5. 隣の飲み屋

「いらっしゃいませ」

「今日はおにぎりもどき。具は、おまかせで」

志井しいさん、座れますか…?」

「はいっ」

 店主からは、俺の声だけしか聞こえないんだけど。

 声だけで俺だと気付いてくれるくらいの常連ではある。

「よっこい、しょっ」

「改めて、いらっしゃいませ」

 飲み屋ココの店主・日方ひがたさんは、いつも素敵な笑顔で出迎えてくれる。

「今日は、おひとりですか…?」

「いや、後で須貝すかいも来るよ」

 須貝のことになると顔色が変わるのは、いつものことで。

 とても冷ややかな目で、俺を見つめる。

「デート、ですか…?」

「単なる外食ですけど…?」

 デートなんて発想がブッ飛んでて、須貝のこと今でもよく想っているのだと少し笑った。

「日方さんが想像するような関係じゃないから、安心して」

「でも、雪之丞ゆきのじょうは誤解してますよ…」

 日方さんは俺から目を逸らして、レンガ仕様の壁紙をじっと見つめる。

「雪之丞に、甘えないでください」

「甘えてません」

「雪之丞…?」

 そう言って日方さんの視線が出入り口に向かうので、何となく追ってしまった。

 そして、激しく出入り口が開き、

「志井さんっ!」

 来たのは確かに、

「須貝…」

「雪之丞…」

 須貝 雪之丞 もとい、バイトくん だった。

「今日は、ご飯当番じゃないですかっ!」

飲み屋ココに来いって書き置きしただろ…」

 24時間ずっとバイトくんと一緒だと滅入る。

「志井さん、帰りますよ…」

「帰りませんよ…」

「日方さんは黙っててください」

 日方さんが俺より先に言うから、ますます怒ってる。

「お前とずっと居るとツラいんだと…」

「わかってますよ」

 やっぱり、ココロの声が聞こえているのか。二人とも。

「聞こえてない」

「聞こえてませんよっ」

 やっぱり…。

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