第14話 登録完了、そしてクイナの初仕事。



 俺だって自分の好きな事をやってるのだ。

 彼女にだけ我慢させるような状態は、出来れば避けたい。

 となれば、一番良いのは


「『豊穣』の登録を『採集』として登録するっていうのは出来ませんか?」


 元々『豊穣』は『採集』以上の事が出来る。

 「ギルドとして適切な仕事の斡旋をする」という主旨に則っても、下位互換にするのなら十分許容範囲内だと思うが――。

 

「ギルドの規定でどうしてもそれは無理なのです。『虚偽の登録』には厳しくて……」


 なるほど、ギルド的にはどうやらこれは、虚偽の登録になってしまうらしい。

 

「すみません」


 そう言って頭を下げたミランを見るに、きっと前にギルド内で協議した事のある内容なのだろうと察せられた。

 

 多少融通が利かない気もするが、組織なんてそんなものだ。

 王城で、王太子という権力を持っていても尚、組織の窮屈さを感じた事なんて一度や二度の事じゃない。

 そもそも彼女のせいではないのだから、これ以上彼女に言い募るのも変な話だ。


「分かりました。じゃぁクイナのは全部登録しておいてください」


 俺がそう伝えれば、クイナは耳も尻尾もピンッとさせて喜んで、ミランは不安そうにこっちを見る。


 彼女が抱く不安そのものも、その不安がクイナを思ってのものである事も、俺は良く分かっている。

 が。


「大丈夫ですよ、ミランさん」


 そう言って、俺はニッと笑う。


「実は秘策があるんです」




 こんな感じで俺達は、恩恵の登録を無事に済ませて依頼書を見せてもらう事にした。


 それから2日後。

 俺達は今最初の依頼で、町外れの山に来ている。


「木、いっぱいなのー! 実、いっぱいなのぉ~っ!!」


 叫ぶように言った彼女の言葉の通り、ここは木と実が沢山ある場所。

 つまるところ『果樹園』だ。



 今日は俺じゃなく、クイナに適性のある限定依頼を熟しにここまでやって来た。

 と。

 

「なんか用かなぁ~? 君たちは」


 クイナの声に気付いたのだろう。

 ちょっと遠くからそんな声が聞こえてくる。

 

 見れば向こうに麦わら帽子を被った人影が立っている。

 

 ――どうやらこちらをきちんと視認出来てるようだ。

 何となく感じながら、俺は「あのー」と声を張り上げる。


「冒険者ギルドの『限定依頼』で紹介されて来たんですけどー」

「あぁそうかぁ~」


 見た目……というか服の感じで年配の人を想像したが、すぐに返事が返って来た。

 どうやら少なくとも目と耳は良いらしい。


 などと思っていると、一拍置いてこんな風に言葉が続く。


「でも確か来るのは一人だって聞いたと思うけどぉ~」


 その通りだ。

 ギルドでもそういう話だったし、実際にそのつもりでここに来ている。

 が。


「俺はこの子の保護者なんですー。それで、この子がここに慣れるまでは、見守りがてらお手伝いをさせていただければと思うのですがー」

「なるほどぉ~、そっちの子が『採集』持ちなのねぇ~?」


 そう。

 俺は今回、クイナ一人の初仕事がどうしても心配でついてきちゃった、ちょっと過保護な保護者。


 しかし仕方が無いだろう。

 もし相手方に迷惑を掛けたら申し訳ないし、クイナ自身に何かがあっても困る。

 一応自衛のすべを持たせているとはいえ、出来る事なら怖い目や心細い目には合わせたくない……というのが親心というものである。


 

 とはいえ、だ。

 流石に相手方に迷惑を掛けてまで居たいとは思わない。


 実際クイナには『直感力』という恩恵があるから、根が悪い相手や危険は『虫の知らせ』という感じで事前に察知できるだろう。

 そういう意味で今日の俺は正しく過保護だ。

 断られたら大人しく帰ろうとは思っている。


 が。

 

「もちろん報酬は要りませんのでー、もしよければー」

「本当にいいのぉ~? 人手があれば僕も助かるよぉ~」


 どうやら大丈夫という事らしい。

 ちょっとホッとしながら人影の方へと歩みを進める。


 と、先に走りだしていたクイナが一足早く、その人影の元へたどり着いたようである。


「クイナなの! 頑張るので、よろしくお願いしますなのっ!」

「おや、挨拶出来ていい子だねぇ~」


 そんな会話が小さく聞こえる。

 


 クイナの『直感力』はどうやら彼女を拒絶していないらしい。

 まずその事に安堵しながら、俺もやっと追いついた。


「アルドです、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくぅ~」


 そう言った彼女は、間延びしたその喋り方と同様に、見た目からもおっとりとしたイメージを受ける。

 肩口まで延ばされたおかっぱの髪にエルフ耳、背は俺より少し低くて女性にしては少し低いアルトが耳に心地良い。


 一つ驚いたのは、服装のチョイスのわりに思いの外若い事だ。

 もちろんエルフかその血が入っているのだろうから見た目=実年齢という訳じゃないかもしれないが、少なくとも小花柄の長袖上着に少しダボッたいズボンの裾をインした長靴。

 作業用の手袋に大きなつばの麦わら帽子となれば、年齢層は必然的に高く見える。



 手も足も首も出ていない衣装は、おそらく体を農作業のアレコレから守るためなんだろう。

 その点は冒険者と同じ留意点なので何となく分かるが、デザイン的にもっとどうにかなりそうなものを。

 流石の美形種族・エルフなだけに、勿体ない……が、いやちょっと待て。


 これはこれでアリかもしれない――なんて事を思っている内に、彼女は仕事について説明し始める。


「やって欲しい事自体は簡単なんだよぉ~。木になったこのミカンを収穫していくんだぁ~。ただし全部商品として出荷するから、採り頃のものを丁寧に収穫してほしくってねぇ~。とりあえず一通り教えるから見ていてねぇ~」

「はぁいなのー!」


 という事で、とりあえず思考はそっちに集中。

 お手伝いでも、俺だって今日はお世話になるのだ。

 ちゃんと聞いておかねばなるまい。


 こうしてクイナの初単独仕事『エルフさんの所の果樹園で収穫作業をお手伝い』は緩ーく始まったのだった。


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