第2章 ③

 座ってから、弘毅はチラリと真雪を見やる。彼はじっと弘毅を見ていて、目が合ってしまう。思わず睨む弘毅に真雪はにっこり笑顔だった。


 舌打ちして、弘毅は足を投げ出して座り直す。


 やれやれとため息なのは、東藤だけではなかった。


「それで、俺をこんな所まで呼び出して何の用だ?」


 あらかた見当はついているが、それでも素知らぬ顔をして聞いた。


 昨夜一晩考えた。


 あのクローン人間を弘毅に何とかしろと言うのなら、彼を連れて行こう。そしてもう一度、峻を取り戻そう。何としてでも。そう決意した。


「大方察しはついているのであろう、弘毅」


「さあて、何のことだか」


 弘毅は、明後日の方向を向く。足を組んで、両手はソファの背もたれに乗せ、ふんぞりかえってみせる様は、どう見ても東藤の話をまともに聞くつもりはないようだった。


 と、いきなり横から伸びてきた手に耳を引っ張られた。


「いてててててっ」


 振り返ってその手を払う。それは正面に座っていた筈の真雪だった。


「てめーっ、何しやがるっ」


「上司相手にその態度はないよ」


 怒鳴りながらも、平然とした顔で弘毅を諭す。弘毅はムッとするが、相手の方が正しいと、悔しく思いながら少しだけ居住まいを正した。


 そんな二人のやり取りに東藤はどこか苦い思いを感じる。その正体が何なのか掴もうとする前に弘毅が口を開いた。


「峻を捕まえろって言うんだろ、俺に。んで、また封じ込めるのか?」


「いや」


 東藤はもうひとつの一人掛け用の椅子に座して、一呼吸置く。


「実験体S-01を消滅させる」


「な…っ!」


 弘毅は思わず息を飲んだ。


「既に多くの犠牲者が出ている。これ以上保護することはできない」


「犠牲者?」


 聞き返す弘毅に答えたのは、今まで黙っていた秘書だった。


「昨日の列車襲撃事件を含めて現在まで死者89名、行方不明者29名、その他重軽傷者数百名にのぼります」


「死者89名…?」


 その数の多さに、弘毅は驚く。その彼に東藤が冷静に告げるのは更に酷い事実だった。


「問題は行方不明の29名だ。瓦礫の下敷きになって発見できていない者も含まれているが、その大半はあの実験体の食糧になっている」


「…っ!」

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