長袖少女の夏

ことばしおん

第1話

夏は嫌い。暑いし汗をかくし、日焼けもするけど一番の理由はそんな小さなものじゃない。


夏は私が目立つの、だから嫌い。


別に夏の暑さにあてられた男たちが涼しげな私のもとに集まってきて目立つわけじゃないからね。


夏の私は周りとは違うらしいの。

不意に知り合いと出くわしたときも


「なんて格好してるんだw」


みたいな反応をされる。


夏なのに長袖を着ている私が悪いのは当然なんだけど……。


私は半袖を絶対に着ないって決めているから奇妙なものをみるような目をされるのはもう割りきってる。


でも、不快な気持ちになっちゃう。


だから夏は嫌い、大嫌い。



🎵~


特徴的なアラームの音でいつも通り私は目を覚ました。


時計を確認しなくてもアラームの設定時刻で時間は分かっているのだけれど時間を確認するのがいつもの私スタイル。


7時、ぴったりだ。


寝室のカーテンを開け、外を覗くと私の気分とは対照的に太陽が元気そうに昇ってきている。


ため息を深く吐き、暗い気分をリセットした私は高校の制服を取り出した。


確か今日は6月1日だから衣替えの日だ。


私はブレザーとネクタイをクローゼットに戻して見た目と反して重く感じるYシャツとスカートを身につけ、リビングのある一階へと降りていった。



「あいつマジでふざけんなよ」


一階のリビングでは母親が顔を真っ赤にして台所に立っていた。


多分昨日夜ご飯を作った父親が使った調理器具を片付けなかったため、母親は怒り狂っているのだろう。


「どうしたんですか」


「パパが昨日の料理の後始末をしなかったからやらないといけないんだよ」


やった、当てた。私って天才かな?


怒りをぶつけるかのように、フライパンを強くこする母親。


どうやら昨日のしょうが焼きの油汚れもしつこそうだ。


「こうきは今日どうするんですか」


その私の質問に母親は顔をしかめて深くため息を吐いた。


「まだ降りてきてないよ、あのクズ野郎。学校に行くにしても行かないにしても言わないと連絡できないっていつも言ってるのに。…てか彩花の学校は今日から衣替えだよね、長袖はみっともないからやめなよ」


みっともない…?周りと違うことをしているからみっともないのか?そんなに私は異常者に見えるのか?私はダメ人間なのか?だから私を虐待していたのか?私は母親にとって要らない存在なんだね、死んだ方が良い人間なんだね。

ああ、胸が苦しくなってきた。もう死に……


うるさい、うるさい!


私は浮かんできた暗い思考を必死に振り払う。


冷静に考えてみれば半袖で堂々としていた方が学校に居やすいと遠回しに伝えていただけだろう。


大丈夫、私は要らない存在なんかじゃない、大丈夫。


大きく深呼吸をして私は気分をリセットした。


「今日はいつも通り4時頃に学校が終わるので5時頃に帰ります。じゃあいってきます」


「彩花、ご飯は?」 


「お腹が痛くなるからいいです」


私は足早に母親の前を去り家を出た。


これ以上母親の前にいたら思考がうるさくなって耐えられなくなっていただろう。


自転車にまたがり、私は時間を確認しようとスマホをポケットから取り出そうとしたが……ない。


多分ベッドの上だ。


私は背負っていたリュックを自転車のかごの中に置き、スマホを取りに素早く家に戻った。


玄関に入ったとたん、バタンと自転車が倒れる音が聞こえた。


はぁ、最悪だ。スマホを忘れるし、自転車も倒すし‥‥これだから私は……


うるさい!今日は酷いな。


もう一度深呼吸をして、階段を登った。


「お前がはっきりしないとこっちはなにもできないんだよ」


「……うん」


「うん、じゃねえよ。休むのか休まないのかはっきりしろ!休むで良いの?」


「……うん」


「とりあえず、先生に連絡しとくけど理由は頭痛で良いよね」


「……うん」


「ああ、もう!あいつの件でこっちはさんざん迷惑してるのにこいつもかよ。なんで私だけこんな目に合わなきゃいけないのかな……どうしたの、戻ってきて」


「ス、スマホを忘れて……」


階段で立ち聞きしていた私は慌てて自室に入り、スマホを手に取った。


『あいつの件でこっちはさんざん迷惑してるのに』


多分これは私のことだろう。


去年、私が家出したせいで母親が学校に呼び出しされるようなことがあったし、病院にも通わなくてはいけなくなったし。


弟のこうきが母親に迷惑をかけている要素は学校関係のことだけど、そこに関して言えば私の方が母親に迷惑をかけている。


つまり、私は邪魔なんだ。私は邪魔なんだ。要らない存在なんだ。いきる価値がない。

胸が苦しくなり、手のひらも痛くなってくる。


もうダメだ、死にたい。


私はスマホの時計機能を確認した。

時刻は7時30分を指している。


私はゆっくりと歩きだし、静かに階段を降りる。衝動的にならないように極力冷静に行動するように言われたから。


私は落ち着いた様子で家を出て、すぐに学校に連絡した。


「大山高校2年の石島彩花です。担任の田端先生はいらっしゃいますか?」


「少し待っててね。……🎵~」


早くして、早く。


「もしもし、田端です。どうした?」


「あの、調子が悪いので遅刻します。多分2限目には出ることができると思います」


「わかった。無理するなよ……。ガチャン…」


連絡が終わると、私は倒れていた自転車を急いで立て直し、目的地に向かった。


そこは公園、私の唯一の安らぎの場所。

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長袖少女の夏 ことばしおん @shion3419

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