第18話 鍛冶屋としての欣嗣と気持ち
まず先に都合がついたのは、マックスの父親の方だった。
翌日に再び彼の家へと出向いてみると、すぐ隣に作られている扉の方へと通された。
居住区と同じ石造りのその建物の中に入ると、ムワッとした熱気が押し寄せる。
途端に汗が迸ったが、俺は至って冷静だ。
「『
使ったのは、己の体への熱耐性魔法。
覚えたのは確かレングラム率いる王国軍による魔物討伐の遠征で火山地帯に行った時だ。
確かその時、早々に熱さにへばった俺を豪快に笑った彼が、この魔法を教えてくれた。
その時に「しかしな、アルド。ちょっとの事で使っているといつまで経っても体が環境に慣れないぞ」と言っていたが、俺としてはこれから鍛冶に邁進する訳でも無し。
一度くらいの事なら少しばかり、楽をしても良いだろう。
そう自らに言い訳をして、すかさずこれを掛けた形だ。
そのお陰で、完全にとまでは行かないが我慢できるくらいの大気温度だと感じる事が出来るレベルまでどうにかなった。
室内には、カァン、カァンと鉄を叩く金槌の音が響いている。
部屋の奥になる炉にはメラメラと火が燃え盛り、その前で一人の職人が一心不乱に仕事をしていた。
王城にもたまに居たが、仕事人というのは総じてチャチャが入る事を嫌う。
特に相手は頑固だと言っていたから猶更だ。
会話を交わした事が無く、まだ恩恵も発動していない。
しかしそれでも俺の直感にも似た経験則が、誰に言われるでもなく静かに彼の仕事の終わりを待たせた。
どれくらい時間が経っただろうか。
まだ原型だった鉱石がすっかり包丁へと様変わりしたところで、彼はやっと手を止めた。
水桶の中に包丁の刃を入れると、小さくジュッという音がする。
赤かった刀身はすぐに冷めて、あとは柄さえ付いていれば、本当に店頭に並ぶ包丁だ。
出来たソレを置いて、彼は「ふぅ」と息を吐き、振り返って少しギョッとする。
「……お前、いつからそこに居た」
「その包丁が少し凹んだ鉱石だった時くらいからです。本当ならば早めに挨拶をすべきかとも思ったのですが、職人の邪魔をしてはいけないかと思いまして。しかし実際に見ていると、少しずつ出来上がっていく工程がとても美しくて興味深かったです」
実はコレが、俺にとっては生まれて初めての鍛冶風景を近くで見る機会だった。
だから打つ度に、必ず、しかし少しずつ変化していくその様を「面白い」と思った事それ自体は、ただの正直な気持ちである。
それが実際に仕事人が大切にしているだろうその仕事を素人なりに褒めた形になり、結果的に相手に良い第一印象を与えるに至ったのは偶然だ。
俺の言葉に、マックスとは正反対のずんぐりとした如何にもドワーフといった感じのその男は、鼻を大きくフンと鳴らした。
しかしその一見相手を邪険にしたような行動とは裏腹に、彼自身からはそれ程の近寄り難さを感じない。
それどころか、彼は「まぁいい」と言った後、振り返りもせずにこう言った。
「その包丁は刃研ぎも持ち手の処理もまだだ。こっちに完成品がある」
それ以上は何も言わずに、彼の背中は穴倉のようにぽっかりと口を開けたままの部屋へと消える。
しかしそれが「付いて来い」と言っているのだという事が、俺にはちゃんと読み取れた。
彼がパチンと入り掛けに電気を付けた隣の部屋には、何十個もの木箱があった。
4畳ほどの部屋の壁際に4段積みされた状態で、部屋の三分の一を占めている。
あとのスペースの内の半分が、人が通れる通路になってて、もう半分――積み上がった木箱の反対側には彼の作品が並べられていた。
「たまに、物好きがここに買いに来る」
ボソリとされた説明に、俺は「ほぅ」と息を吐いた。
飾られているのは、マックスが先に申告していた通り、キッチン用品を始めとしたものの他に、冒険者が持っているナイフのようなものもあった。
しかし少し、俺が持っている物とは違う。
「……これ、持ち手も金属なんですね」
金属の刀身に木の束をはめ込むのが主流な中、金属特有の丸いカーブを持つ柄先の角に、鋭い刀身。
しかしそれだけじゃない。
一緒に飾られている鞘までもが、一体どうやったのか、金属で作られている。
それらが頭の上の豆電球の暖色に照らされて、自慢のシンプルな銅色や鈍色のボディーを顕わにしているその姿は、何だかとても誇らしげだ。
「シンプルだけど、だからこそ完全な品質勝負。そこにこそ、ソルドさんの職人としての欣嗣を感じます」
嘘じゃない。
宝剣・名刀の類は王城に居た時に何度も見た事があるが、下手をするとソレにさえ劣らない仕事だと言っていい。
ただの包丁やナイフなのに、だ。
こうして見ると改めて、物の良し悪しを測るものさしは、ゴテゴテに飾り付けた宝石や細かい彫刻だけではないと改めて思い知らされる。
そんな気持ちを込めての一言だったから、おそらく気持ちが言葉に乗ったりしていたんだろう。
これまた鼻をフンと鳴らし、マックスの父・鍛冶師のソルドは唸る様にこう言った。
「そう。お前さんの言う通り、飾りを付けないのが俺のスタイル。譲れない決まり事だ。それを『俺の実力に惚れた』と言っておきながら『破れ』と要求してくるのだから、許せる筈が無いだろう」
仏頂面で語られた唐突なその声は、おそらく俺の本題に対する答えである。
見れば、深い皺が刻み込まれた目尻の先の燃えるような赤い眼光が「今日はそれを聞きに来たんだろう?」と静かに俺に問うてきていた。
マックスからは「アルドさんの訪問は前もって伝えたのですが、もしかしたら話半分で聞いていて覚えていないかもしれません」などと言われていたが、どうやらちゃんと頭に入っていたようだ。
話を聞いた当初の感触では、彼が既に契約への関心を失っている可能性もあると見ていた。
もしそうなら、新たな関心事を探さねばならないかと思っていたが、先の一言ソレだけで、俺がここを訪れる件、ひいてはその先にある契約云々の件に対する彼の関心の高さが窺える。
どうやら懸念は杞憂だったようだ。
だから俺はもう一つの懸念材料の有無を確かめる。
「デュラゼルさんも、ソルドさんの仕事に惚れていると思いますよ」
でなければ、わざわざソルドさんに指名で話を持って来る筈が無い。
そんな憶測を彼に投げかければ、彼は一言こう言った。
「……本当にそう思って言ったのか、今となっては分からんがな」
紡がれたのは、吐き捨てるような声だった。
しかしそこに、俺の中の恩恵が揺れる想いを感じ取った。
ただそれだけで俺は一つ、極々小さな光明を見つけた気持ちになった。
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