第2章 ④

 絶句する。言葉にならなかった。


「施設で封印していた時には何の糧も要しなかったのだが、外へ出た途端、人肉をエネルギー源として活動するようになった。放ってはおけまい」


「クローン体は正常な細胞分裂を経ずに人の身体に成長しました。その間に、染色体異常を来したものと考えられます」


 東藤の言葉を受けて、秘書が冷静な表情のまま続ける。


「一日に一人、年間365人余。その上に先程のような被害を伴います。政府の最高機密事項の漏洩(ろうえい)も恐れ、S-01を消滅させることが上層部で決定されました」


 その言葉は淡々としたもので、弘毅にはどこか別の世界の話のようにも聞こえた。ただ、「消滅」と言う言葉だけが鮮明に聞こえた。


「俺に、それをしろと?」


「あのクローン人間を倒すのは、あれを作った君にしかできない。そうではないかね?」


 多分、その通りだった。しかし。


「あれは峻だ」


 弘毅は呟くように言う。峻の魂をこの世に留める為に、峻の為に作った峻の身体だった。そこに峻の脳を移植しても、その魂を宿らせることはできなかったが、昨日会った彼は弘毅を求めていた。


「峻君は、もういない」


 東藤が低く言う言葉に、弘毅は身を震わせる。


「それに他の誰にさせることをも、君は望まないだろう?」


「それは…」


 だからと言ってできる訳もない。あのクローン人間は峻でないと納得していても。


 返事を返せない弘毅を、辛抱強く待つ時間は東藤にはなかった。東藤は少し身を乗り出して続ける。


「君にはこれまで十分な時間があった筈だ。自分の犯した罪を認めるだけの時間が」


 うつむく弘毅。


「もう13年だ」


 年月が与えてくれたものは、峻のいない生活を思い知ることだけだった。クローン人間とは言え、峻を葬ることなんて自分には到底できなかった。


「まだ15になったばかりだったんだ…」


 くぐもる声。


「子どもの頃から力の所為で親にも忌み嫌われて、ここに来た時は身体中、アザだらけで…。楽しいことだって、うれしいことだって、何一つ幸せを掴めないまま死んでいったんだ、峻は」


 握り締めた両手が震える。


 何よりも、何よりも大切だった存在。それを失った悲しみはいつまで経っても癒えることはなかった。


「だから、自分の幸せを掴むことすら拒否し続けているのか」


 口調は変えないが、弘毅を見やる東藤の眼差しは厳しかった。


「自分が不幸になれば、峻君が報われるとでも思っているのかね? 不幸ごっこも大概にしたまえ」


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