第17話 鍛冶屋の息子・マックスの困り事



 マックスは、つらつらと現状を話し始めた。

 

 纏めると、彼の父親は主に包丁や鍋などの鉄製キッチン用品や、出入り口などに置く金属製のコート掛けなどの『人々の生活に寄り添った物』を作っている鍛冶師らしい。

 作ったものは定期的に商人に直接売りに行き、生計を立てている。

 その時々の価格交渉によって値段に変動があるため、基本的に一定額になるらしいが、前月よりも高く売れたり低くなってしまったりするのが通常なのだとか。


 そんな中、とある商人が父親の腕を見込んで専属契約を持ち掛けられたらしい。


「在庫を多く持つのを嫌う商人が多いですから、持ち分が売れていない商人に当たると、売り先を数個梯子しないといけないんです。そういう面倒が無くなるだけでも、僕たちからすれば嬉しい話だったんです。その上『腕を見込んで』との事だったので、父も喜んで。それで契約まではトントン拍子に進んだんですが……」

「問題はその後起こった、と」

「はい、全くその通りで」


 そう言って、彼は視線を自分の手元――机の上で組んだ指にスイと落とした。


「契約書の文言はこうでした。『商人が依頼した品を、父が作る。その代わり依頼によって父が作ったものは必ず、定額で商人が買い取る』。他のにも文言はありましたが、今問題になっているのは、正しくその部分です」


 それを聞く限りではただ単に『商人が欲しいものを作る約束』と『作ったものは必ず買い取るという約束』が為された、真っ当な話でしかない様に思えるのだが、一体どこがダメなのだろう。

 

 そう思って思わず首を傾げると、マックスがすぐに答えをくれた。


「その契約に基づいて、商人は商品を依頼してきました。が、私達は少し勘違いをしていたのです。まさか父が好んで作っている飾りっ気の無い代物に、飾り彫り付きのものを注文されるなんて、思ってもいない事でした……」


 父の商品を見て声を掛けてくれたのだから、きっとそうに違いない。

 そう信じて疑っていなかったのだと、彼は言う。


「それでもこちらには良い話だし、契約はもうしてしまったんだし。だから僕は『とりあえず一回やってみれば?』と言ったんですが、うちの父は職人気質で、頑固なところがある人で、『これまでずっと飾らないものを作って来たのに、今更そんなッチャラチャラした事が出来るか!』と……」


 そこまで聞いて、俺は「あぁ」と納得する。


 

 つまり、商人は客のニーズや付加価値を見込んで、飾り彫りがされた商品が欲しい。

 対するマックスの父親は、物そのもので勝負したいが為に『飾らない』という自分のスタンスを曲げるつもりは無い。

 そこに意見の対立があって、どちらも折れる気配が無い。


 どうやらそういう事らしい。



 契約条件を見る限り、分は商人側にあるだろう。

 

 確かに商人側も言葉足らずではあっただろうが、契約不履行の原因は、自分の主義ポリシーを守るあまり約束であるモノづくりをしないマックスの父親の方にある。


 が、職人としての想いが分からない訳でも無いし、むしろそのこだわりこそが職人を職人たらしめるものでもある様な気がする。

 気持ちとしては、マックスの父親を助けてやりたい。

 

「僕としては元々いい話なんだし、多分相手も騙そうとしてた訳じゃないだろうし。何よりも父の実力を認めて声をかけてくれた人だから、出来れば上手くやって欲しかったんですが、言えば言うほど意固地になって……」


 なるほど、確かにそうなるだろう。

 似たような人は王城にも何人か居たが、そういう人たちに限って仕事をさせれば素晴らしかったりするので地味に質が悪いのだ。


「……先日遂に商人側から『もう待てない。そろそろ作るか、違約金を払って契約を破棄するかを決めてほしい』と言われてしまいまして。いわゆる最後通告というやつです。しかしうちは、父子二人でやってるしがない鍛冶屋。作ったものを売りに出ていた母親を数年前に亡くして以降は、特に売り上げが落ち込んでいて。その上違約金を払ってしまえば、経営状況的にかなり厳しくなってしまいます」


 そう言うと、彼はまるで身を切る痛みに耐えるように、歯を食いしばって自身の拳をギュッと握る。


「つまり、今回の依頼は『最悪、違約金を払わずにどうにかしたい。可能ならば利になるだろう契約それ自体を何らかの形で継続させたい』という事ですか?」


 最終確認を込めて今回の依頼の主旨を改めて彼に聞いてみる。

 と、彼は「こちらの要望のみを言うのなら、全く以ってその通りです」といったものの、こんな風に言葉を続けた。


「が、それ程世の中……というか、商人が甘くないのも知っています。ですから可能な限り違約金の減額が出来ればと……」


 決して高望みはしない。

 そう言った彼の声には、明らかな諦めが灯っていた。



 彼はきっと「父親が折れる筈が無い」ともう見切りをつけたのだろう。


 が、俺としては、まだそうとは言い切りたくない。


「分かりました。じゃぁ当事者の二人にそれぞれ話を聞いてみましょう」


 彼の話を聞く限りは両者の決裂は免れないように思えるが、そんな時に何とかできる可能性を提示するのが『調停者』だ。


 だれが諦めても俺だけは「話してみなけりゃ分からない」と信じないといけないような気がしている。

 

「とりあえず、お父さんとその相手の商人さん。彼らとそれぞれ一対一で話す機会を作ってくれませんか? 彼等の声を直接聞いてみたいんです」


 こうして俺の初限定依頼が本格的に始動していく。


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