第15話 クイナの虎の子
エルフさんは、キャロという名前の人だった。
おっとりとした話し方をする人だが、その印象通りにゆっくりと丁寧に仕事内容を教えてくれる。
どういうミカンを収穫するのか。
そして、どうやって収穫するのか。
収穫した後、どうやったらいいのか。
ちゃんと順序立ててくれたお陰で、クイナも難なく仕事内容を把握できた。
そして今。
「チョッキンして、そーっと。チョッキンして、そーっと……」
クイナは尻尾をフヨンフヨンさせながら、楽し気な背中でお仕事中だ。
ちゃんとキャロの言葉を守り、鋏でぱちんと収獲したミカンを瞑れないように優しく箱へと入れる。
俺はそうやってキャロさんとクイナが収穫したミカンの入った籠を運ぶ。
俺にはクイナやキャロさんみたいに、採集系の恩恵は無いからな。
その代わり、出荷用の荷車へと籠を積む作業を自ら買って出たのである。
「クイナ、どうだ? ちゃんとやってるか?」
仕事の合間にそう尋ねると、元気のいい「うんなの!」という声が返る。
「キッラキラのオレンジ色を収穫するの、楽しいの!」
そう言われて持っていた籠を見下ろせば、確かにクイナの言う通り、陽光を真っ直ぐに受けた瑞々しいミカンは、キッラキラのように見えるし、小ぶりな実なのでまだ手の小さなクイナでも思いの外楽に収穫できるようだ。
俺としては鋏を持たせて怪我をしないかというのがちょっと心配だったが、見ている限りは大丈夫そうだ。
完全なる刃物では無いのでナイフよりは危険性が少なそうだし、万が一怪我をしてもクイナには一つ新たに教えた事がある。
「この木はもう、終わりなのー! ……ん?」
「どした? クイナ」
「キャロさん、頬っぺた切ってるの」
「えぇ~?」
「……あぁ本当だ。どっかで擦りでもしたんですかね」
クイナの言葉でちょっと注力してみると、白い肌にスッと一筋赤い線が入っている。
俺達のちょっと心配そうな反応に対し、キャロは変わらぬのほほんさで「全く気が付かなかったよぉ~」などと言っている。
毎日農作業をしているキャロには、もしかしたら擦り傷切り傷の類は日常茶飯事なのかもしれない。
が。
「手当てするの!」
「うん、それが良いな」
「えぇ~、大丈夫だよぉ~?!」
口々にそう言った俺達に、両手をブンブン振って「そこまで大事じゃないしぃ~」などとキャロは言ってくるが、俺は気にせずクイナを呼ぶ。
「試しにアレ、やってみろ」
「うんなの! 頑張るのっ!」
耳をピピンッと立てながら胸の前で両手ムンッと握ったクイナは意気込み十分。
キャロの頬に手をやって、息を吸ってこう唱えた。
「『光を癒せ、
その瞬間、クイナの中で練り上げたらた魔力が彼女の手を伝いキャロの頬でポウッと小さな光を放った。
その優しい光に、キャロはゆっくりと目を見開く。
しかしその光もすぐに消えた。
キャロの頬の赤い線もすっかり消えて、クイナは満足げに胸を張る。
その成果に、俺もかなり満足だ。
この初級の光魔法は、俺がクイナに教えた虎の子の内の一つだ。
『水球』魔法と並行で教え始めた者なのだが、水魔法よりもよほど適性があったようで、すぐに習得してしまった。
だからそれ以降はずっと威力を高める修行をしていたのだが、例え擦り傷だったとしてもほんの2、3秒で治癒できたのは魔法初心者かつ8歳の子供にしては素晴らしい成果と言っていい。
もしかしたら骨折くらいなら、時間を掛けさえすればもう直せてしまうかもしれない。
これほどの才能だ。
いずれ中級・上級と覚えていけば、それなりの術者になるだろう。
今後の魔法の方針としては、身を護る術を教える他はやっぱり長所を伸ばすのが良いか。
心の中でそう独り言ちながら、俺は二人に目を向ける。
「クイナちゃん、凄いですねぇ~。ありがとうございますぅ~」
「どういたしまして、なの!」
そう言って笑い合うこの二人ならきっと仲良く出来るだろうと、俺はただ素直に思えた。
とりあえず、ここに来たそもそもの理由。
『クイナが嫌な目や危ない目に遭わないか』については、これでクリアと言っていい。
ふわりと微笑んだキャロの顔に、俺は思わずドキッとした。
元々キャロの飾りっ気の無い雰囲気におっとりとした感じは、俺のタイプと言って良い。
それに加えてエルフだけあり、顔の造形それ自体も良い。
例え出会ったばかりでも、そんな彼女の笑顔である。
ドキッとしない訳はなく、意識しない訳もなく、そりゃぁもう俺の胸は大きく飛び跳ね――。
「しかし少し情けなくもありますかねぇ~、男なのに年下の女の子に助けられるとはぁ~」
「……え?」
思わず俺は聞き返す。
え、今何て言ったんだ?
「どうしましたぁ~?」
「キャロさんって……男?」
思わずそう尋ねると、彼女……否、彼は「はいぃ~」と眉尻を下げて答えてくれた。
が、腑に落ちない。
「え、だってその服は」
確かにキャロはこれまで「男だ」とも「女だ」とも言わなかったが、小花柄の服を見れば誰だって女だと思うに決まってる。
すると彼は服を摘まんで「あぁコレは、お祖母ちゃんのおさがりでぇ~。まだ使えるので捨てるのもどうかと思って使ってるんですぅ~」と言い、ヘラリと笑った。
「じゃぁ本当に……?」
「はいですぅ~」
俺はもう、ガックリだ。
はぁ……せっかくタイプの子に出逢ったと思ったのに。
思わずそう思ってしまうが、こればっかりは誰に非がある訳でも無い。
勘違いが起こした事故だ。
むしろ今日の内に気付けて良かった、と思った方が良いのかもしれないし。
などと思った時だった。
キャロが「あ、もしかして」と言い、困ったような顔になる。
「男だとクイナちゃんを任せるのには不安ですかぁ~……?」
相変わらずの間延びした声ではあるし、ついでに言うとこちらを窺う感じが絶妙な上目遣いでどうしようもなく可愛らしくって、思わず頬にカッと血が昇り「うっ」と仰け反りそうになってしまう。
が、それでも残念そうなのが如実に分かってしまうだけに、嬉しくあるのも事実である。
だって、ただそれだけで彼がクイナの事を仕事仲間として既に受け入れてくれていると分かるのだから。
――これなら一層、クイナの事を大切に扱ってくれるだろう。
王太子だった頃に鍛えられた『相手の顔色を読む洞察力』が、俺にそう伝えてくる。
となれば、俺としては答えなんて一択しかない。
「いえ、むしろよろしくお願いします。色々と迷惑を掛けてしまうと思うけど」
「はいぃ~。こちらこそ、責任を持ってクイナちゃんをお預かりしますぅ~」
片眉を上げながら笑ってそう伝えれば、彼は安堵の柔らかい笑みをまっすぐ見せてくれたのだった。
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