れた。


 ドサリと音を立てて、真雪の身体が床に落ちた。後ずさるクローン人間を見やって、弘毅は真雪に駆け寄る。


 助け起こして、声をかける。


「おいっ、大丈夫か?」


 真雪は目だけでうなずいて、起き上がる。咳き込みながらもクローン人間の方を向く。


「帰してあげなきゃ、元いた場所へ」


 真雪は立ち上がろうとする。が、足が立たなかった。その真雪を抱きとめて。


「お前、こんな身体で…」


「でも僕がやらなきゃ…」


 弘毅の腕の中から再び立ち上がろうとする。その間にクローン人間は自らの腕を再生していった。それはあっと言う間で、それが終わるとクローン人間は黙って近づいてきた。


 弘毅は何度も立ち上がろうとする真雪を止めようと抱き締める。


「来るなっ」


 弘毅の声に、クローン人間は歩みを止める。その彼を弘毅は見上げるようにして。


「峻は…俺の峻はお前じゃない」


 姿形は同じでも、自分を求めてくれてはいても、あの優しかった峻はそこにはいなかった。ただ冷たく見下ろしてくる目があるだけだった。


 その弘毅の腕を真雪が強く掴む。


「でもそれは彼の責任じゃないよ」


 顔を上げてクローン人間を見やる真雪の横顔は、ひどく悲しそうだった。その表情に、クローン人間は後ずさる。


「違う、ボクがホンモノだ…」


 まるで真雪を恐れるように、クローン人間はそのまま窓を打ち破って外へ飛び出した。弘毅は後を追おうとして、真雪にそれを止められる。


「一人じゃ、無理だよ…僕が…」


 言いかけて、真雪はそのまま気を失った。


 ぐったりと首を垂れ、見ると、肩からは包帯から滲んだ血がしたたり落ちていた。


「おいっ、真雪?」


 身体が、火がついたように熱かった。



   * * *



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る